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第四話 令嬢が笑うと失尿するの巻(1)
「艶説 生きものの記録」泉二三彦氏著 昭和31年刊
女房と犬を連れて散歩に出かけたら、犬の奴は、電柱があるたびに小便をかけていきます。
「電柱に敬意を表していくのはいつも雄だね」と、私がいうと、「きまっていますわ、雌がやたらに立小便ができますか!」
と、女房がいいます。なるほどもっともなことです。
犬が電柱などに放尿するのは、自分の努力範担の縄張りを他の犬どもに表示する目的をもっているといわれています。 「しかしまあ、よくもああ小だしに出せるものねエ1」と.女房は妙なことに感心しています。
翌日、私が象から出がけにひよいと見ると、お隣りのアメリカさんの物すごく逞しいシエパードが、家の前の電柱に放尿していました。私の愛犬が昨日縄張りの表示を行った電柱です。アメリカさんのシエパードはちょっと臭いを嗅いで見て、自分の小便でその上塗りをやらかしたのです。
その日の夕方、私は家の愛犬を連れて散歩に出かけました.例の電柱のところへ連れていくと、愛犬はそのにおいを嗅いでみて、「これは、かなわん!」とでも思ったのか、コソヨソと尻尾を巻いて引き下ってしまいました。情けない話です。
それにしても・犬が尿臭を嗅ぎわけて、同族の強弱を感知する本能には驚くほかありません。
カエルルを追いかけると、失尿しながら逃げていきます。敵に小便をひっかけて、その目をくらますのだともいわれています。
カエルの放尿ぶりをみでいますと、カエルは後方に向かって、ピユッと小便を出します。筒先が其うしろを向いているからです。そのうしろに向って放尿する動物は、ほかに払もあります。カンガルーがそうです。私は先日、動物園でカソガルーが小便をするのを根気よく待っていましたが、やはり予想通り真うしろにむかって放尿するので安心しました。ずいぶん物好きなはなしですが、これを観察して確かめておくのも商売です。カンガルーの筒先は確か真うしろを向いています。
セミも逃げるとき、オシッコをひっかけます。
私が、かつて帝国陸軍の兵隊だったころ、兵隊仲間で「セミ」と称する私刑がありました。初年兵を電信柱にのぼらして、はるか上の方から小便をさせるのです。ところが、よほど豪胆な奴でないと中々小便が出ないのです。気をゆるせば墜落するし、下の方ではいじの悪い古兵たちが大勢見ているのですから、すっかり緊張して中々催さないのです。すると下の方から、
「おい、ミンミンミンといえば出るぞ!」というような声がかかってきます。どうしても出ないで下りてくると、ピンタを食わされて目から小便が出てしまうということになります。
セミはオシッコをひっかけるので、これから思いついて、「セミは利尿剤として効能がある」といって用いている人があります。ばかげた話です。
ニンジンの黒焼きは、寝小便を治すといって、これを売出して大もうけをした男がいました。小便を煮つめて、黒焼きにしたものも効果があるといわれています。しかし、これらは果して効果があるかどうかは保証の限りではありません。
そういえば、近頃、妊娠している馬の尿を煮つめてホルモン剤をつくり、大もうけをしている薬屋さんがいます。妊娠している女房の小便も無駄には捨てられないわけです。
われわれは、毎日、五合乃至六合の尿を排泄しています。一人平均、年二石という勘定になります。この尿からも、ホルモンが回牧されます。わが国全人口の尿の生産量は年二億万石ですから、ホルモンを回収すると何千方円にもなるでしよう。小便はまさに黄金のスープです。
動物は興奮すると、一般に失尿する性質があります。失尿とはおもらしのことです。私の愛犬などは、頭をなでてやると嬉しさのあまり必ず朱尿します。私が中学生時代に、気の小さい奴がいて、授業時間中に教師に指名されると、きまって失尿するというなさけない奴がいました。
また、ある知り合いの、お嬢さんで、とても笑いじょうごの麗人がいました。この麗人は笑いこけて、やっと笑いいがおさまると、きまって便所にかけこむのです。このお嬢さんはがなぜ笑ったあと便所にかけこむのか、私にはちゃんとわかっているのです。学術的に説明すると、強い感動によって、副腎髄質から分泌されるアドレナリンの作用によって、交感神経が刺激されて、括約筋がゆるむことに原因するのです。
彼女とのランデブーのとき、あまり興奮して矢尿するというような、あさはかなことは止めていただきたいものです。もっとも、矢尿するほど興奮するようでは恋も実をむすぶかも知れ知れません。こらえに、こらえていた尿意を、サッと発射する爽快味はまさに天上にのぼる感があります。天上にのぼるといえば、飛行機に乗るとはじめのうちは小便が出たくて困るそうです。こらえていた尿を発射して、終りに近くなると、全身にブルッと震えがきます。冬の寒い晩、ひそかに立小便をしたときなどもこのふしぎな震えがきます。この震えは、「最後の一滴をふるい落すしくみ」だともいいますが、あの震えは放尿によって体の熱が急にうばわれた為に、塞くなって身震いするのだと私は思っています。
太宰治の有名な小紋「斜陽」に出てくる物語りに、衆婦人が庭のしげみの中で立小便をするところがあります。太宰氏払よると、費抒人呼立小便を好むものだそうです.
私の心やすい、さる斜陽族の奥さんに、念のためにきいてみたら、「わたしも、しょっちゅうよ」といったので、たまげました。
さて、フランスはパリに貧乏な絵かきさんがいました。ある夜、「今日、われ欲情す」とつぶやきながら、プラリと女郎買いに出かけました。やがて欲情氏はうかぬ頚をして帰ってきました。見ると、アンモニアの匂いのする黄金色のスープをいれた洗面器をかかえていました。友人がいぶかしがって、「おい、そりやなんだい!」と、たずねると、「今日は肉が高かったので、スープで我慢したのだ」と、馬鹿面をして答えました。
第五話 デパートの掃除人陰毛をバケツに集めるの巻
「艶説 生きものの記録」泉二三彦氏著 昭和31年刊
「ねえ、貴方!」と、女房が妙に甘ったるい声を出して袖をひきます。ここは銀座の、とある毛皮商の店先きです。銀邪の襟巻が、これみよがしに吊るしてあります。
「一万円なら安かないこと!」と、女房は狐のような目付で亭主の顔色をうかがっています。「おい、よく見ろよ、丸がも一つ余計についているんだよ!」すると、女房は失恋した牝狐のようにションボリしてショーウインドを離れました。亭主ホットしながら、「人間には、なぜ毛皮がないのだろう。毛皮さえあれば、何も好んで狐風情の毛皮を欲しがったりはすまいものを」と、考えました。
獣顆はどいつもこいつも立派な毛皮をもっています。河馬や鯨は毛皮をもっていませんが、そんな奴は水の中にもぐっていてもらいましよう。水の中にすむ動物でもオットセイなどは中々六派な毛皮をもっています。ラッコの襟巻きなどは、田舎代議士や金貸しなどがさかんに愛用しています。
私はいつも動物たちをみると、つくづくあの立派な毛皮をうらやましく思います。虎や豹のあの派手な豪華な毛皮はどうでしようか、知らず知らずに頭が下ります。もっとも頭が下るのは値段を見ての話ですが。
熊のあの艶々した暖かそうな毛皮などはまことに羨やましい限りです。人間は、河馬や鯨なみに毛皮がありません。まことにお寒い話ですが止むな得ません。負け惜しみをいうようですが、人間とても、大むかしから決して裸であったわけではありません。ゴリラやチンパンジーなどの、野人猿という人間の親類を見れば白から明らかでしよう。
続きあり
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