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突然、その半分を口にして密かにいい思いをした山村が、前に緊張して語りだしたことを思い出し、
今度はにっこりとリラックスして、「姫様が、『心許せる善良な方に囲まれて、身分も外聞も気にせず、
心置きなく味わえるこの瞬間が最も幸せです』という言葉こそが、イチゴの全てだと思います」と
十五夜姫の言葉を繰り返しました。
「物心がついた頃から野山のイチゴに親しみ、それに因んで十五夜姫という名前まで冠せられた方。
その貴方が今、何気なく語った感想こそが、イチゴに魅せられた者としての結語だと思いました。
その言葉をお聞きして、改めて貴方が並々ならぬ方だと確信しました」
誕生日用に特別に装飾されたデコレーションケーキのイチゴを残らず平らげてしまった十五夜姫は、
前に、山村が『イチゴには独自のイメージがある』と述べた点を心置きなく聞くつもりでいました。
栽培のテクニックやその問題点は専門書を読み返せばある程度理解できるし、もっと知りたければ、
誰もいない時間帯に散策がてら実際のイチゴハウスをこっそり覗き込めば肉付けできる。
しかし、その背景とか動機とかやらは、本質的な領域でそれに直接関与した人物の考え方や姿勢、
つまり内面性を理解しないと、分からないものである。イチゴハウスを隅々まで観察しても、
そこには赤いイチゴしかない。熟れた赤いイチゴは咽喉から手が出るほど欲しいが、
自分の知的欲求には全て応えてくれない。かといって、疑問点を自分の絶え間ない思考力で演繹しても、
本人の裏づけがなければ所詮絵に描いた餅の領域を出る訳ではない。評論家の域をでない。
それは十五夜姫にとって、座右の栽培書を『理解できても納得できない』ことでした。
科学や技術は人の便宜に左右されない客観的なものに支配されているというが、
それはすでに出来上がってしまって、目の前で誰にでも分かりやすく説明できる段階での話であって、
まだ暗いトンネルの中で模索している状態の下では、その中心人物の明かりが頼りである。
今回、偶然にもその明かりを照らそうとした人物にイチゴハウスで会うことができました。
胃の腑を満たして喜々としている矢先、山村の方からその話題を切り出しました。
好きなワインや中将ビールにしたりっぱなしで、確かな意識の方はどうかも分からなかったのに、
ことを忘れていなかった山村にほのかな好意を覚えました。
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