サブやんの気まぐれ調査研究

日本の里山は崩壊します。守るのは私たちです。行政主導の時代は終わり新たな取り組みが求められています。

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 最近ある林道を走った。走っていながら、この林道は何のために開けられたのかと疑問が起きた。とはいってものこの疑問はもう20年前からことでもあった。
 崩れ落ちる壁、酸性雨に襲われて崩壊寸前の唐松の森、天然林を伐採して、適地適材の考慮もなく、根の浅い樹木を表層腐葉土の上に植え付けた。自然植生を無視して続けてきた林政のための林道であり、これによって地域の住民や国民に寄与するものではないことは明白である。景色が眺望がすばらしいは別物で、この林道や他の林道も、木材の運搬作業には不適切で、林政得意の重機械も入らない。したがって作業効率が悪い場所は捨て置き林地と化す。

 天然林を人工林に植え替える必要は確かに戦後の復興や、国産材時代にはあったが、国民を大きく欺いた昭和60年代からは分集林制度などの愚作が続き、使用目的の伴わないどこでも何でも植林が続き、たとえば針葉樹でも杉以外は成長しにくく、建築用材としても需要の少ない「モミ」「唐松」最近では「桧」を植えまくった。この大量に植えられた唐松は高地では先端枯れが目立ち、枝が白く腐食したものが目立つ。この唐松や桧それに「モミ」岩盤上の表層土への植林は滑落や崩落の危険があり、防災上も構造材からも需要が少ない樹木の植林多様がさらに国産材不振の輪を広げてしまった。

 唐松やモミなどは岩盤の隙間が認められないところへ植えてそれが成長し、しかも水捌けなどが悪い場合などは、水の上に浮いているようなものなので、少しの刺激で、いっきに全面土砂崩れや崩壊の原因となる。宮城地震の際に崩落した土地の断面が現れたが、30cmくらいの地層に根が張っているだけで、天然林広葉樹との差は私にはわからないが幾分は影響したものと考えられる。現在どこにいっても急傾斜地への植林木が大きく成長して見た目より不安定になってきている。この唐松の倒壊を自然と見るより、無理して必要ない植林をして、数十年放置を続けてきた林政の将来性の見通しのない甘さが大きな要因となっている。
 したがって」現在でも樹木を育てる観点の間伐や枝打ちは、相当な覚悟と経費を捻出できる行政区でないと無理が生じる。
 間伐も最悪の切捨て間伐(乱伐)を20年間以上も続け、その残された大量の残僕は2参加炭素発生源となり、しかも永年続く森林の育成さえ拒む暴挙であった。
 林野庁や関係団体も補助金や国税に頼りすぎ、その多くは国民のためではなく、自らの生き延びる諸策の連続であった。
 最近でも、「癒しの森つくり」「新月伐採」「認証林」「企業の森」と称して、結局は自らの生き延びを裏面に含んだ諸策である。どれも落ち着かないその場限りの愚作である。「認証林とは」難しいこはいらない。適地に植えた樹木を手稲に子育て状況であつかうったものが、私たち製材では昔からの損とされれてきた。やたらめったかラベルを貼って「認証林」で、それを扱う補助金需給先の製造企業が優秀であるような錯覚さえ起こさせる。補助金多様と補助金なしで生活している林業者ではおのずから姿勢が違うし、意気込みも違う。次から次へ同じ企業や団体それに組織新たな法人などが群がり、結論は林業を廃頽させ、多くの山林所有者や後継者の意気を殺ぐ。

 最近大型機械皆伐採して、その折に機械でなぎ倒された桧を添え木をして直立させていた老人がいた。私も2時間くらいお手伝いした。老人は「こんな姿になるなって、やらなけや良かった」と話していた。機械皆伐や間伐は時代の趨勢である。しかし山を造り樹木を育て、その恩恵で生きていく基本的な心まで機械化してならない。
 
 間伐材でも枝や葉まで資源という基本的なものの考えた方不足している林野庁の諸策の付けは結局国民が背負うことになる。
 きる捨て乱伐の放置材も、今後二酸化炭素防止観点からも大きな問題となることは明白で、分収林のような誰も理解できないような答弁と国民を欺くような開き直りは通用しない。大きな反省できない以上、林野庁も民営化して、従属団体も切り離し、一企業として扱う自由競争の世界で運絵すべきで、結局を国民を巻き沿いにして、補助金のばら撒きは関係諸団体に落ちることになる。
 こうした事情を理解していない国家議員や他の議員も「間伐」すれば地球環境が良くなるような錯覚予算を通過させ、結局のところ、林野庁の愚作の後押しをして、写真のような二酸化炭素放出源を作り出すことになる。
 林野庁に望むものは何もないし期待もできない。もし永続するのであれば、独立採算制を義務付ければ、何もできないことがよく理解できる。

 この写真森林(恩賜林)の面積は広大である。地域のリゾート化や売れない林業不振、それに、補助金多様の現場の森に対する認識配慮それに、林業魂喪失が生まれ、林政の施策の無謀が演出した。

 この森は再生できないまま年々荒れ果てていく、将来ここは樹木の墓場となり、管理運営に困る行政は大型リゾート開発や施設をつくり、さらに環境悪化を進めることになる。

 この森は「切捨て間伐および鹿被害と続出する枯れ木について」の論文ができそうである。関係者で興味をもたれた方は事前連絡いただけばご案内申し上げます。

 かっては多くの住民の生産の場であった森林も、すっかり離れその恩森林存在さえ理解できない人も増えている。「恩賜林」の意味も今は違う。借り手側の集落でなく、作業主体者の稼ぎ場所となったしまった。
 しかし放置された森林残木は、やがて大災害の大きな原因となるので、早急に山から出して災害に備えることを警鐘しておく。
 


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