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ワイン留学第一号
参考資料(『明治大正図誌』8 中央道 筑摩書房 昭和55年)
 
九州では西南の役のまっ盛り。そのころ甲府では殖産興業を旗じるしに甲府城批の広場で赤レンガの山梨県立勧業試験場(製糸)と葡萄酒醸造場の建設を急いでいた。
県立の醸造場が完成したのは明治十年(一八七七)三月末。近くの空き地には醸造用の米国産ブドウの苗数種を東京・三田育種場から導入して試植した。それから三力月後、藤村紫朗県令のキモ入りで、ブドウの里の東八代郡祝村(現勝沼町)に、民間では初めてのワイン場「大日本山梨葡萄酒会社」(雨宮広光初代社長)が創立した。施設はできたが、技術者がいない。そこで有能な青年をワインの本場フランスに一年間、留学させることになった。株主総会で選ばれたのは高野正誠、二十五歳。同じ祝村上岩崎の氷川神社の宮司の長男土屋助次郎(のちの龍憲)十九歳の二人だった。二青年の旅費と滞在費は同会社と東八代郡下の町村が負担することになった。
高野、土屋に対し、株主側は「もし一年の修業期間に醸造の勉強をしないで帰国したら今度は白費で再度渡仏してもらうから左様心得よ」というきついお達しの契約書に署名、血判を強制され、明治十年十月十日、横浜港からフランス船タナイス号に乗って出航した。案内役は、パリ万国博日本館事務局次長として再度渡仏する前田正名(
ち山梨県知事)であった。三人は香港で別の船に乗り換えて、シンガポールを経て、インド洋を横断、開通して間もないスエズ運河を抜けてマルセイユの波止場に着いたのは十一月二十四日。横浜を出て四十五日間の長い船旅であった。ここから汽車で花のバリ市街へ。日本公使館に一時滞在して近くの小学校へかよってフランス語の勉強をした。
それも期限つき。一カ月後にはパリから百五十キロぐらい離れているワインの産地・シャンパーニュ地方オーブ県(当時郡)トロワ市()の国際的』な園芸研究家シャルル・バルテ氏、苗木商とワイン醸造業を兼ねているピェールニァユボン氏を訪ねて大急ぎで勉強をはじめた。
昼は作業、夜は記録と、デュボン氏の近くに下宿して、ブドウの収穫からワインの貯蔵法、新酒の蔵出しまでの研修の過程を終えたとき、期限の一年が過ぎていた。
横浜港に着いたのは明治十二年五月八日。会社側と交わした「修業一カ年」を七力月超過していた。高野家では会社側から違約金をごっそり取られ、借財に苦しんだという。
高野、土屋の二青年の帰国で山梨県のワイン醸造の近代化の第一歩を踏み出した。だが、現実には、糖度22度以上もある西欧種の原料ブドウに比べて、甲州種の糖度は15度。かなり補糖しなければ良質なワインが生産されない、という欠陥を補なうための西欧品種の導入、醸造技術の改良に迫られた。
中央政府の農商務省も、山梨県を国産ワイン生産のモデルケースとして、醸造技術者や欧米品種のブドウの苗を送った。技術者では、のちに"福羽イチゴ"の元祖となった島根県人の福羽逸人。米国加州でブドウ栽培技術とワイン醸造を研究してきた大藤松五郎、米国帰りの苗木商小沢善平らである。
しかし、高野、土屋がフランスから持ち帰ったワイン醸造用のブドウの苗木をはじめ県内に移植した苗木の大半は気候風土に合わず枯れてしまった。日本初の葡萄酒醸造会社の国産ワイン。もやがて不評を買い、明治十八年(一八八五)暮れに工場を閉鎖、翌十九年一月、法人組織を解体した。
宣伝の面でも、ぶどう酒に馴染みが薄い日本人に自然酒の効用をどう定着、普及していくか、が大きな課題だった。これらの障害に体当たりしていった先覚者の努カと英知の上に国産ワインの今日の発展があることを忘れてはいけない。

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