こちら白州(はくしゅう)ほっと通信

名水の里白州町からほっとな情報をお届けします

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〔オコンコンサン〕

(台ケ原)

竜福寺の裏山の畑の中に石祠がある。別名オイヌサンとも言われる。現在は祀る人はいないが、以前、台ケ原の宿場にサボシヤ(女郎屋)があり、客がたくさん入るようにとお参りに行っていた。



〔松尾さん〕

七賢が建立した酒の神である。台ヶ原では、荒尾明稗境内に祀ってある。四月の第二酉の日に甘酒を作り、ふるまう。



〔水神〕

(白須下)

大輪左明氏宅で祀っている。水神様は、水の神さんである。



(山口)

平出久氏宅で祀っている。清水が湧いたので祀ったという。祭日は、四月一〇日から二二日である。



(大武川)

名取秀雄氏宅で祀っている。以前、ナガシが近くにあったので祀ったと言う。



〔川の神〕

(竹字)

子供や女性が流されるというたたりが起った。それで日蓮宗の僧が拝み、石祠をその場に建てたが、現在はない。



〔虎石〕

(台ヶ原)

荒尾明神の境内に、虎の頭の形をした自然石が祀られている。これは虎石と呼ばれ、自分の干支の年の正月に、茶菓子を供えると一年中、たんやせきに良いといわれている。



〔駒ヶ岳大権現〕

(竹宇)

祭日は、九月二日。以前は、駒ヶ岳大権現の村中の石塔を祀った。祭りは、二四日の晩から二五日にかけて行われた。盆踊りが行われ、その準備は、青年団に任せられる。以前は、子供が晩に神輿(みこし)をかついだ。



〔便所神〕

(白須下)

便所の神さんは美人と言われ、便所をきれいにすると可愛い子供が生まれるとされている。また大輪益明氏宅では、便所神を祀っている。

(前沢)

便所神を埋めてはいけないと言われている。どこかへ場所を移動するときも、竹筒を入れて息抜きをする。それをしないと崇りがある。また子供が生重れたときには、健康に、美人になれるようにと、お七夜に髪の毛をそいで便所の神さんにあげる。

(竹宇)

便所には美人の神さんがいて、便所を作るときにぱ、きれい庄砂を入れてから作るという。鏡、拾しろい、紅、櫛を納めると言われている。

(山口)

ほとんどの家で、便所神を祀っている。



〔大黒さん〕

(白須下)

大輪嘉美氏宅で祀っている。大黒さんは、福の神である。祭日は特になく、正月に重とめて祀っている。



〔納戸神〕

(白須下)

納戸神をオシガミサソと呼んでいる。タンスや机などに塩を供えてお産を軽くして下さいとお願いする。



〔荒神〕

(白須下)

イロリには火の神さんがいて、通称オコウジソサンと呼ばれている。これは、カマドの神でもある。正月に薄照寺の住職が来て、「防火荒神」のお札を配って行く。大輸氏宅では、荒神さんを祀っている。荒神さんは、カマドの神であり、一月五日・六日のいずれかに、蓮照寺の佳職がオシソメを切ってくれる。前年のオシソメは川に流すか、焼く。

(竹宇)

オコウジンサンと称する火の神さんである。

(山口)

名取武二郎氏宅でカ々ドの神をコウジソと呼んでいる。年取りの晩にカマドを掃除して、御神酒をあげている。正月は、七日まで毎朝御飯を供える。神主にお札をもらい、カマド(竈)の柱に張る家もある。ほとんどの家では、荒神さんを祀っている。

〔祈穣師〕

(台ヶ原)

入戸野作造氏(故人)・松沢玉子氏一細田寿太郎氏らは、駒ヶ岳を信仰していた。以前、台ヶ原にも駒ヶ岳講があり、病人が出て、祈祷してくれと頼まれると、講中で行って、祈薦する。三人が祈穣するうちに、彼らは失神状態となり、病人が治るかどうか、おうかがいをした。

(白須下)

殿町の伊藤三雄氏はホウエンさんと呼ばれている。伊藤氏の祖母が、鬼島山明現寺の方丈さんの奥さんであったために、伊藤氏も修行してホウエンになった。仕事としては、地鎮祭・占いや屋敷神などの神の祭祀を行う。



(白須上)

植松春友氏の交、茂重氏と祖父の春吉氏は、駒ヶ岳の行者であった。春友氏宅には免状として「補訓導」・「補大講義」・「補占五等免許候事」などがある。菅原・鳳来地区を中心に、地鎮祭や荒神・道樋神・蚕守(コダマサソ)・屋敷神の祭祀、安産祈願、虫ふうじ、方位、失せ物、キツネに憑(つか)かれた人などを観た。服装は、白の着物に三の羽織、紺の袴を着て、ゾウリを履いていた。祈祷のほかに、オシンメを切ったり、札を刷ったりした。札を刷った板は、春吉氏自身で彫ったもので、現在でもたくさん残っている。



(前沢)

かなり以前に口寄せをする人が来ていた。



(竹宇)

以前、セギウェの初鹿與一氏に歯が痛いときや失せ物があったときにみてもらった。



(松原)

五〇年ほど前に御獄神社から祈祷する人が来た。



(下教来石)

ホウエソさんという。病気を治す祈祷をしたり(以前は病気はキッネが憑いたものと考えられたので、キツネを追い出す祈祷をした。三宝荒神の幣束を切ったり、祭日の時は、経をあげながら護摩を焚いた。一月二日の仕事始には、年の吉方の方から道祖神のお堂の中にある火バチという鉄製の入れ物の中でヌルデを焚いた。道祖神祭にも護摩を焚き、道祖神を抱いて火の中に入って行ったりした。また、以前はこのお堂の管理も行っていた。

ホゥエソによるキツネの追い出し方は次の通りである。ホウエンが祈鰭をし、キツネを呼び出す。誰でもよいから女の人を一人頼みその人を神がかりの状態にして、キツネを乗り移らせる。そして何が食べたいと聞く。キヅネが食べたいと言ったもの(ボタ餅など)を女の人に食べさせる。女の人は外に出ると失神状態となり、キツネが出て行ったことになる。女の人はしばらくすると正気に戻る。



(上教来石)

宮下光治氏の父、故宮下斗丸氏はホウエソさんと呼ばれ、駒ヶ岳神社の崇拝者であった。大正一〇年頃重で毎年一月二日に祈祷した。そのときは、法螺貝(ほらがい)を吹き、上教来石内を上から下に歩き、各戸で道路脇に出して置く桶の水をかぶる。そして最後には氏神へ行き、祈祷して御神酒を飲み、神社の参拝に参加した者へ駒ケ岳のお札を配った。このお札の謝礼として各戸で米を一〜三合渡した。桶の水をかぶるのは、その家の家内安全を祈願し、浄めるためである。また、そのときの服装は白装東に一本歯の下駄であった。修業場は駒ヶ岳であった。本業とはせずに片手問に行っていた。祈祷はどんな事でも引き受け、その時には、神棚に向かって燈明・ロウソク・線香を上げ、服装は神に仕えるもので、お払いをもって拝む。また、ときどき、駒ヶ岳の信者を引き連れて、先達として法螺貝を吹きながら駒ヶ岳へ行った。参加者は全員白装束に金剛枝を持ち、すげ笠をかぶって行った。

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2008/4/19(土) 午前 9:26 [ キャバ嬢★ミサキ★ ]


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