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山梨県は緑と水の豊かな国と言われる。たしかに探索してみるとそれなり場所mあるが、それは水源に近い上流にいえることで、下流に至っては、いまだに生活排出先であったり、生活用水でもあり、あるときは飲料水・用水であり、いらないもの捨て先である。
したがってその地域がいくら名水百選や天下の名水に選ばれても、それが局所なのか指定地域全般なのかで、その取り組みが理解できる。
私の住む山梨県および北杜市や白州町にはそうした市民サイドの取り組みは皆無である。指定されれば単に観光に利用され、水企業が現在のように参集することになる。
そして大切な水資源を活用して全国の愛飲家の喉を潤す。
行政は観光に、企業は堀まくり抜きまくり、白州のことなどまったく考えていない。今後の厳しい時勢では、決して水企業といえども無関係ではない。白州の水を飲まなくても十分生きていける。地下水とて無尽蔵にあるものではない。
しっかりした調査研究もない中で山梨権威は企業サイドの水活用が目立つ。地域の水利用と企業の水販売、ここの因果関係や取り決め、それに水かかわる税金など、当然のことなどが曖昧模糊として時が過ぎていく。
やがて時が経ち、地震に襲われた白州町や武川町の被害が甚大なものになると、報道は「地下水の採取過ぎ」とか「放置しておいた行政の怠慢」「地下水と地震の関係」「糸魚川港造船」や「中央地溝帯」と地下水の関係などが報道に踊ることになる。
私たちは今知りたい。これ以上地下水を抜かれ続けることへの不安が。
私たち市民が彼らの犠牲になる必要はなにもない。行政がどちらのサイドに居るかは明確である。行政の勝手は市民と企業の隙間を拡大させる。
今行政がすべきことは、県民や市民がいったいとなって山梨の水をいかにそのまま下流の人々に流すことができるのかと、国土交通省だけでは手が回らない、小河川のごみ撤去とか倒れこんでいる木材の除去などに取り組み、小河川の水さえ地下水の大きな影響があり、こうした浄化作用に企業も参加して、行政、企業、民間が一体となって取り組むことが大切であり、何かあれば「○○シンポジュウム」を開催して著名人が参集して、地域の役職者や著名人が居眠りをしながら時間をすごし、報道だけがその時以上に盛り上がり、終わっても市民は一切活動しない。八ヶ岳の著名人と称する人たちが、地域を出汁にテレビや新聞で勝手に地域を切り売りする。地域から見放されていても報道は一所懸命持ち上げる。行政も利用する。そしてその分地域住民との隙間が広がる。
著しい報道期間の偏りがここにある。現在のような遅れた山梨県行政などは、有名人や著名人と自称他称する人物を介さないと県民や市民に語れない現状では先が思いやられる。地域の自然は地域の人が、地域の水は地域の人が語ればよい。足りないところを識者に求めるなら未だしも、いきなり「シンポジュウム」で理想論や持論など展開されてもそれは地域のためにはならない。
有名人や著名人や文化人を都度呼んで講習会や講演会など開催しても、それは自らの次元の低さを示しているものとも捉えられる。
私も数度出席したが、あまりにもその地域の勉強不足や偏った持論それに横文字無駄な数字で数分で眠りに陥る人も居た。また驚いたことに「イベント」=「祭り・祀り」を同意語として話しているのには驚いた。これまで数多くの村おこしや町おこしなど手がけた御仁なのだという。そうか私が時代から遅れているのかも知れない。
企業と著名人の話は置いて
私を含め身近な小河川の浄化や森林浄化に来年も勤しみたい。また白州の水や地震と地下水のことなども調べてみたい。
地域の人のために余生をささげたい。私はこの地で育ち育てられた。また生きてこれた。私の周辺には多くの協力者や活動を共にする子供たちが多く、この人々のためにも環境浄化活動を展開していきたい。
私の拙い考えや意見に貴重な言葉をいただいた方々にも感謝したい。本来なら直接お礼しなければいけないと考えています。
また林業や水に関心ある方々のご意見やご提言を賜れば幸いです。
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