じっくり、しっかりジジ談義

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戦争と平和

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偏向している?

 最近「偏向している」という言葉をよく聞きます。「日の丸」を掲げ、「君が代」を歌うことを拒否している事に理解を示したり、中国や韓国の立場に理解すべきところもあるなどと言うと、「偏向している」と言われることが多くなってきました。

 今度総理になる安倍さんにしてからが、「報道が偏向してる」とNHKの教育番組に対して圧力をかけている(この朝日新聞の報道に対して、NHKは認めてませんが、ジャーナリストの魚住さんの取材などから判断すると事実でしょう)。

 根本的な疑問ですが、自分が中立、もしくは絶対的に正しいポジションにいないと、人を「偏っているとか、偏向している」とか言えないんじゃないでしょうか?仮に「偏向している」と言っている人自身が「偏向」していたらどうなるんでしょう。偏向しているといわれている人は実は偏向していない人になるのでは?

 私が危惧するのは、「偏向」という言葉が、戦前に使われた「アカ」とか「非国民」とかいう言葉のように、レッテル貼りに使われることです。もちろん、「右翼」とか「反動」とかいうレッテル貼りも私の好むところではありません。

 「偏向している」という人の言葉の響きに、「自分は絶対的に正しいのだ」という意識を感じてしまいます。

 自分が、自分の世界観が絶対的に正しいと考えると、考えが硬直化してしまいます。ですから人を批判することは構わないけれど、「偏向している」とレッテルを貼るのではなく、相手のこういうところが、こういうふうに具体的に理由を示すのが、批判する側の当然のマナーであり、義務であると思います。

 お互いに冷静に、自分の思うことを述べ合い、筋道だった批判をすることで、対立点や、考えるべき点が明確になっていくと思います。たとえ議論は平行線でも、それなりに実りはある。考える材料を議論する双方に提供するからです。

 レッテル貼りはやめにしませんか?
 

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 国旗国家訴訟の東京地裁の判決は原告側の勝訴に終わりましたが、これに対する読売新聞の社説は以下の通りです。

国旗・国歌訴訟 「認識も論理もおかしな判決」

 「日の丸・君が代を教師に義務づけた東京都教委の通達と校長の職務命令は違法――東京地裁がそんな判断を示した。
 教師には、そうした通達・命令に従う義務はない、国旗に向かって起立しなかったり、国歌を斉唱しなかったとしても、処分されるべきではない、と判決は言う。
 都立の高校・養護学校教師、元教師らが、日の丸・君が代の強制は「思想・良心の自由の侵害だ」と訴えていた。
 学習指導要領は、入学式などで「国旗を掲揚し、国歌を斉唱するよう指導するものとする」と規定している。判決は、これを教師の起立・斉唱などを義務づけたものとまでは言えない、とした。
 しかし、「指導」がなくていいのだろうか。不起立で自らの主義、主張を体現していた原告教師らは、指導と全く相反する行為をしていたと言えるだろう。
 判決は、「式典での国旗掲揚、国歌斉唱は有意義なものだ」「生徒らに国旗・国歌に対する正しい認識を持たせ、尊重する態度を育てることは重要」と言っている。だが、こうした教師たちのいる式典で、「尊重する態度」が生徒たちに育(はぐく)まれるだろうか。
 教師らの行動に対する認識も、甘すぎるのではないか。「式典の妨害行為ではないし、生徒らに国歌斉唱の拒否をあおる恐れもない。教育目標を阻害する恐れもない」と、判決は言う。
 そもそも、日の丸・君が代に対する判決の考え方にも首をかしげざるをえない。「宗教的、政治的にみて中立的価値のものとは認められない」という。
 そうだろうか。各種世論調査を見ても、すでに国民の間に定着し、大多数の支持を得ている。
 高校野球の甲子園大会でも国旗が掲げられ、国歌が斉唱される。サッカー・ワールドカップでも、日本選手が日の丸に向かい、君が代を口ずさんでいた。
 どの国の国旗・国歌であれ、セレモニーなどの場では自国、他国を問わず敬意を表するのは当然の国際的マナーだ。
 「入学式や卒業式は、生徒に厳粛で清新な気分を味わわせ、集団への所属感を深めさせる貴重な機会だ」。判決は結論部分でこう述べている。
 それにもかかわらず、こうした判決に至ったのは、「少数者の思想・良心の自由」を過大評価したせいだろう。
 逆に、都の通達や校長の職務命令の「行き過ぎ」が強調され、原告教師らの行動が生徒らに与える影響が過小に評価されている。
 今後の入学式、卒業式運営にも影響の出かねない、おかしな判決だ」

 学習指導要領というものは、指導するためのガイドラインで、強制力は持っていないものだと思います。言うことを聞かなかったら、配転したり、懲戒処分で言うこと自体がそもそもおかしい。

 原告教師らの行動は、生徒にいい影響を与えると考えるんですけど。なぜ先生は、国歌を歌わないんだろう。立たないんだろう。そう思った生徒は、国旗と国歌の歴史や成立過程について考えるようになる。
賛成派、反対派双方の教師の意見を聞いて、正しいと思う方を選択すればよい。これこそ真の教育というものでは?

 なんでも先生や国の言うことを聞く従順な子どもよりも、すべてに疑問を持ち、自分で考える子どもが多い方が、国の将来は明るいと思います。何にも考えない国民よりも、政府に批判的でも自分で考える国民を持つ国の方が最終的には、活気のある国家であることは論を待たないでしょう。それとも、読売新聞は北朝鮮みたいな国家を理想としているのでしょうか。

 だいたい天皇陛下ご自身が、園遊会で、「私は全国のすべての学校の式典で、国旗がひるがえり、国歌が歌われるようにしたい」といった米長邦雄・日本将棋連盟会長に対して、「強制はいけませんね」とおっしゃられている。この社説は天皇の大御心にも反しているわけです。

 「少数者の思想・良心の自由」を過大評価したせいだろう、なんて言葉が卑しくもジャーナリストから出てくるとは思いませんでした。小数意見を尊重する、少数でも思想、良心の自由を尊重するのが民主主義の基本。こんなことは小学生でも知ってます。

 そもそも少数の思想・良心の自由を守るのがジャーナリストの最も大事な仕事でしょう。戦前の新聞は軍の強制力を恐れて、自由に物が書けませんでしたが、自由に物が書ける世の中で、権力に迎合する社説を掲げるとは、あきれて物が言えません。読売新聞社の記者たちに目を覚ましてほしいです。

白圭です。よろしく。

 こんにちは、白圭です。これまで株式投資のブログを持っていたのですが、ちょっと時事ネタにもコメントしたくて、ブログを立ち上げました。よろしくお願いします。

 

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