白鳥イチゴ

イチゴの育種を通して、日本の農業の今後を想う

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泥炭

「まず品種のことから決めよう」と市松が目を輝かせながら彼女の関心を引き寄せました。
講演会の時のような鋭い目つきに変わっているのに気付いた彼女は緊張感のあまり、
お膳のご馳走に箸を入れるのを止めました。
「都留ちゃん、病院の手術じゃあるまいし、リラックスして聞いて下さい。
品種改良なんて競馬の馬券と同じ道楽仕事。当るのも八卦なら当らぬも八卦です」と解しました。
「競馬の馬券ですか。もっと難しいのかと思っていました」
この聞きなれない話は面白くなりそうだ感じるや、今までの穏やかな顔つきに戻りました。
そして、講釈師のトーンをさらに上げるために二人に酒を酌みました。

「要はバクチですか。馬は大好きですが、バクチとなると・・・」
「そういう意味で言った訳ではありません。競馬場で馬券を買っている人のほとんどはバクチですが、
全国何百万の競馬ファン中で一人ぐらい、競走馬の血統や遺伝的な特徴を熟知して、
当日の馬券を買ってほくそえんでいるプロ級がいると思います。
この場合は当り馬券に運良く当るのではなく、自分の心眼で当てるはずです。
当てると当たるでは大違い。この場合はバクチとは言わないでしょう。決して大損もしないでしょう」
「要は運だけに頼らないで、勝ち馬の出る確率を高めるために血統レベルで判断しているということ」と
田中が彼女に咀嚼して話しました。
「中ちゃんも品種改良に詳しいですね」と感心すると、「若い時に大手の種苗会社に研修生でいました。
育種はバクチじゃないことをその時知りました」と彼女に自慢げに話しました。

「それぞれの品種の血統を調べながら、栽培上の重要となる遺伝的特徴の全体像をつかみます。
そして、Aという母本とBという父本を掛け合わせた時に可能性としてどんな品種が生まれうるか、
これを何万回も頭の中でシュミレーションします。この段階では栽培圃場はいりません。
トイレの中でも布団の中でも電車の中でもできます。空想ですから資材費はかからない。
他の人がみても何をやっているかもわからない。全くホーカーフェイスの段階です。
その一方で、アバウトながら是非育成したい品種像を描きます。これは時間がかかります。
イメージトレーニングですからこれもタダ。何回もシュミレーションしながらそぎ落とし、
交配して実際にできる可能性のある実用品種と、自分が育成したい空想品種が重なるかどうかみます。
確率論に頼ると、恐らく実用品種の出る確率は1万分の1くらいです。一生空振りかも知れません。
これは先ほどのバクチの仕事です。金と暇とを持て余している者にはいいでしょうが、
私のようないつも金欠病に罹っている者にはとてもできる仕事ではありません。
いや、たとえ金や暇をもらってもやりたくない。浦島太郎のように玉手箱など貰うのは真っ平ゴメン。
二つの仮説的品種が重なるまでシュミレーションすると、千分の1ぐらいに高めることができる。
確率が千分の1なら1アールの圃場で選抜できるので、10年の仕事を1年に短縮できる。
種子の交配と採種は家庭菜園用のプランターでいくらでもできるし、
交配種子はデシケーターで何年も保存できます。二つの仮説的品種が頭の中で重なって、
ゴーサインが出た時点で実生苗を育て、実際圃場で選抜をやることになる。
従って、別に専用の圃場などなくても、信用できる生産者から圃場の一部を借りて仕事はできるし、
事前のシュミレーションによって徹底的に無駄を省いているので、実際の管理労力は余りかからない。
ただし、圃場では観察に徹しないと、生き物特有のダイナミックな変化や特徴を見逃します。
間接的なカメラは全く役立ちません。左目と右目を遠近で使い分けて意外性を見逃さないことが大切。
いい品種って、人目につくハウスの真中より、片すみにこっそりと潜んでいることが意外に多いです。
品種改良は、高級婦人服に例えると、プレタポルテでなくオートクチュールの世界ですから、
意外性に長けた魅力あるものでないとね。選抜系統の偏差値の高めるためには、
圃場では観察が全てです」

都留はまるで占い師の説法でも聞くかのように、無表情になった顔を軽く肯くだけでした。
「それじゃ、まるで画家や作曲家のようですね。圃場で汗だらけになっているものと思っていました」
「それは仕上げの時だけね。この時は汗だらけになります。気分を変えて何回もチェックします。
育種はソフトウエアーですから、どちらかというと芸の分野でしょうね」と言って一息入れました。

「仲居さん、男山の特上冷酒を1本もらおうか。それと鵜川の子持ちシシャモ一皿」と
田中が機転を利かせました。
「かしこまりました。ただ今お持ちしまーす」と張りのある返事が帰ってきました。
「今までより愛想がいいな」と言うと、
「安いジャガイモばかりではね。女将さんに言われているのでは」
「ここの女将さん、京都あたりから北海道へ移ってきたのかな」
「小意地が悪いと言いたいのでしょう。これでも京都の種苗会社にいましたから」と
他に聞こえないように澄ました声で話しました。

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白鳥イチゴ研究所
hakucho_brix@yahoo.co.jp

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2015/5/20(水) 午前 11:41 [ アラマキ ]


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