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白州町の民族 無尽
『白州の民族』東洋大学民族研究会編 昭和52年度調査報告より
【台ケ原】
台ケ原では、大正一〇年頃まで馬無尽を行っていた。
馬を買うのに金を出し合って、クジで順番を決めて買った。昭和一五・六年頃までフトン無尽を行っていた。戦前にはI〇戸ないし一五・六戸で、「一○円かけ、二○円かけ」といって金無尽を盛んに行っていたが、昭和一〇年頃整理組合ができ、行政的に無尽を整理した。現在行改組一〇組の婦人たちで月一回娯楽的々無尽を行っている。金無尽とは別にオタスケ無尽と称し、金を出し合って無利子で行う無尽もある。「無尽をたかす」といってクジで当り金を得たが、次から金を出さないことがしばしばあった。
【白須下】
自損下では、四・五年くらい前まで月一回気の合った者同士で娯楽的に金無尽を行っていた。
【白須上】
白須上では、昭和三〇年頃まで気の合った者同士やシンルイで「頼母子講」を行っていた。利息は一定の場合とセリを行って一番高い値をつけた人に入札する場合とがあった。現在、金無尽を月一回娯楽的に行っている。以前はフトン無尽を行っていた。
【前沢】
前沢では、現在一〇戸が集まって金無尽を行っている。また前親会でも月一回公会堂で金無尽を行っている。以前はフトン無尽を行っていた。
【竹宇】
竹宇では、戦前に金無尽を行っていた。掛け金をセリで決めた。他にカヤ無尽・馬無尽も行っていた。
【松原】
松原では、三・四年くらい前まで気の合った者同士で碁を持ち寄って、冬の間回り番で碁無尽を行っていた。現在月一回、回り番で気の合った者同士で金無尽を行っている。中山昭一郎氏宅では、鳳来地区の人一二名で年三回金無尽を行っている。
【下教来石】
下教来石では、行改組六組で金無尽を行っている。金の必要が人にやるが、いないときはくじを引いて当った人がもらえる。
【上教来石】
上教来石では、以前年一回、六月に区として小麦無尽を行い、また金無尽も行っていた。月の初めに同士を募り、毎月一〇日か二〇日に行った。戦前にはブラクで頼母子講を行っていた。一二で割り切れる数の株をつくり、セリ金の最高額の人がもらえた。このときのセリ金は講の費用に当てた。
【大武川】
大武川では、以前カヤ葺きの家を持っている家だけでカヤ無尽を行っていた。「オスケのときはいくらだそう」と言って集まった。
昭和六・七年頃まで屋根無尽・婚礼無尽・普請無尽などを行っていた。普請無尽とは、家を建てる金がないとき集まって無尽を行ったものである。明治の初め頃、名取重雄氏宅を本家とするマキで頼母子講を行っていた。現在気の合った者同士一六名で、月一回塩沢鉱泉で娯楽的々金無尽を行っている。
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