サブやんの気まぐれ調査研究

日本の里山は崩壊します。守るのは私たちです。行政主導の時代は終わり新たな取り組みが求められています。

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 私はこれまで林業と木材の中で生き抜いてきた。私の人生には数え切れないくらいの林業先人の知恵と汗の結晶それに工夫と人生が重なっている。

 あるときは丸太の上に上って「てめえ〜飯の種にのぼるか〜」と諭され、先輩より先に山に入り怒られ、のこぎりの刃先を先に出して「殺す気か」。「丸太は力で担ぐな、呼吸で担げ」。などなどもあり、しかしわからないことは理屈でなく、技と目で教えてくれた。
 そして、将棋と同じで四手五手先を読んで製材しろ、とそこには顧客がいた。現在のように機械化され林業の無機質化が進むとこうした感覚も鈍ってくる。

 現在舞鶴の松の展示復活に挑んでいる大きな要因は、これまでの人生への樹木への感謝の気持ちが衝き動かすもので、作業は難題であるが、この450年生き抜いた長い年月と自然との闘いさえその年輪と土の隙間に詰まっている。
 この赤松の立地条件は最初から決して恵まれていなかった。それは土壌が赤土であり、どちらかといえば赤松に向いていない。相当水捌けがよくないと枯れ腐っててしまう。
 この松の特徴は、根の腐れ部分にはすぐに土が詰まり、それも根と同化していることである。
 また根の部分はすべて虫害にあっていて、これまでの赤松虫害の対処の違いを教えてくれた。それはこれまで根を除いた部分を薬剤処理してきたが、実際は根の処理は全く行われておらず、根の掘り出し処理をしないとあまり意味の無い作業をしていることになる。

 さてこの松の根の部分はすでに建設されている鐘楼の鐘の下に安置して、鐘を衝くと、いったんこの根に吸収され、450年分共鳴を持って世の中に鳴り渡ることになる。舞鶴の松はこれまで山梨県の国の記念物として、観光にも大きな足跡を残してきた。大いなる感謝と敬意の念を持って接する筈の行政が抹消の傍線ひとつで処理、しかも薬剤処理放置してその残骸を晒す事など私にはできない。

 また約1000m上方の「駒の松」も虫害枯れ死。これも近く「道の駅はくしゅう」へ永久展示され、休息所のテーブルとして多くの人に触れてもらう準備をしている。これなど根に数百数千のマダラカミキリムシの幼虫が蔓延っていた。

 しかしこうした樹木を見に来る樹木医や関係者は皆無である。そうではなくてこれから学んで生かすことも大切なのでないか。
 正月からここまで作業をして、それができることの幸せが、疲労感を拭い去ってくれる。
 恩師の和尚からはいつも感謝の言葉をいただいている。私はこれで天国に召されるのであろうか。それと虫害薬剤処理の薬剤を吸って逝きつくのであろうか。

末尾から3枚目の写真は、このあと作業に入る本体部分であるが、吹き込まれたウレタン除去が大きな仕事で、粉末との戦いでもある。これは本堂の横に置いて見学に対処する。


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