白州町観光ガイド

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素堂58才 元禄十二年(1699)『芭蕉庵六物』その四 檜笠 素堂著
  その四 檜笠 江州膳所珍タにあり

 甲斐の山人にこひもとめて、行脚の出る時宗祇法師の、

   世にふるもなし時雨のやとり哉

 といふ句を書て、ついに難波の浦にて、時雨のころに終りぬ。
予洛陽のかへさに、膳所にやどりける頃、珍タたづさへ来りて、銘あらむことを求られるるにより、銘して曰、
  一笠一天地 一身一葉心
  江山皆蕾友 仰月臥花陰

素堂58才 元禄十二年(1699)『芭蕉庵六物』その三 小瓢 素堂著。
  その三 小瓢 帯はさみ 東都松木紋水にあり

 許子は捨て、顔子は用う。これらの人、用捨てに分別なしとはいへども、用りかたにていはば、人みな陸地に波をおこして、世にわたる事、阿波のなるとよりもあやふし。
 このひさごのごとく、世にかるうわたるをりは、風波をのかれて、平地をゆくべし。
 かたちはすこし奇なれとも、大なるはたらきなからましや。中流に舟をくつかへす時、一瓢干金の心なるをや。

  桔瓢蚤か茶臼をおふこころ

素堂58才 元禄十二年(1699)『芭蕉庵六物』そのニ 大瓢米入 素堂著。
  そのニ 大瓢米入 号 四山 濃州大垣住西川濁子にあり

 ある人芭蕉庵にひさこをおくれり。長さ三尺にあまり、めぐり四尺にみつ。
天然みかづつして光あり。うてはあやしきひ心きを出す。
是をならして謹歌しあるは竹婦人になぞらへて、納涼のそなへとし、また米をいる器となして、うちむなしき時は、朋友の許へ投すれは、満て帰りぬ。
予是に銘していはく、

  一瓢重岱山 自笑稽箕山
  莫習首陽山 這中飯穎山

素堂58才 元禄十二年(1699)『芭蕉庵六物』その一 文台)素堂著。

  石川丈山翁の六物になぞらへて芭蕉庵六物

  その一(文台 号二見 武陽隠士曽良に在)

 西行法師二見の浦にて、くほかなる石をひろふて硯となし、扇をしきて文嚢とし玉ふにより、はせをの庵の文台に扇を繕きて、是をふた見とよふ。
明鏡台になしといへとも、台なくては文のやとす処なく、後世に傳ふることもかたかるへし。
玉の床より賎がふせ家にいたるまで、台それぞれになきことあたはず、されば此台にも、いくばくの風月をのせきたるや、其おもき事はかりがたし。

  銘日
 四友之外 窓前並面 寫西行風 開芭蕉扇 
 筆海作航 文山為桟 不欠不崩 壽魔同硯興

素堂57才 元禄十一年(1698) 元禄十一年(1698)『茸狩り』

 戊寅の秋洛陽に遊ひ、一日鳴滝に茸狩して両袖にいたきて帰りぬ。
其片袖は都の主人にあたへ大津の浦の隠士安世のかたへ此三唱を添て送るならし。

  茸狩や見付ぬさきのおもしろさ
  松茸やひとつ見付し闇の星
  袖の香やきのふつかひし松の露


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