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高野戸数の今と昔 高野 進藤嘉明氏著(『こぶちさわ昔ばなし』部落の部)
今より三百十三年前の寛文六年の高野組戸数は、その年の年貢勘定帳によれば、三百十三戸とあるが、それからくだった弘化三年の年貢勘定帳では百四十八戸となっている。両方の年は、下久保が高野と分かれていないときであるから下久保住民の戸数が入っているはずです。
弘文三年から百三十三年を経た明治六年の高野の年貢割付帳には戸数百一戸と書いてあるが、下久保分が含まれていないと思います。理由は、弘化三年の戸数と四十七戸も少ないからです。
現在の世帯は八十七世帯「今年一月末現在」は弘化三年の時より十四世帯減っている。減った世帯は進藤姓七、宮沢姓五、赤松姓六、藤森姓四、佐藤姓三、吉田姓二、小林姓二、久保田、秋山、河西姓各一で増えたのは、清水姓二十七から十二増し、新たに平出姓二、飯久保、酒井、横山、古川、遠山の各姓一、その他となっている。
高野を去った世帯はいま何処に、また、その原因などを調べてみると世相変転、生活環境、変化等その他幾多の話題を提供することになるであろう。
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