白鳥イチゴ

イチゴの育種を通して、日本の農業の今後を想う

苺小説 泥炭 / 電照とナメクジ

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電照とナメクジ(49)

突然、その半分を口にして密かにいい思いをした山村が、前に緊張して語りだしたことを思い出し、
今度はにっこりとリラックスして、「姫様が、『心許せる善良な方に囲まれて、身分も外聞も気にせず、
心置きなく味わえるこの瞬間が最も幸せです』という言葉こそが、イチゴの全てだと思います」と
十五夜姫の言葉を繰り返しました。
「物心がついた頃から野山のイチゴに親しみ、それに因んで十五夜姫という名前まで冠せられた方。
その貴方が今、何気なく語った感想こそが、イチゴに魅せられた者としての結語だと思いました。
その言葉をお聞きして、改めて貴方が並々ならぬ方だと確信しました」

誕生日用に特別に装飾されたデコレーションケーキのイチゴを残らず平らげてしまった十五夜姫は、
前に、山村が『イチゴには独自のイメージがある』と述べた点を心置きなく聞くつもりでいました。
栽培のテクニックやその問題点は専門書を読み返せばある程度理解できるし、もっと知りたければ、
誰もいない時間帯に散策がてら実際のイチゴハウスをこっそり覗き込めば肉付けできる。
しかし、その背景とか動機とかやらは、本質的な領域でそれに直接関与した人物の考え方や姿勢、
つまり内面性を理解しないと、分からないものである。イチゴハウスを隅々まで観察しても、
そこには赤いイチゴしかない。熟れた赤いイチゴは咽喉から手が出るほど欲しいが、
自分の知的欲求には全て応えてくれない。かといって、疑問点を自分の絶え間ない思考力で演繹しても、
本人の裏づけがなければ所詮絵に描いた餅の領域を出る訳ではない。評論家の域をでない。
それは十五夜姫にとって、座右の栽培書を『理解できても納得できない』ことでした。

科学や技術は人の便宜に左右されない客観的なものに支配されているというが、
それはすでに出来上がってしまって、目の前で誰にでも分かりやすく説明できる段階での話であって、
まだ暗いトンネルの中で模索している状態の下では、その中心人物の明かりが頼りである。
今回、偶然にもその明かりを照らそうとした人物にイチゴハウスで会うことができました。
胃の腑を満たして喜々としている矢先、山村の方からその話題を切り出しました。
好きなワインや中将ビールにしたりっぱなしで、確かな意識の方はどうかも分からなかったのに、
ことを忘れていなかった山村にほのかな好意を覚えました。


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電照とナメクジ(48)

十五夜姫は、ケーキの上に装飾された赤いイチゴを一つ摘むとそれを口の中に丸ごと入れました。
完熟の果実から滲み出る果汁の旨味とほのかな甘い香りをしみじみと味わっているようでしたが、
顔の細部がはっきりしないもので、口元の漠然とした動きから想像するしかありませんでした。
一つ味わい終わると、すぐに次の果実を一つ摘んで口に入れました。黙ったまま同じ動作を繰り返して、
残りの果実を全て平らげてしまいました。ケーキは果実の跡形と白いスポンジを残すだけになりました。
その間、周りの者はその食べっぷりのよさに釘付けにされて黙って見つめていました。

市松と山村は、気位の高い姫様だから、初めの一つだけゆっくり味得した後は、
残りはそのまま手付かずに置くだろうと思っていました。しかし実際は百八十度違っていました。
クリームやスポンジには全く無関心で、上のイチゴだけ美味しそうに平らげてしまいました。
合わせておよそ300グラムのイチゴがあっという間にケーキからなくなってしまいました。
姫様の意外な一面を知って、大層なイチゴ好きと感心するとともに、
周りの者を全く気にしない、その明け透けな行為に呆れるばかりでした。
「心許せる善良な方に囲まれて、身分も外聞も気にせず、心置きなく味わえるこの瞬間が最も幸せです」
と一言付け加えるとともに、周りの者一人一人に僅かに白い歯をのぞかせて肯きました。
その瞬間、姫様の誕生日を祝してか、方々の株陰から大きい歓声と楽音がハウスに響き渡りました。

「必要ならあそこからイチゴをもう少し摘み取ってきましょうか」とイチゴ好きの十五夜姫に聞くと、
「ジューシーな果実ですから。もうこれ以上は。もしよければ横の二人にも上げていただけませんか。
こんな素晴らしい果実を私一人だけが味わっていては家来が可愛そう」と満足げに話すと、
市松は立ち上がってハウスサイドの方へよろよろとしながら歩いて行きました。
手頃な果実を両手一杯摘み取り、黄美団子の入っている大皿に盛りました。
「さー、今とりたてのイチゴです。味わって下さい」とカント君とコバマ君に勧めると、
十五夜姫の手前、イチゴに無関心を装っていた顔が急に色めきだしました。
盛ったイチゴの中から一つ摘み上げて、「この小穴の開いたのは姫様の悪戯の跡ですか」と尋ねました。
もじもじしながらそれらしく肯くと、その果実を果物ナイフで二つに割り、
「十五夜姫様の誕生日を祝して乾杯」といって、残りの半分を山村に手渡しました。


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電照とナメクジ(47)

十五夜姫から誕生会の記念に頂いたターコイズを掌に転がせながらしばらく見入りました。
空色のありふれた12月誕生石であるが、それをターコイズと言い換えると何か異国情緒の趣がある。
和辻哲朗氏が「風土」の中で、むさ苦しい我が高温多湿の生活文化を、
モンスーン的と一見住み心地のよさそうな特別の横文字で表したのと同じである。
一見何の変哲もない事柄でも、それに特別の言葉と意味を与えて括弧書きにしてしまうと、
何か新しいもの・価値あるもの・興味引くもの・存在理由のあるものと思えてくる。
これがまた次の進化のための原動力になる。

「素敵なターコイズですね。宝石店に依頼してプラチナ製のネックレスに取り付けてもらいましょう。
妻の誕生日の記念に使おう」と市松が言うと、「残念ながら、愛妻といえどそれはできないのです。
姫様が差し上げたターコイズは、貰った方が一生肌身離さずに持って頂けねばなりません。
もしこれを誰かに見せびらかしたり、渡してしまったりすると、
水滴が陽光を浴びると直ぐに蒸発するように、たちどころに消え失せてしまいます。
冗談半分に貰ったことを誰かに口外してもダメです」とカント君が慌てたように注意しました。
「それじゃ、我々二人は心眼でしかこれを見続けることができないという訳だ」
何の変哲もないと思っていたターコイズが姫様の魂の権化であり、目に見えない絆である悟ると、
山村も市松も掌のターコイズをギューと握り締めながらお互いを見入りました。
恐ろしい魔力のモノを貰った恐怖心とともに、親愛の証しを頂いたことへの感謝心が表れていました。


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電照とナメクジ(46)

山村と市松の真剣で専門的なやり取りをじっと聞いていた十五夜姫は、
中将スイートをさらに改善させようとしている彼らの気配りが嬉しくてたまりませんでした。
「12月にこんなに素晴らしいイチゴを誕生日にいただけるというのに、
私のために、ルビーのような新品種をさらに作って頂くとは全く言葉がでません」
「そうだ、明日香ルビーの名前でどうか。十五夜姫の羽織っておられる着物の柄全体は、
晴れ渡った青いの空の下、春の野に咲くレンゲ畑の映える明日香の風情とも思えてくる」
「いいですね、そのネーミング。まだまだ先の話ですが、今から胸の内にキープしておきます」

「明日香ルビーとは素敵な名前ですね、是非、お願いしますわ。その担保としてこれを差し上げます。
12月の誕生会に家来のものに記念品として差し上げているもので、特別なものではありません。
つまらぬ物ですが、どうかお受け取り下さい」といって胸元から紫色の巾着を取り出し、
中から青い球を二つ取り出しました。それは大粒の真珠くらいのターコイズでした。
ターコイズ自体は平凡で手頃な宝石だが、頂いた相手が相手だけに、
まして「担保に差し上げます」と本人の口からはっきり言ったからには、もう言い逃れはできないと、
市松の背筋に冷たい旋律が走りました。今日の日中に行っていた摘果試験などは惰性に過ぎない。
もっと自分を奮い立たせる熱いエネルギーが必要だ。
何時までもそんなありふれたことにかけがえのない時間と労力を使っていてはいけない。
誰も感動しない試験に暇を潰し、自分を誤魔化していてはいけないと言い聞かせました。

しかしながら、市松にはやり切れる自信はありました。師匠格の山村から「仕事と作業は違う。
この職場で本当に仕事をしてのは3割に過ぎない。給料は同じでもあとは肩書きだけの作業者だ」
辛らつな言葉で事あるごとに陶冶を受けていたからです。また、本人はその洗脳を信じていました。
「これこそ、その教訓を試すのに相応しいテーマ」と頭の中にしっかり叩き込みました。


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電照とナメクジ(45)

「市松君、十五夜姫のためにもっと光沢のよい品種ができればいいね。
真の意味でローソクの炎のような新品種をね。誕生日祝いに最適とは思わないかい」
促成作型の基本形は自分の努力と発想でほぼ確立できたものの、
実の柔らかい宝交早生の限界を解決するためには、市松にもっと頑張ってもらうしかないと思いました。
「是非、やりましょう。赤いルビーのように強い輝きを放つ新品種をこのハウスで育成しましょう。
そして、1250本のローソクを髣髴させる新品種を中将スイートに使っていただきましょう。
できるはずがないと思えば何もできないが、先ず想わなければ新しいことはできない。
育種って、目標がはっきりできると意外とできるものですからね。山村さん、是非任せて下さい。
品種選定や交配から始めることになるので、育了までに相当な時間はかかりますが、
千年以上もの悠久の時を過ごされてきた姫様のことですから、我々とは時間の尺度が全然違います。
我々が気にするほど時間の長短は大した問題じゃないでしょう」

「それから、休眠の課題もたのむよ」と小さな声で遠慮がちに付け加えました。
電照技術は宝交早生の休眠特性を明かす過程で編み出した応用テクニックであるが、
だからといって、宝交早生のような休眠の長い品種が促成栽培に最も適していることの証明にならない。
特別なテクニックを導入すれば、さらに早進化できることを示しただけでことに過ぎない。
促成栽培の管理しやすさから判断すれば、むしろ休眠の短い品種の方が実用的に無理はない。
電照技術と宝交早生の関係は切っても切れぬ間柄ではあるが、
早だしを目的にとすれば、休眠の長い宝交早生の品種特性に自ずと限界と無理がある。
それは、野党の執拗な攻撃を逃れるために、言い訳がましい国会答弁を何時までも強いるようなものだ。
いずれボロが出ることを、曖昧にしてその時間で引き伸ばしているに過ぎない。
所詮、宝交早生で促成栽培するのは、実用的観点から「理解はできても納得できない」ことである。
そのことは当の本人が最も理解していたことであるが、技術が一人歩きすると抑えが効かなくなる。
雑誌もマスコミも産地も、さらに学会までがそれが最良の実用成果であるように勘違いしてしまう。

「一旦、本にそれらしく書いてしまうと変更は大変ですね。しかし、そのことは百も承知ですよ」と
余裕で応えました。
「それで十分だ。しかし、休眠の浅い品種になっても日長の短い冬季の補光手段として電照は必要。
仮に休眠がゼロの品種なら、気温の低い冬季にハウスで樹が伸長するので電照は不要になるが、
今度は日の長くなる春以降に樹が徒長して暴れることになる。
すると、同化栄養分を樹の増大に取られるので今度は食味の方にツケがくる。
果実品質の季節的な安定を考慮すると、少し休眠のある品種の方が向いているでしょう。
促成栽培が続く限り、電照技術はこれからも大事。そてに、姫様の誕生日の演出に欠かせないからね」
と付け加えました。

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