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山口素堂&松尾芭蕉消息

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模刻素堂真蹟(寛政十年刊)……著述年不詳

  むかし九月十三日夜、芭蔑の翁さらしなの月より帰りて、木曾のやせもまだなをらぬに、けふの月と詠じつきの會をもよほしけるに、こしの人ありつくしの僧あり、まことに浮草のうきぐさにあへるがごとし。そもそも今宵の月を賞する事中華にハきかず。ましてくだら、しらぎにもしらず。我日の本の風雅に富る成べし。
   もろこしに富士あらば後の月見せん   素堂

「素堂亭十日菊」素堂46才 元禄元年(1688)

 芭蕉…
 蓮池の主翁(素堂のこと)又菊を愛す。きのふは龍山の宴をひらき、けふはその酒のあまりをすすめて、狂句のたはふれとなす。名を思ふ、明年誰かすこやかならんことを、

   いざよひのいづれか今朝に残る菊   はせを
   残菊はまことの菊の終りかな      路通
   咲事もさのみいそがじ宿の菊      越人
   昨日より朝霧ふかし菊畠        友五
   かくれ家やよめなの中に残る月     嵐雪
   此客を十日の菊の亭主あり       其角
   さかほりのにひはりの菊とうたはばや  素堂

  よには九の夜日は十日と、いへる事をふるき連歌師のつたへしを此のあした紙魚を梯ひて申し侍る。
   はなれじと昨日の菊を枕かな      素堂

「素堂、芭蕉翁庵に帰るを喜びて寄る詞」素堂46才 元禄元年(1688)

  むかし行脚脚のころ いつか茶の羽折 と吟じまち侍し、其羽折身にしたひて五十三次再往来、さらぬ野山もわけつくして、風にたたみ日にさらせしままに、離婁が明も色のわかつによしなし、竜田姫も染かへすことかたかるべし。これ猶、ふるさとの錦にもなりぬるかと、をかしくもあはれにも侍る。たれかいふ、素堂素ならず眼くろし、茶の羽折とはよくぞ名付ける。其ことばにすがりて又申す。
  茶の羽折おもへばぬしに秋もなし

素堂消息 『甲州俳人伝』 昭和七年四月、功刀亀内著
   (上部に『連俳睦百韻』の抜粋を掲載)
 寛永十九年五月五日北巨摩郡蓬莱村(旧上教来石村山口)に生る。幼名重五郎。父を市左衛門と呼び、幼時一家甲府魚町に移転し、酒造業を営む。父死後襲名して市左衛門と改む。
 名は信章、字は子晋又公商、幼より風雅を好み、中年家を弟に譲り、母と共に江戸に出て、官兵衛と改称し、東叡山下に寓居す。茶を今日庵宗丹に学び、書を持明院に学び、和歌は清水谷家に受け、俳諧は京都北村季吟に師事し、其蘊奥を極む。風流諸芸に通じ、交遊多く諸藩に出入りす。屡火災に羅り、深川に庵を遷し、後葛飾安武の芭蕉庵の隣に住り。葛飾風の一派を創め門葉多く、馬光今日庵二世を継ぐ。素堂母の心に違はんことを恐れ、終身娶らず。
元禄五年母の七十七秋七月七日賀筵を開く。黒露著『秋の七草』に任し。元禄八年甲府代官桜井政能を援けて、甲府緑町に仮居して濁川を治水す。時人之を徳として蓬沢村に、政能と共に其の生碑を建て山口霊神と称す。(桜井政能享保十八年二月十四日歿、年八十二)素堂弟太郎兵衛後法体して友哲と云ふ。後桑名三右衛門に家を売り侘家に及。其の弟三男山口才助訥言林家の門人、尾州摂津守殿の儒臣、其子清助素安兄弟数多あれど皆死。其子幸之助侘名片岡氏を続。素堂号今日庵、其日庵、信章斎、蓮池翁、来雨、葛飾隠士、江上隠士、武陽山人、素堂亭。
   享保元年八月十五日没す。法号直誉桂完居士
 辞世句 ズッシリと南瓜落て秋寒し  
素堂の墓
甲斐国志に谷中感應寺(今の天王寺)に葬るとあれど墓現存せず。位牌一基を蔵之。小石川区指ケ谷厳浄院に山口黒露の建し碑あり、明和元年申庚の歳四十九の春秋の成より、小碑を黒露建と刻せり。
小石川厳浄院の碑
碑面に長方形の穴にして、碑銘大□只左黒路建碑を刻せしのみ。現に穴の中に「素堂翁之墓」と刻せし小碑をハメあるは、明治三十年頃宇田川と云ふ人の、ものせしときく。甲府尊躰寺に山口家代々の墓あり、素堂の碑ありと聞くけど不詳。明治三十一年五月、内務省属織田定之金原昭善と謀り、本所区原庭町芭蕉山桃青寺内に、時の農相品川弥二郎撰文「素堂治水碑」を建てしが、震災に羅り現存せず。甲府市寿町金比羅境内に「素堂治水碑」あり。明治三十二年八月、甲府平原豊撰文、山田藍々(弘道)篆額、後裔山口伊兵衛建碑す。
谷中天王寺(元感応寺)に位牌一基在蔵す。
 (表)廣山院秋厳素堂居士 
 (裏)山口今日庵享保元年丙申年八月十五日
  六世 今日庵社中再興之。
著書
『とくとくの句合』 自序 自句を自ら評せし句合なり。
  享保十二年刊行される。玉苟山人叙、百里跋。
  異板延享三年書林浅草辻本刊行、叙跋なし。
関係書籍
『素堂句集』 一冊 未刊 (子光編ものか不詳)
『素堂文集』 一冊 仝  (随斎編ものか不詳)
『俳聯五十韻』一冊 仝  漢語連俳
『松の奥』  二冊 仝  元禄三年編、俳諧之式法。此の書偽書の説もあり。
『野のかげ』 一冊 刊行 追善集。〔その影 素丸(馬光)編。享保七年七回忌集〕
『野分集』  一冊 刊行 文久二年。百五十回忌、東都今日庵五世泰登。
『ふた夜の影』一冊 刊行 宝暦二年、黒露編。
『連俳睦百韻』一冊 刊行 安永七年、三代素堂(八年、襲名披露)
   糸梅に袖にむさし野鳥のこえ      素堂
 (短冊 一行写)
   西瓜ひとり野分をしらぬあしたかな   素堂
 (百五十周忌追善集『野分集』写)
  《註》
 功刀氏は名立たる『甲州文庫』の産みの親である。その蔵書の多くは現在山梨県立図書館に在る。記述は『甲斐国志』を基にしている。
 文中の「市左衛門』は「市右衛門」。蓬莱村は鳳来村。

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