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10月20日(月)10時 快晴 ■箕島橋商店街は健在だ 魚、野菜、惣菜・・・庶民の台所として昔から名高い。 中洲の店も買出しに来るようだ。 小学校の帰り、川沿いを歩いてから商店街に入る。 舗装はしてなかったな・・・ 雰囲気は変わっていないね・・・うれしいね。 ■惣菜屋さん 樽仕込の惣菜、漬物、いかにもおいしそうだ、 店先の、がめにつまんでみたい。 ■唐揚げ屋さん 学校帰りに5円でつまみ食いしてたな・・・ 商店街と箕島往還との交差点、 角にあるのがかどや食堂。 ここのうどんが懐かしい、 それ以上に、あずきとみるくのアイスキャンデーを 店の入り口横の窓辺で作っている。 格子状の枠にキャンデーが・・・1本五円だったな。 凄くうまかった。 現在も作っているらしい。 一番人気のお店です。 斜め向かいに散髪屋があって、
テレビがあった。 窓から、力道山とブラッシーの試合をみてたっけ・・・ 一般家庭にはテレビがなかった昭和の時代です。 |
簑島
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10月20日(月)10時 快晴 ホテルを出て、 少年時代を過ごした町を歩いてみた。 故郷を離れて、 じっくりと歩いたことがなかった。 小学校から高校まで過ごした町、 その思いでは尽きることはない。 ■住んでた長屋は道路下 新幹線開通とともに、博多の街が大きく変わった。 駅が南に700m移動したお陰で、 住んでた人間まで移動することになった。 ■長屋の裏にはいる路地 学校から帰ると、この路地から長屋へ 住吉神社の子供みこしも練り歩いた路地だった。 紙芝居のおじさんも自転車で・・・ ■長屋の表通り 橋げたから、空き地まで5件長屋が続いていた。 こちら側が玄関だったけど・・・ この通りで、餅つきもしたんだっけ、 おきゅうと売りも来てたよな。 涙が出てくるような風景だ。 ■往還そばの博多織の工場も消えていた。
工場は閉鎖して、マンションと、スーパーに |
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10月19日(日)12時 快晴 小学校と中学校の学年同窓会にはじめて参加した。 中学卒業以来48年ぶりの再会です。 育った長屋が、20歳ころに新幹線開通とともに、 再開発の餌食になって、他の街に強制転居になり、 その後、小中の仲間達、故郷の街とは疎遠になってしまった。 ■同窓生も恩師も見分けがつかなくなっている、 年齢は隠せない。 ■小学校4年時代 このなかに出席者がいる、 アルバム持参が功を奏し、盛り上がる。 セピア色の思い出、面影が沢山詰まっている。 ■小学校の修学旅行のアルバムを眺めながら みんなが貧しかった戦後の子供時代を、 アルバムを眺めて感慨にふける、 53年前の子供たちの表情には貧しさのかけらもない。 やんちゃな少年時代、元気いっぱいです。 ■二次会でも会話がつきない。 このような会合に出席できることに、感謝しなければいけないな、 元気である証拠です。 また、来年の再会を約束して別れました。 |
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