インド

[ リスト | 詳細 ]

カレー料理の美味しい国インドについて♪
記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

モディ印首相の初外遊は日本? 官民からの期待大…中国とどちらが先か地元紙は注目- NewSphere(2014年6月6日08時00分)

 5月にインドの新首相となったモディ氏の最初の外遊先は日本ではないか、という見方が強いようだ。海外各紙は予想と分析を繰り広げている。

【日本側からの提案をインドメディア報じる】
 インドの日刊紙『ザ・タイムズ・オブ・インディア』は、日本側からモディ首相に対し、6月の終わりか7月上旬の訪日が提案されたと報じている。

 同紙によると、岸田外務大臣はスワラージ新インド外務大臣と電話会談を行い、モディ首相の訪日時期について、外交当局を通じた調整をしているという。八木毅インド駐箚特命全権大使がアジット・ドバル国家安全保障顧問を先週訪問したときも、日程について提案があったという。インド政府側はまだその提案を受け入れていないが、モディ首相は興味を持っている、と同紙は報じている。

【安倍首相とモディ首相の親密関係】
 モディ首相と安倍首相には多くの共通点がある、とウォール・ストリート・ジャーナル紙は指摘する。どちらもナショナリストで、経済成長策を重視しており、中国の台頭に懸念を抱いている点だ。

 またモディ首相には、グジャラート州首相時代に日本企業からの投資を地元へ導いた実績がある。親日といわれるモディ首相と日本との関係強化は、インドに投資したい日本企業にとって朗報だ、と同紙は指摘する。

 中国の台頭に懸念が高まるにつれ、日本とインドの経済関係は強化されてきた。国際協力銀行による最新の調査では、日本企業の投資先として、インドはインドネシアに次いで2番目に好まれている。一方、中国は、1992年の調査開始以来ずっと1位だったが、4位に転落したとのことだ。

【モディ首相はまず日本に行くべき】
 また、ザ・タイムズ・オブ・インディアによると、モディ首相の訪米は9 月の最終週に予定されているらしい。中国の習近平国家主席も、9月にインドを訪問するのではと見られているという。

 そんな中、ウェブ誌『ディプロマット』のアンキット・パンダ氏は、「モディ首相は1日も早く日本を訪問すべき」との見解を示している。日本はインドの大規模インフラプロジェクトの主要な投資家であり、日本との結束はインドにとってメリットしかないと指摘する。また日本も、積極的にモディ首相とBJPに手を差し伸べることで得るものがたくさんあると述べている。

 なぜなら安倍首相にとって、インドは今後、アジア安全保障秩序の要となるからだという。安倍首相は自身の掲げる「安全保障ダイアモンド」の一角としてインドを構想している。今やほとんど忘れられた感のある同策だが、先日行われたシャングリラ会合でのスピーチでもこのレトリックは使われた。日印米の「3ヶ国間協力」について何度も言及されたのだ。これを「日米同盟にインドの支持も加えたいという安倍首相の意向の表れではないか」と同氏は分析している。

 モディ首相が日本以外の国を最初に訪問する可能性はあるが、どの国も現時点ではあまり説得力のある目的地と考え難い、と同氏は言う。インドにとって、日本への訪問はモディ首相の「アジア重視」方針に説得力を与えるし、日本と積極的に協力することはアジアにおけるインドの地位向上になる、と同氏は指摘する。

 ザ・タイムズ・オブ・インディアも、「日本側も、モディ・-習近平対談の前に、モディ・安倍対談を実現させたいはずだろう」と分析している。同紙によると、モディ首相は既に、今後中国からの投資を増やすべく、両国の経済関係を強化する計画も発表しているという。


【コメント】

多極化の波は否が応でも押し寄せて来る。
それを認めるのであれば、
仲良く出来る大国とは敵対する国への投資を引き上げてでも仲良くする方が良いと思う。
それが世界の多極化する中での潮流だからだ。
八方美人というのは今後、外交の世界では損をする態度だと思う。

率直に書く。
韓国の自動車産業への資金提供は韓国の国内銀行が行っている。
その資金源は邦銀だ。

その分を引き上げて、
例えば、タタ自動車への投資を日印の合弁企業を作るなどのプロジェクトに投資するとか、
インドに高速鉄道を建設する計画に資金供与する等、
国家レベルでの取り組みを構築することは複数可能だ。
韓国分のパイはインドやロシアからでも回収出来るのだ。


今よりも日本国内で失業者が増えて、それでも平和ボケで八方美人を繰り返し、
隣のキムチやニーハオが日本に唾を吐き続けるのを
寛容と忍耐で受け入れた方が良いというのであれば、
目下の親日国も他の国とのパートナーシップに動いてしまう確率は上がる。

哀しいがな、その理由はハッキリしている。
八方美人で誰もを満足させるだけの資金力は今の日本には無いのだ。
その事実をハッキリと認識しないと、日本経済は今よりも一層ジリ貧になる。


韓国は中国に頼って、属国に向かって突き進んで行けば良いと、
そうなってしまうが、これは仕方が無いチョイスだと思う。
韓国が北朝鮮の核を保有するよりも、既に核保有国の中国が保有した方がマシだ。
日本にとって韓国が中国の属国になることは、核の視点では安全保障上プラスだ。
韓国軍関係者はビビるだろうけれど、信用が無い韓国への判断はそれが普通だと思う。
(「あの中国に?」と思う人は既に中国が核保有国だと思い起こして欲しい。)

また、韓国の携帯事業は中国に盗まれる運命なのだから、
韓国への部品供与が未来永劫続くことは無い。
部品メーカーは韓国以外の商売をもっと真剣に探す時期に来ていると思うし、
邦銀の韓国への資金提供も潮時を考え始める時期を視野に入れるべきだ。
もっと言えば、中国以外を視野に入れる必要が、
こちらを外すのは難しいけれど、それも頑張らないといけないし、頑張って欲しい。


日本が民主党政権だった頃、鳩山由紀夫が東アジア共同体を唱えて、
外交で中国や韓国に優しく接していた時期もあった。
鳩山が政治家としては無能で、その試みは頓挫したという見方もある。
しかし、そういう機会を与えたにも関わらず、恩を仇で返したという側面もある。

日本企業に理不尽な訴訟を繰り返すし、恩を仇で返す、恨みが文化の国だ。
投資不適格な国だとラキヤの目には映る。

感情を抜きにして判断しても、韓国に機会提供する理由は日本側には無い。
あったら、教えて欲しい。

安保関連?
安保関連で日本が韓国に頼っている事柄は何も無い。
その逆はベッタリと依存しているけれど。

韓国については、従軍慰安婦でも嘘を喧伝することは金輪際行わないと公式に謝罪して、
更に、無茶苦茶な賠償請求もせず、日韓基本条約を尊重すると国際公約を掲げれば、
再度、投資を始めて、付き合っても良いと思う。
そうでない限り、付き合う理由は残念ながら今後一層薄くなっていく。


但し、このように考える場合、多極化の波を否応無く掴まざるを得ない。
八方美人は無理だ。

要するに、アメリカとの同盟関係は担保し続けるとしても、
それ以外にインドやロシアとは是が非でも仲良くする必要が生じて来るし、
その関係維持のために日々外交努力を積み重ねる必要がある。
今までのように、ODAを散蒔いて、
後はパスポート発行して偉そうにしていれば良い時代は終わったのだ。

そういう選択肢を安倍政権は選びつつある。
それは綱渡りでもあるけれど、
共産党や社会党、民主党のような実現可能性ゼロで現実逃避ばかり言っているよりは
日本の国益をより考えて行動を取っている安倍政権はマシな選択肢だ。

ウクライナのポロシェンコ、ティモシェンコ、その他1名の中で誰を選ぶのか?
これはウクライナ国民にとって消去法でポロシェンコしか無かった。

世の中、消去法しか無いという現実は殊の外多いのかもしれない。
タタとビジオ、2つの衝撃
新しい経済のルールに日本はいかに備えるべきか
2008年1月17日 木曜日 山崎 養世
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20080116/144655/

イラク戦争を機に世界の枠組みは大きく変わった。東西冷戦が終わり米国による世界覇権の時代が訪れたものの、わずか10年で終わりを告げた。戦争はできても世界に覇を唱える力がないことをさらけ出してしまったからだ。その間、ユーラシア大陸の西ではEU(欧州共同体)が世界における政治・経済の新しい軸として存在感を増し、一方、大陸の東では中国が急成長、アジアはもとよりラテンアメリカ、アフリカとも強い絆を築きつつある。その変化の意味を意外に分かっていないのが日本である。国際的に日本はどのようなスタンスを持つべきなのか、また地方を活性化するにはどうすべきかなどについて、歴史的視点から日本の政治・経済のあり方を厳しく問う。

著者プロフィール:
山崎養世(やまざき・やすよ)
1958年生まれ、東京大学経済学部卒。カリフォルニア大学ロサンゼルス校でMBA(経営学修士)取得。大和証券勤務を経て米ゴールドマン・サックス本社パートナー、ゴールドマン・サックス投信社長などを歴任。2002年に退社後、「高速道路無料化」をマニフェストに掲げて、徳島県知事選挙に挑戦。現在はシンクタンク山崎養世事務所で金融、財政、国際経済問題などの調査研究を行っている。著書に『日本列島快走論』(NHK出版)、『大逆転の時代』(祥伝社)、『チャイナクラッシュ』(ビジネス社)、『投資信託革命』(共著、日本経済新聞社)、『米中経済同盟を知らない日本人』(徳間書店)などがある。

− − − − − − − − − − − − − − − 

 新年早々、これから日本経済に大きな打撃になり得ることが、2つありました。

 1つは、インドのタタ自動車が30万円以下の自動車を、インドのモーターショーで発表したのです。もう1つは、米国のビジオが、日本で低価格の大画面薄型テレビを販売することを発表しました。

 いよいよ、グローバル経済の価格破壊の波が、日本の得意分野である自動車とテレビに押し寄せ始めました。もちろん、最初の波ですから、さざ波くらいにしか見えないかもしれません。


【普及品の主戦場は新興国へ移った】

 タタの売り出す自動車は、インド国内でしか販売の予定はありません。日本や欧米での安全基準などを満たすことができないからです。ドアミラーは運転手側だけ、ワイパーも1本、最高速度も時速100キロ程度、エアコンも付いていない車ですから、そのまま日本で売れることはないでしょう。

 ビジオの計画にしても、現実性は今のところよく分かりません。品質や顧客満足度、アフターサービスなど、日本の消費者の厳しいチェックにパスするかどうかは未知数です。

 でも、世界経済は確実に変わりつつあります。タタが示したのは、世界市場の主戦場が、普及品については、自動車といえども人口の多い新興国に移ることです。そこでは、日本などの先進国に比べてはるかに安い製品でないと、一般国民からは受け入れられません。

 インドでは、日本のスズキの子会社であるマルチ・スズキ・インディアが、自動車でトップシェアを築き上げました。工場やオフィス勤めのサラリーマンが、年収の範囲で買える品質のいい車を作ってきたことが成功の原因でした。マルチの自動車はかつてのトヨタ・パブリカを思わせます。そこに、タタ自動車が、さらに安い車を引っさげて殴りこみをかけたわけです。

 インドを旅すると、どこでも、トラックやバスは圧倒的にタタのブランドです。さらにタタは、インド最大の製鉄会社をはじめ、自動車に関連し得る様々な企業を傘下に持つインド最大の財閥です。そのタタ・グループの総帥ラタン・タタ氏自らが新型車を運転してモーターショーに現れたところに、意気込みが感じられました。


【戦後の日本が歩んだ道をたどる新興国】

 新年のコラムにも書きましたが、2006年頃から顕著な現象は、中国やインドを先頭とした新興国での国内企業の台頭です。それまでブランドや技術で外国企業が圧倒的だった分野でも、今後は国内企業のシェアは伸びるでしょう。

 そして、いったん国内での競争に成功した新興国の企業は、他の新興国、そして、欧米や日本などの先進国市場でのシェアを拡大し、世界市場での地位を築こうとするでしょう。まさに、戦後の日本企業がたどった道です。

 日本との大きな違いは、国内市場が圧倒的に大きいことです。中国とインドだけで人口は24億人に迫り、日本の約20倍です。国内市場だけで巨大な量産効果があります。

 今は品質や技術で劣っていても、量産効果と研究開発投資によって、新興国企業がやがて先進国企業に肩を並べていくのは時間の問題です。世界一になりつつあるトヨタ自動車をはじめとした日本の自動車メーカーにとっても、潜在的には大きな脅威になり得ます。すでに日本国内の自動車市場において、軽自動車やコンパクトカーが販売の上位を占め、低価格、低燃費が消費者の最大の関心になっているからです。世界的な価格破壊はやがて日本にも及ぶでしょう。


【価格破壊の脅威にさらされる日本車】

 トヨタは、最初に米国に進出した時にハイウェーでエンストが続出し笑いものになった苦い経験を克服し、安くて燃費のいい自動車を作り上げてから、高級車の市場にもシェアを広げました。

 今度は、日本車が新興国車の価格破壊の脅威にさらされる番になるでしょう。完成車の価格が大幅に低下すれば、日本が得意とする部品の価格も下がり、日本の広範なメーカーに影響が及ぶでしょう。

 ただ、トヨタのような強力な企業にとっては、世界全体のビジネスを伸ばす余地はまだまだあります。ロシアや中東では、高級車をはじめとした自動車需要は拡大を続けています。さらに、ハイブリッドなどの環境技術でも、日本が世界をリードしています。

 さらに、日本メーカーは、スズキを筆頭にインドでの生産と販売を拡大し、中国でも拡大しています。現地メーカーとの合弁などの協力余地もあります。

 それでも、これまでは米国のビッグ3を追う立場だった日本の自動車会社が、これからは、強力な新興勢力に追われる立場に立ったことは確かです。


【自社工場を持たずに低コスト生産を実現するプロデューサー】

 米国の会社であるビジオが攻めてくる、薄型テレビの場合は、自動車とは状況が違います。日本メーカーへの影響は、すぐに深刻になり得ます。デルがパソコンで成功したことを、ビジオがテレビで行おうとしているからです。

 ビジオは自社では工場を持たず生産も行いません。製品の設計やマーケティングと販売管理などに専念します。日本や韓国のメーカーに見劣りしない品質のテレビをはるかに安い価格で提供できるのは、低コスト生産ができる台湾などの専業の部品や組み立てメーカーから大量の買い付けを行い、コストダウンを実現しているからです。

 台湾メーカー自体は、中国などに低コストの生産基地を作っています。ビジオは、メーカーというよりも、多重的な低コストの構造を構成する多くの企業を束ねるプロデューサーです。ほとんどすべてのプロセスを自社で生産する日本メーカーより、構造的なコスト競争力を持っています。

 すでに日本の家電市場は、メーカーよりも巨大販売店などの販売側が力を持ち、さらにネットなどでの消費者への直接販売が増えてきている市場です。ブランドよりも価格と品質によって買うものを選ぶ消費層がいる市場なのですから、ビジオの製品が受け入れられる余地があるかもしれません。


【かつて欧米が味わった悩みを今度は日本が…】

 日本の生産者、勤労者、という立場から見ると、タタとビジオは潜在的な脅威です。日本メーカーが莫大な資金を投じて作る、国内の工場のコスト競争力が失われてしまうかもしれないのです。大幅にコストを下げるには、改善や効率化だけでなく、人件費の削減、さらには、工場の海外移転、そして、台湾などのメーカーへの外部委託すら、選択する必要が出てくるかもしれません。

 こうした悩みは、実は、過去に、日本の製品に消費者を奪われてきた欧米のメーカーとそこで働く人たちが、味わってきたことでもありました。欧米では、様々な対応をした企業がありました。米ゼネラル・エレクトリック(GE)のように、創業者エジソンの頃から技術革新を続け、世界で常にトップかその次のビジネスだけを続けているすごい企業もあります。でも、そんな企業は例外です。

 多くの欧米企業は、自国の工場を閉じて海外に移しました。その分、国内の職は失われました。また、日本の製品を入れまいとして、政府に圧力をかけ、貿易摩擦を起こす企業も多くありました。けれども、政治の圧力で企業が復活することは稀でした。そして、日本との競争をあきらめて撤退してやめていく会社が多くありました。


【それでも欧米諸国は国民所得を伸ばした】

 それで、欧米は日本よりはるかに貧しくなったでしょうか。そうはなりませんでした。それどころか、1990年代以降、多くの欧米諸国の1人当たり国民所得は日本よりはるかに伸びました。

 米国や英国のように、グローバリゼーションや世界での金融力で繁栄した国がありました。フランスやイタリアやスペインのように、製造業やサービス業だけでなく、歴史や文化、伝統や農業や田園の魅力を観光や不動産や投資に結びつけて成功した国もあります。

 フィンランドやアイルランドのように、子供の教育や若者の訓練に力を入れて、IT(情報技術)や先端産業に強い国に変身して成功した国もあります。デンマークやオランダのように、農業が強力な国もあります。ドイツのように、先端技術、観光、環境、農業、などで幅広く伸びている国もあります。

 共通しているのは、成功した欧米の国は、日本に押された時に、自分独自の強さを生かし、世界を相手にした経済を進めることで、豊かになりました。


【企業という形だけにこだわらない世界トップをねらう新たな経済体を】

 自分探しを徹底し、世界の中の自分の値打ちを見つける、過去の栄光を生かすだけではない、自分の値打ちを多くの分野で発見することが、これからの日本に必要でしょう。

 日本の自動車やITや家電の業界は、世界の企業との死闘を演じなくてはいけないのです。日本国民の利益を優先する余裕はなくなるかもしれません。

 日本経済が変わらなくてはいけないのです。いつまでもトヨタやキヤノンやシャープに頼らずに、新しい世界トップの経済体を作らなくてはいけないのです。それは、企業でなくてもいいのです。農家でも、大学でも、研究所でも、病院でも、旅館でも、いいのです。組織である必要すらありません。サッカー選手でも、環境学者でも、医者でも、アニメ作家でも、ジャーナリストでも、音楽家でも、画家でも、詩人でも、いいのです。

 海に囲まれ、古来の独自の文明を持つ日本は、また、世界各地の文明の冷凍庫でもあります。今は滅びた多くの大文明の痕跡が各地に残ります。それは、物だけではありません。言葉に、伝承に、思想に、芸術に、生活に、今も息づいています。

 人の営みは、経済になります。例えば、美は経済になることを、フランスやイタリアやスペインやニューヨークの人たちは示しました。美からだけでも、日本には、経済の種がいっぱい転がっているのではないでしょうか。

 肝心の日本人が目を転じないから、日本経済も、日本株も、一人、没落を続けています。
ルピー高でインド繊維産業が大打撃
2008年3月までに職を失う労働者は100万人に
2008年1月11日 金曜日
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20080110/144577/

Nandini Lakshman (BusinessWeek誌、インドビジネス担当記者)

米国時間2007年12月17日 「A Rising Rupee Hammers Indian Textiles」

 白と青に塗られた工場の地下で、華奢なサリー姿のG・シヴァカミさん(40歳)はトレーニングウエアのズボンの出荷前検査をしている。勤務先は年商2000万ドルの衣料品メーカー、スタリオン・グループの工場だ。インド南部タミル・ナドゥ州にある人口80万の都市、ティルプール市にある。

 タミル・ナドゥ州は国内アパレル産業の中心地であり、またインド製造業における危機を象徴する場所でもある。シヴァカミさんは過去6カ月間で、週8回あったシフトが6回に減った。月70ドルの収入は25%減少し、失業中の夫と大学進学予定の息子との3人暮らしを支えるのに四苦八苦している。市内のほかの工場でも賃金カットが行われているため、今の仕事を続けるつもりだ。「仕方ないわ」とシヴァカミさんは力なく言う。


繊維・アパレル産業の8800万人をルピー高が直撃

 インドのIT(情報技術)サービスの急成長と世界的展開は他国から注目を集めている。だが、バンガロールのIT企業で働くインド人の数は200万人にすぎない。一方、繊維・アパレル産業の労働人口は8800万人。1万5000の業者が存在し、インド経済と輸出の中核を成している。

 これらの企業の目下の悩みの種はルピー高だ。今年、ルピーはドルに対し11%価値を上げた。インドのアパレル産業のコストは上昇し、欧米の小売り業者は通貨の安いパキスタン、バングラデシュ、スリランカ、ベトナムへと発注先を切り替え始めている。「インドで適正な価格が得られないのであれば、よそに移るだけだ」と米百貨店大手JCペニー(JCP)のインド担当バイヤー、ラジャン・ナイク氏は言う。

 インドの繊維業者は事業の立て直しに奔走している。米国のプライベートエクイティ(未公開株)投資会社に助けを求めるところも出てきている。多くは工場労働者を解雇して人件費を削減している。過去6カ月で繊維業の労働者50万人が失業の憂き目に遭った。

 失業者数は2008年3月までに100万に達するだろう――。インド輸出連合会の副会長で、ポピーズ・ニットウェア(ティルプール市)社長のアルムガム・サクティベル氏はそう予想する。ティルプール市では、同業界の失業者数は近いうちに1万人から4万人に膨れ上がると見られている。


零細工場が多いという構造的問題が浮き彫りに

 冒頭のスタリオンのような経営難の話はごろごろ転がっている。同社は米フルーツ・オブ・ザ・ルームや米ジョーンズ・アパレル・グループ(JNY)といった得意先向けに下着や上着類を製造する小企業で、受注先の70%は米国だ。この1年、価格を25%引き下げてルピー高に対応してきた。

 それでも、米リーバイ・ストラウスをはじめとする米4社の取引先を失い、売り上げはこの6カ月で40%落ち込んだ。従業員数は6カ月で2000人から900人に削減した。2008年2月までにさらに100人を解雇する。「今は人件費を払うだけで精いっぱいだ」とスタリオンのマネージング・パートナー、K・A・S・ティエルムルティ氏は嘆く。

 ルピーの急上昇で、インドの政策の重大な問題点も浮き彫りになった。政府は従業員数が100人を超える大規模工場に関して、厳格な労働法を適用している。こうした制約を逃れようと、国内の繊維・アパレル業者の大半は工場を小規模にとどめている。労働法にとらわれず、容易に人員を解雇できるからだ。そのためインドの工場には、競合相手の中国のような規模も効率性もない。中国では、繊維工場に5万人以上の労働者を簡単に雇える。

 ルピー高のため、工場はリストラの断行と対米輸出への依存縮小を迫られている。

 インド最大の衣料品輸出業者で、年商2億5300万ドルのゴカルダス・エキスポーツ(本社:バンガロール)は、2006年度は7%だった営業利益率が、2007年度(3月31日終了)は4%に低下した。ゴカルダスは米ナイキ(NKE)、米リーボック(ADDDY)、独プーマ、米Levi Strauss、米ギャップ(GPS)、香港のトミー・ヒルフィガーを得意先とし、スポーツウエアや冬物衣料などの高価格製品を含めた衣料品の95%を海外に輸出している。

 ゴカルダスは8月、米プライベートエクイティ投資会社ブラックストーン・グループ(BX)に1億6500万ドルで身売りした。原因は収益の先細りと世界的な競争激化である。「ブラックストーンの資金力と人脈を活用していこうと考えた」とエグゼクティブ・ディレクターのラジェンドラ・J・ヒンデゥジャ氏は説明する。今後は、中国、韓国、台湾の安い仕入れ先からの原材料の調達を拡大していく。また欧州にあるブラックストーン傘下の繊維会社との提携も計画している。


インド国外に生産を移転する企業も

 そのほかの繊維工場は、鉄鋼メーカーや自動車部品会社の例に倣って、海外に生産を移転しつつある。布製品製造のウェルスパン・インディア(本社:ムンバイ)は、2億4000万ドルの収益の90%をシーツやタオルの輸出で得ている。先頃、新たにメキシコに工場を設立した。現在はルピーの動向を気にかけることなく米国の得意先と取引できる。同社は掛け布団やベッドカバーにも業務を広げようとしており、絨毯・敷物の製造も計画している。

 ただし、価格交渉とユーロ建て請求書の換算は一苦労だ。今日、インド繊維輸出の35%が米国向けだが、75%は対欧州を含めてドル建てなのだ。

 各社は国内市場にも目を向けている。可処分所得の高いインド中流層の間ではブランド品への人気が高まっている。

 例えばゴカルダスはインド市場を視野に、パンタルーン・リテールや、リライアンス・インダストリーズ傘下のリライアンス・リテールなどの国内小売り大手との交渉を行っている。

 寝具製造のボンベイ・ダイイングは、この1年で輸出が50%から40%に落ち込んだ。輸出先の70%はウォルマート・ストアーズ(WMT)やターゲット(TGT)のような米国の得意先である。そこで同社は、国内の繁華街やショッピングモールに、既存のフランチャイズ店400店舗に加え、直営店100店舗を開設する計画だ。

 またオリエント・クラフト(本社:ニューデリー)は、ドイツの合弁会社に衣料品を輸出している。ブランドタグを付けるなどの処理を施した後、インドに逆輸入して国内市場で販売する。

 とはいえ、「こうした意欲的な拡大への取り組みを実行できるのは、資金力のある大手繊維業者に限られる」とエナム・セキュリティーズ(本社:ムンバイ)の繊維アナリスト、ヘマント・B・パテル氏は言う。スタリオンのような小企業は、単独で必死の努力を続けるか他社との合併かという苦渋の選択を迫られている。

 ルピー高が続く中、雇用は悪化する一方だ。「繊維業界の危機はまだ始まったばかりだ」とパテル氏は見ている。

© 2007 by The McGraw-Hill Companies, Inc. All rights reserved.

イメージ 1

イメージ 2

アリストテレスの“法則”が芽生えたインド
2008年1月15日 火曜日 マニッシュ・バンダリ
http://business.nikkeibp.co.jp/article/money/20080107/144231/


筆者プロフィール:
マニッシュ・バンダリ(Manish Bhandari)氏
オランダ系INGグループの運用会社、INGインベスト・マネジメント(インド)のファンドマネージャー。国際公認投資アナリスト(CIIA:Certified International Investment Analyst)。1999年インド国際ビジネス大学(金融工学)卒、同博士課程終了。前職はHFDC証券アナリストで、証券業界に通算8年在籍。趣味は読書、旅行、コイン収集。菜食主義の厳格なジャイナ教教徒


 “The most perfect political community is one in which the middle class is in control, and outnumbers both of the other classes. ―― Aristotle”

 「完璧な政治的共同体とは、中産階級の数が多く、かつそれらが支配下に置かれていることである――アリストテレス」

 もし、アリストテレスが生きていたら、インドで起こりつつある中産階級の台頭に、ゾクゾクするのではないだろうか。マッキンゼー・グローバル研究所が発表した最近のリポートによれば、インド経済が現在の成長スピードを続けると、20年後には平均的な家計の収入は3倍になり、インドの消費経済力は世界5位になる。

 インド国立応用経済研究所(NCAER)によると、2005年時点でインドの個人消費の規模は3720億ドルと、GDP(国内総生産)の60%強を占める。これがマッキンゼーの予測では、2025年に1兆7500億ドルと現在の5倍近くに拡大、ドイツの個人消費の規模を抜いてしまう見通しだ。


2025年、5億8500万人の中産階級が誕生

 マッキンゼーでは、中産階級の定義として家計所得が年間20万〜100万ルピー(2007年3月時点で4380〜2万1890ドル)であるとしている。インドにはこれに当てはまる人口が2005年時点で1300万家庭、約5000万人いる。予測ではGDPが年率7.3%で伸び、政府が現在の社会改革を進めていくと、中産階級の人口は2025年に全体の41%、5億8500万人に達する計算だ。

 インドの個人消費はこれまで、都市部の高所得者層に牽引されてきた。しかし、今後は農村や地方までそれが広がり、点在していた所得が固まりとなって大きく動き出すと見られる。中には小売店で初めてレジに並ぶ体験をする層も含まれるはずだ。経済活動の中で消費者が前面に顔を出すようになり、多くのビジネス機会を生み出すことになろう。

 現在、インドでは都市部に住んでいる人口は全体のわずか29%に過ぎない。中国では40%、インドネシアでは48%に達している。マッキンゼーの分析では2025年までにインドの都市人口は37%に増える程度だが、注目されるのは都市人口の4人に3人が、中産階級になると見られることだ。現在は10人に1人の割合だ。


教育、医療への支出が増加の見込み

 中産階級が増えると、消費はどう変わるか。衣類、食事といった必需品の消費の割合が現在の48%から30%に低下し、その一方で教育や医療のウエートが高まる見通しだ。特に、教育支出の増加予想はインド人の国民性をよく表している。地方に多い貧困層がまともな教育を受ける機会が増える一方、都市部ではより質の高い教育を求める声が多いからだ。そして海外への留学も増えそうだ。

 中産階級の台頭の兆しは、すでに表れている。ここ数年の携帯電話の普及ペースは目覚ましく、ビジネスの世界では不可欠なものになっている。携帯電話2位のリライアンス・コミュニケーションズの最近の劇的な成長ぶりはそのことをよく表している。フィンランドのノキアもインドで70%のシェアを誇り、無視できない事業となっている。

 また住宅需要の増加を見越した投資も起きている。アジア開発銀行(ADB)によれば、インドでは1000万の家が不足している。こうした状況下で、インド最大の不動産会社であるDLFは、総額20億ドルの中産階級向け住宅プロジェクトを最近、立ち上げた。

 自動車の需要も高まる。インドの商業車で圧倒的なタタ・モーターズは、インドでのマイカーブームの到来を予想、2008年に2500ドルカーの投入を予定している。韓国の現代自動車は、インドで小型車を投入することを決めた。日産自動車()と仏ルノーは、インドのバジャジ自動車と3000ドルカーの共同開発の計画を発表している。トヨタ自動車()とホンダ()も小型車市場に参入する構えだ。

 自動車だけではない、財閥タタ・グループのホテルチェーンであるインドホテルは、1泊40ドルの低価格ホテルを地方都市向けに展開しようとしているが、これもそうした新興中産階級をターゲットにしている。

 次は金融サービスにも変化が見られるかもしれない。IIMSデータによると、インドでは給与所得者が3億2100万人いるが、そのうち株取引などに不可欠な電子取引口座を所有しているのは、585万人に過ぎない。中産階級の台頭は、株式取引の活発化をもたらすと見られる。こうした変化は無限のビジネスチャンスをもたらす可能性がある。


23の言語・62の文化、異なる消費世代――多様性の中での拡大

 もっとも、冷めた見方があることも紹介しておきたい。まず、個人の収入が増えると言っても、この国では人口12億人のうち、現在、所得税を払っているのが3200万人に過ぎないという現実がある。また、この国には23の言語、62の異なる文化を抱え、地方によって食事の好みや気候も違い、全国均一に中産階級が台頭するとは思えないこともある。

 さらに、インドの消費世代は大きく、2つに分かれる。1つは、インドが1985年に自由化政策を取り入れ、市場開放を進めて困難に打ち勝ってきた時を経験する世代だ。第1世代が成功を収め、2005年以降の高度成長期に消費層に入ってきた第2世代とは、消費パターンや購買力に大きな違いがある。

 インドで中産階級を相手にする商売は、極めて多様な顧客を念頭に戦略を構築する必要がある。

先にこちらを読んで……。

http://blogs.yahoo.co.jp/samberasam51/5380176.html?p=1




カースト制度において最も問題とされているのが不可触民の問題です。


法的には『指定カースト』、マハトマ・ガンディーからは『ハリジャン(神の子)』といわれた彼らはヴァルナの四姓に入ることも許されていません。



400〜500のジャーティーを持つ不可触民の数はインド全体で1億3822万人(91年国勢調査)。
総人口の16.5パーセントを占めるといわれています。


彼らは数千年のながきに渡って過酷な差別を受けてきました。
都市における人々の意識は徐々に変わりつつあるといわれますが、カーストという排他的で
閉鎖的な基盤を主とした村落の状況は数千年前とほとんど変わりはないのだそうです。

彼らは現在も苦しみ続けているのです。




カースト制度には二つの深い思想が根底に横たわっているのだといいます。
それは、『浄・不浄思想』と『業・輪廻思想』だそうです。

インド古代史やカースト制度を研究しておられる山崎元一氏はその二つの思想についてこう定義しています。



「 浄・不浄思想 いずれの宗教においても浄・不浄の思想は存在するが、ヒンドゥー教のもとでこの思想は極度の発達をみた。 …(中略)…。各カーストの職業や慣行が浄・不浄の観点から評価され、最清浄であるバラモンを最高位とし、不可触民のカーストを最下位とするランキングが定められている。各カーストがそれ自体としてもつ一定の不浄性は集団的なものであり、 カースト所属者が一様に、また生涯にわたってもたざるをえないものである。一方、いずれのカーストも、それぞれにふさわしい浄性を保つ必要がある。各カーストがその成員に強制する結婚、食事などに関する煩瑣 (はんさ) な規制も、結局は自己のカーストを穢れから守り、 カースト・ランキングを維持するためのものと言える。以上のように、ヒンドゥー教の浄・不浄思想は、インド社会をカーストに分割する原理となっていると同時に、 カーストの集合体から成る社会を秩序づける原理ともなっている。宗教的・儀礼的に定められた上下の秩序が、経済的な分業関係を支え、維持してきたのである」。



「 業・輪廻思想 ヒンドゥー教徒は、霊魂は前世になした行為 (業 (ごう) )に縛られ,さまざまな姿をとって生まれ代わる (輪廻 (りんね) )と信じてきた。この業・輪廻思想のもとでヒンドゥー教徒は、 〈人がそれぞれのカーストのなかに生まれることになったのは、前世の行為の結果であるから、彼はそのカーストの職業に専念せねばならない。そうすることによってのみ来世の幸福が得られる〉と教えられる。こうした徹底した宿命観が、カースト社会の維持のために果たした役割は大きかった」。

                                『世界大百科事典(平凡社)』




汚物の清掃や死体の処理、皮革の加工や洗濯、掃除など賎業視されていた仕事に従事していた者は不浄と見なされ不可触民として位置付けられました。
業と輪廻の考え方により彼らは生涯に渡ってその不浄とされる仕事を続ける以外なかったのです。



カーストはこのように宗教や思想と結びついた、インドという世界における根源的なものなのですが、その経済的な役割も忘れてはなりません。


無数のジャーティーに区分された社会では、職業がそれぞれの人々にきっちりと分担されており、
誰しもが最低限の生活だけは保障されるという利点があったのです。

つまり、極端な例では乞食は乞食ジャーティーとしてその存在を認められていたのです(貧しい人に喜捨を与えることは現世での功徳を積むことにもなる。もしかしたらそういった善行をする機会を与えてくれる存在として物乞いはその立場を認められていたのかもしれない)。


そして、そのきっちりと分業された社会は世界の安定をもたらし、インド世界が何千年にも渡って変わらずにこられたひとつの原因であるといえるのかもしれません。




世界中のどこでも都市より農村の方が、伝統的なものを多く保持し、より保守的であり、より排他的であるものです。インドの農村も例外ではありません。

カーストによる不可触民への差別は農村にこそ深く、根強く残っています。



村落におけるカーストヒンドゥーによる不可触民への差別は言語を絶するものだといいます。
支配者たちは彼らをいたぶり、物を奪い、慰み者にし、監視し、虐殺するのだそうです。



インドを題材とした作家で翻訳家の山際素男氏は、かつて不可触民の差別の現状を知るため農村に赴きました。そして、そのとき出会った不可触民活動家のラジャン氏は農村における不可触民への差別の現状についてこう語っています。



「ヤマギワさん、不可触民の九割、一億二千万人の不可触民(不可触民八千万。山間未開部族四千万。これらの人々は社会的にアンタッチャブルである)の九〇パーセントは農村に住んでいるんですよ。都会にいたんでは、不可触民の姿は決して判りません。都会でだってもちろん惨めな生活をしているのが大部分です。しかし、カースト問題、その極端な差別の実態を知るには農村にゆかねば判りません。インド人の75パーセントは今も農村に住み、不可触民の九割はそこで呻吟しているのです。
どうして、そんな状態にわれわれを置こうとするのか?
ひとつは、同じように貧しいカーストヒンズーたちが、常に自分より惨めな状態の人間を作り出し、せめてもの満足をえようとするからです。更にひとつは、不可触民をいつでも暴力で押さえつけてきているからです。何百、何千年と、かれらは力ずくでわれわれを押さえつけてきています。(後略)」

                        『不可触民 もうひとつのインド (光文社)』






オレンジ色の夕陽が西の空にゆっくりと沈んでいきます。
土色の寺院と、遊び回る子供たちの横顔が紅く色づき、遠くの農家からは夕餉の煙がゆらゆらとたなびき始めています。

何千年もの間、変わらずに続けられた農村の一日がまた、終わろうとしていました。





私は遺跡の石段に腰掛けながら考え続けていました。


私は単なる旅行者です。研究者やジャーナリストでもない私にはカーストによる差別も、
過酷で悲惨な現状も窺い知ることは出来ません。


人々に「あなたのカーストは何ですか?」などと聞くことは憚られるし、ましてやその辛い差別の実態を聞くことなど出来やしないし、その権利もありません。



だけど、人々の従事している職業から、その人が不可触民であるのだということは何となく判断することができます。


ホテルの部屋を掃除しに来る若い兄ちゃんは不可触民に間違いないし、膨大な洗濯物に囲まれ、折り重なるようにして横になっていた街の洗濯屋の一家も典型的な不可触民でしょう。



デリーのマクドナルドでもカウンターの中で笑顔で接する仕事と、机を掃除したり残り物を片付けたりする仕事(不可触民の仕事)はきっちりと別の人間に分担されていました。制服も違っていました。




都会や観光地ではあからさまな差別を目にすることはほとんどないし、普通に観光するだけではその実態はほとんどわからない。
そして、例えその現実を目の当たりにしたとしても、我々部外者がその問題に立ち入っていいものなのかどうかさえ見当もつきません。


しかし、21世紀という現代に於いて、世界の中に未だそういった差別が存在し、それによって現在も苦しんでいる人々が大勢いるということを少なくとも我々は知る必要があるのではないか。
そう思いました。






夕陽は沈みました。暗い夜の帳が辺りを包み込み始めています。



「インドの心は村にある」



そう言ったのは、インド建国の父、マハトマ・ガンディーでした。


カースト・ヒンドゥーであったガンディーは、不可触民への差別を憎み、彼らを『ハリジャン(神の子)』と呼び、その地位の回復に努めました。

しかし、その一方で、インドという世界の根幹をなす物としてカーストそれ自体の必要性は認めていたのです。



大いなる矛盾。



彼の差別への憎しみは本当だったのだとは思いますが、そのどうにもならないような矛盾を感じずにはいられません。



「インドの心は村にある」



私はその美しさ、その闇を含めて本当にそうだな。と思いました。



私は遺跡の石段をぴょん、と飛び降りると、宿に向かって薄暗くなった村道をとぼとぼと歩き始めました。



空には月が、カーストヒンドゥーも不可触民も、全ての人を平等に照らし出す月が、ぽっかりと浮かんでいました。

転載元転載元: ■【さるみみの見た世界】■

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


.
hajmo_rakija
hajmo_rakija
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

最新の画像つき記事一覧

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事