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酒の歴史 酒の語源
『日本酒』澄江金之氏著 昭和37年刊
【避け】
「日本釈名」には「避くるなり風寒邪気を避くるなり」避け、すなわち酒と言うのである。これはどのように考えてみてもコジツケのように思われる。
【栄え水】
また、他の説では栄え水の意であると言う。「古事記」雄略天皇の歌に、「(前略)今日もかも、さかみづくらし」と酒のことを「さかみづ」と言っている。このほか「万葉集」「神名帳」などにも「さかみづ」の語がたびたびでてくる。酒のめば自ら栄えるような気になるので「栄え水」の名が起り、後に「さかえ」となり「さけ」となったという。
【くし みき】
「さけ」よりもさらに古い言葉に「みき」と「くし」がある。「古事記」神功皇后の歌にこの御酒は我御酒ならず、酒の神常世に居ます、いはたゝす少名御神の神寿(かむほ)ぎ寿(ほ)き狂ほし豊寿き寿き廻ほし献り来し御酒ぞ空さず召せさゝ。
とあるが、「くし」は怪しまたは奇しで不思議という意がある。原始時代に酒の作用を驚嘆して「くし」と呼んだのは第一次的な自然の感情の発露であろう。また「くし」は薬の古語でもある。思うに太古は酒も薬として用いられたので、この名が起ったと想像される。「古事記」応神天皇の歌に
すゞこりが、かみしみきに、我酔ひにけり ことなぐし、えぐしに、我酔ひにけり
【神酒 みき】
御酒も古い言葉である。神に供える食物を「みけ」という。「き」は酒で「け」は饌の意である。「き」も「け」も上古には同意に用いられ、木をきとも毛とも言い、酒を「き」とも「け」とも呼んだ。「け」は消耗品で消えるということから起ったと言う。また一説には酒は勢をつけるから「いき」と言い、後に「き」となったとも言う。
【ささ】
酒の異名を「さゝ」と言う。これは支那で竹葉というのから起ったもので、謡曲に「さゝの葉の露」とあるのはこの証である。本来、宮中で用い始めた言葉である。竹葉の起源については二つの説がある。一つは漢の時代に劉石という子供があった。その継母が実子には良飯を与え、劉石には糟糠の飯を与えた。劉石は食べられないので木の股におき、竹葉を覆っておいたら良酒ができた厦っておいたら良酒ができた。後にこの方法で酒を造り、天子に献じ、造酒業で富を得たと言われた。もう一説は、宜城県から出る酒に「竹酒」 と言うのがあるが、元来、竹葉の露が溜って酒になったと言うことである。
【みわ】
古い書物には酒を「みわ」と記したのがある。東雅には土佐の三輪川の水で酒を造り、良酒を得たからであると記してあるが、これは奈良県の三輪神社が酒の神様で「うま酒の三輪」は歌言葉になっているので、この社から起った名である。
【濁酒】
濁酒を白馬というのは色からきたもので、ドブロクというのは、汲む時の音からきた名である。このほか古書にある名に 「ながるる霞」「かえなし」「はるの風」などがあり、「物類呼称」という本には、「いさみ」(出羽)、「ごまのはい」(太和犬峯)、「けづり」(江戸大工)、「鬼殺し」(江戸)などの名がある。
「鬼殺し」は辛烈の酒の意であるが、落語には「村さめ」とか「庭さめ」の名がある。「村さめ」は一杯引っかけて村を出外れるころ醒め、「庭さめ」は庭に出ると醒めるという落ちである。
支那でも茆柴という異名がある。柴が燃えるとカッと無くなるが、すぐ消えるという義である。そのほか詩文に出てくる名に、百薬長、掃愁槽、破悶将軍、忘憂、上天美禄などいろいろあるが、その効果を称したものであろう。また、若村、蘭陵、宜春、上若、下若、蒲城などは、それぞれ名産地の名で、杜康は良酒の創製者の名である。なお、清酒を聖人、濁酒を賢人といったのは、三国時代に曹操が禁酒今を出したとき、飲酒家の隠語から始まった。余財、黄嬌、喜余、玉液、金波などは清酒の形容で村白、馬乳、流霞、浮蛆、春蟻などは濁酒の形容である。
酒の小児語にもおもしろい呼び名が多い。タンタン(熊本)、トントン(南伊予)、トラトラ(和歌山)、
オトー(大阪・岐阜)、オット(ハ王子・埼玉・山梨・神奈川・宇都宮・福島)、オットット(滋賀)などがある。
このような呼び名は、酒をつぐ時の音、または掛け声からきたものである。
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