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●世の中が株式市場を見放す時 −いつも大底となる−
○「株式の死」大特集 1981年8月に、米国の有名な経済紙が「株式の死」というショッキング なタイトルで大特集を組んだ。 それに先立って、米国株市場は1966年頃から、ずっと停滞相場を続け ていた。代表的な株式指標であるNYダウ工業30種平均でいうと、700ドル から1,000ドルの間をウロウロしていたわけだ。 それをみて、「株式の死」大特集では、「もう米国株は1,000ドルから 上へは向わない」という論拠をこれでもかこれでもかと並べ立てた。そ の記事をみるに、一般的には納得感の高い内容と高く評価された。 皮肉なことに、その大特集からぴったり1年後の82年8月から、米国株は 上昇軌道に入っていった。2000年までの17年半で、ダウ工業30種はなんと 15倍にもなったのだ。 17年ほどの間モタモタし続けた株価が、次の17年半で15倍とは、まさに 相場は不可思議なものである。死んだはずの株式市場が一挙に蘇ったわけ だから。 ○個別株投資は死んでいなかった 当時、実際にグローバル運用に携わっていたわれわれには、「株式の死」 なんて意識はまるでなかった。それよりも、個別企業を深くリサーチして は、長期の買い仕込みに忙しかった。 もちろん、株式市場全体が停滞感に覆れていたから、こちらの成績もな かなか上がらない。買えども買えども売られる状態にあった。それでも、 われわれ長期投資家には確信があった。なにしろ、個別企業をリサーチす ればするほど将来の可能性に期待が膨らむ一途だったのだから。 実際、個別株は平均株価よりずっと早めに上昇の火がついた。「ようや く上昇がはじまったな」と気分を良くしている後から、遅ればせながら平 均株価も立ち上がってきた。株価全般が上昇に転じてくるや、もう「株式 の死」など誰も言わない。それどころか、出遅れ感で必死に買おうとする。 その買いが上昇相場を一層加速させるという展開になっていった。 ひとつの典型例を紹介したが、42年にわたって投資運用していると、こ ういった例は幾度も経験した。その都度、「投資家人気なんてものは、熱 くなったり冷え込んだりで、定まるところなし。一方、まともな企業の収 益向上努力には安心してついていける」と、つくづく思う。 いま世界の株式市場をみるに、ユーロ不安などで、投資家の買い意欲は 下がっている。一方、企業の収益は着実に上向いている。 みなさんは、どちらに照準を合わせますか? |
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2012年07月13日
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