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白州町の食生活 農繁期の食事(昭和52年)
農繁期には、三回の食事に二回の間食が加わり、 一日五食になる。
問食は午前一〇時頃と午後四時頃で、
前者をナカイン・オナカイレ・オチャ・コビルと呼び、
後者をヨウザケ・オョウザク・オョウダケ・オチャノミと呼ぶ。
また、朝早くの食事をアサヅクリという。
間食はスタが来ていない場合には、アサハンはオヒルの残りものを食べる。特に腹にたまるように、デンプン質の多いものを取った。
スケ(助っ人)が来ている場合(特に、田植えのとき)には、オヒルとユウハンと二回の間食には御馳走をつくつてふるまった。
オヒルには米飯・味噌汁。漬物・煮物など、ユウハンには酒や刺身・煮こみなど、間食には、アズキ入りのオヤキ(アズキを中に入れて焼く)。米飯のおにぎり。オコワ・餅頭・ボタ餅・団子。オイナリサン・ウスヤキなどを作った。そして、オコワなどを重箱に入れ、「うちのオオタを食べて下さい」と、となり近所に配った。食事の支度には、同じ組の女衆が二〜三人、 一日中手伝った。
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