|
艶説 生きものの記録」泉二三彦氏著 昭和31年刊
第三話 コウモリの睾丸を引上げて飛行の巻
夏の夕方うす暗い空をヒラヒラと飛んでいるコウモリを見ていると、何か怪奇めいたものを感じます。
コウモリはたしかに魔性の動物といえるでしょう。
コウモリをとらえて観察してみると、その風貌はネズミそっくりですが、前肢の指間に膜がはられて翼になっているのが特徴です。
ケモノと名のつくもので、このように自由自存に空中を飛んでまわることができるものは、コウモリをおいて他には見当りません。というと、そこらの物知り博士が、「ムササビやモモンガも空中を飛ぶではないか」と、横やりを入れるかも知れませんが、ムササビやモモンガは」空を滑走するだけのはなしで、飛翔するわけではありません。
コ一モリが空中を飛翔するさい、面白いことには、邪魔もののキンタマを釣り上げて飛びまわることです.
コウモリという奴は、何百万年ものむかしから空を飛ぶようになったものでしようが、空を飛ぶときに、空気の抵抗をうける邪魔なキンタマを腹中に釣り上げるのです。
以前、飛行機は車輪がぶら下ったまま飛んでいましたが、この車輪が空中では、空気の抵抗をうけて邪魔になるので、近頃の飛行機では、飛行中は車輪を引き上げるようになっています.
こういうしくみをコウモリはとうのむかしから心得ていたわけです。私が、この間しらべたところでは、片方だけのキンタマを釣り上げて飛んでいるコウモリがいました。何のシヤレだかとんと判りませんが、片方のネジがゆるんだのかも知れません。因みに、コウモリは蚊のはばたきのような微かな音も、聞きとることができます。
ドイツの科学者で、このコウモりの耳の椅造をしらべて、泣代的聴音器を完成した人がいました。
あの無気味なコウモリにもローマンスはあります.
タ焼が赤々と西の空を染める夕暮たまに美しい空をうち仰いでごらんなさい。そこには、恋に狂う雌雄のコウモリが妖しくも楽しげに恋愛遊戯に熱中しています。コウモリは雌も雄も、黒い布のようにヒヲヒラ飛んでいるので雌雄の区別はちょっとみただけでは判りませんが、空中で会っては離れ、離れてはまた近寄ってたわむれているのは、彼と彼女の一つがいのコウモリです。よく観察していると、雌雄のコウモリは、空中でパッと出逢って、一瞬たがいに翼を重ね合わせて、まるで黒布二枚ピッタリと合わせたような形になります。
ああ、その瞬間こそ、「厳粛なる瞬間」なのです。まさに、せつな的な関係です。しかし、この瞬間的享楽も物理的には、極めて合理的な閑係であって、もしもコウモリが、人間のように、あるいは愛犬ポチのように、悠長に時を楽しんでいたら、たちまち久米仙人のように地上払墜落してしまうことはたしかです。
「快感は、時間払正比例するものなりや否や?」というむずかしい問題は、街頭録音でもして広く民意に問わなければ判りませんが、コウモ夫妻は、この瞬間的、刹那的快楽感に十分満足しているようです。
一般に鳥顆などのように↓、空を飛ぶ動物の交尾は、きわめてアッサリした瞬間的快楽型に属するものですが、これは元来、空を飛ぶという特殊な生治環境に適応するためのもので、交尾のごときも最小限の時間ですむようになっているものだと思われます。
したがって、交尾器も陸上動物にくらべると構造も簡単で、不完全になっています。コウモリもこの点鳥鞘に似ています。
同じ鳥類でも、水鳥の方は、水上でたわむれるので、その方は中々ヒツッコイようです。
さて、コウセリ専売の空中交尾がすむと、雌コウモリは雌同志相集って団体をつくります。ゴクモリ婦人会が結成されるわけです。そしてこの婦人団体は、木の洞や、岩窟などのうす暗い穴倉に入って、女群のみの共同生活をはじめます。この集団は全く男子禁制であって、約一ヵ月半というものは全然雄を寄せつけません。ときたま未練がましい雄コウモリがまぎれこんできたりすると、女群は共同戦線をはってこれを追い出してしまいます。まさに婦人専用車に男性が紛れ込んできたような具合で、雄の惨めさはさこそと同情されます。
コウモリが洞穴の中で休んでいるときは、後肢でブラさがったり、洋傘のようにダラリとしていますが、妊娠した雌は、反対に翼の先についている爪のようなもので頭を上にしてプラ下り、尾をお腹の下に曲げこんでいますから、それとすぐ判ります。子供が生れると.ベビ−コウモリはキョトキョトしながら母コウモリのお腹にかじりついておっぱいを吸って大きくなります。子持ちのコウモリは、子を抱いたまま空中を飛翔します。子供が大きくなると、親コウモリは子供をちょっと空中に放して滑空の練習をさせ、墜落しそうになると、あわてて抱きかかえます。このようにして、飛行術を伝授します。
コウモリで想い出すのは、支郷料理にでる「蚊の目玉のスープ」のことです。このスープの中には、小さなコリコリした蚊の目玉が無数に沈んでいるまことに珍な食物です。
あの何千、何方という蚊の目玉をどうしてあつめたものかと不審に思うお方も多いと思いますが、あれは実はコウモリの糞が原料なのです。
コウモリが捕らえて食べた蚊が、体内で消化されて不消化の目玉だけが、糞中に無数にたまります。ですからコウリの糞を水にとくと、無数の蚊の目玉がころげ出てくるわけです.鍾乳洞などの中などに積っているコウモリの糞が高価に支部料理屋に取引きされることはご存知ない方も多いでしょう。ひとつアルバイトに糞あつめをやってみてはいかがですか。
コウモリで、もう一つ連想するのはコウモリ傘でしよう。それでコウモリの話は、コウモリ傘で結びとしましよう。
さて、処女の処女たるゆえんのものは、処女膜というものがあるからです。紡婚の夜、これが破られて、はじめて人妻となるわけです。むかしは、結婚の夜に処女膜が破れて出血しない嫁は、身持ちが悪いといって、おっぼりだされたほど、その存在は尊ばれていました。
さて、あるところに非処女の花嫁さんがあって、結婚の夜を如何にして処女の如くよそおうかと思案のあげく、羊皮紙をあそこに挿入して、処女膜の代用品にすることにしました。三々九度の盃も終り、万事首尾よく運びましたが、花婿がふしぎそうにいうには、「僕はステッキをもっていったんだが、帰りにはコウモリ傘をもってきてしまった」
|