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第五話 デパートの掃除人陰毛をバケツに集めるの巻(2)
「艶説 生きものの記録」泉二三彦氏著 昭和31年刊
では−体、人間はどうして毛皮を失ったのでしょうか。
答えは簡単です。人間は衣服を発明して、これをまとうようになったために体毛がすっかり退化してしまったのです。
その証拠には衣服でおおわれていなかった部分は退化が遅れていることからも知れます。脛毛などは、かなり毛皮に近い感じをあたえますし、脛毛のすこぶる長い人もかなりいます。また胸毛がふさふさと生えている人も少なくありません。胸毛男といえば、まず雲助、槍持ち奴を想いおこしますが、胸毛はなにも雲助や鎗持ち奴にかぎらず大名や侍にも多かったにちがいないと思います。ただ服装の関係で外白には目立たなかったまででしよう。その証拠には銭湯にいってみれば、今日でも胸毛男がそこここに見当ります。彼等の中には大名や侍の子孫もいる筈ですからたしかです。雲助や槍持ち奴の子孫だけが銭鴻にくるとは限らないからです。欧米人は概して毛深く、胸毛がふさふさと生えているサムライが少なくないようです。そこらにうろついているアメ公をよく観察して見てごらんなさい。すごい奴がいます。
銀幕でも、しばしば立浜な胸毛男にお目にかかります。ゲーリー・クーパーなども代表的な胸毛男です。先日、私はプロレスを見に行ってシャープ兄弟とかいうものすごい毛むくじゃらのアメ公がゴリラのような姿をして出てきたので目を見はってしまいました。
脛毛男や胸毛男が今日なお少なくないのは、おもうに原始人がはたしで歩き、胸のはだけた襦袢のようなものを着ていたことを想像させます。この被服でおおわれなかった部分の毛皮の退化がおくれたものだと思います。人間の祖先が毛皮をもっていた証拠は、遺伝学でいう、先祖返りという現象でもうなずかれます。これは突然に先祖のもっていた形質が現代人に発現する現象です。
尻尾のある人間や、多数の乳房をもった人間がときに生れることがあることは、われわれの祖先が、かつて尻尾をもち、多数の乳房をもっていたことを暗示するものです。
この先祖返りの一現象として、毛皮をもった人間が生れることがあります。全身に長い毛がふさふさと生えているのです。こういう毛だらけの人間を犬人といいます。顔がスコッチテリアやチンのようだから犬人というのでしょう。
現代人の中に、ときにこの犬人が生まれる事実はは、とりもなおさずわれわれの遠い先祖が、みな全身にふさふさとした長居毛皮をもっていたことを物語るものでしょう。
人間の毛皮喪失論のついでに、頭髪についても一言触れておきましよう。
原始人は帽子というものを久しい間、知らなかったので、頭部の毛皮は今日まで残っています。帽子を発明するようになると、頭髪は急激に退化をはじめ、禿頭という珍現象が起ってきました。禿頭というのは、どうやら人間特有のものらしいのです。獣類が老いて禿頭になったという話はききません。
帽子をかぶると東部の栄養が害されて頭髪が抜け落ちるようになります。このことは、年中帽子をかぶっている軍人に禿頭者が多かったことからも容易に納得できると思います。
禿頭は男に多いのですが、これは男は古来戸外に出てはたらくことが多かったので帽子をかぶる習慣を早くもったためでしよう。女はむかしから、もっぱら家にあって帽子をかぶる習慣がなかったために、女の禿頭というものは凶でも少ないわけなのでしよう。
一説には、頭脳をつかうと禿頭となるといわれていますが、してみると古来から頭脳をつかったのは専ら男で、女はあまり頭脳をつかわなかったことになります。「うん、なるほど!」と思い当る節もなくはありませんが、女性をケイベツすることは紳士の好むところではありません。
また禿頭者には悪人が少ないという俗説がありますが、何も極悪人の定九郎や石川五右エ門が総髪だったからといって、禿頭者がすべて善人である、というロジックは成立たないと思います。
さて失礼ながら陰部の毛皮ですが、ここの毛は人体のなかではもっとも獣類に似たものなのです。頭髪は細くて素直ぐですが、この部分の毛は太くてカールされています。頭髪はその横断面を顕微鏡でのぞいてみると丸くて、そのしんとなっている髄質も細いものですが、この部分の毛は横断面が三角形になって角張っていて、結質も極めて太いのです。これは獣類の毛の特徴でもあるのです。この部分の毛は興奮すると抜け落ちるといわれています。
あるデパートの掃除人の話によると、デパートでは掃き集めると毎日バケツ一杯のご婦人この落とし毛があるといいます。
ご婦人というものがデパートでなぜ興奮するかということは、私などの知ったことではありません。この陰部の毛皮が獣類の毛皮に性質が似ているということは、まことにふしぎです。
前の論法からいうと、人間がエデンの国から追放されて、はじめて裸身にまとったものは、陰部をかくすためのイチジクの葉であったのですから、ここの毛皮は一番早く退化してよい筈であるのに、今日なおほとんどむかしの原型を保っていることはふしぎです。これこそ性にまつわる紳秘というものでしよう。
さて、この毛皮にまつわる物語りをのべなければなりません。
さるフランスの片田舎に雑貨商をいとなむ夫婦が住んでいました。この亭主というのはきわめて正直な男で、これまで嘘というものをついたことがありませんでした。ある時、商取引きのために花の都、パリに行くことになりました。「ねえ、あんた、取引きの模様を逐一、わたしに報せしてね!」と、妻君はいいました。「うん、いいとも、いいとも!」と、亭主はかたくこれを約束して旅立ちました。いよいよ、パリについて見ると、あまりの繁華さに目をうばわれるばかりでした。商品はよだれが流れそうなほど欲しいものばかりですし、それにパリの女ときたら、とうてい片田舎では見ることもできないほどの美人ぞろいでした。雑倉屋はついフラフラと、ある女郎屋の門をくぐってしまったのです。ドロ臭い女房にくらべると、これはまた何と素晴しい天女でしよう。−夜の甘い夢から覚めると、雑貨屋はさっそく女房に約束の取引の報告をするために、郵便局におもむきました。そして、つぎのような電報を打ったのです。
「シミーズは上り、ズロースは下り、毛皮は上ったり、下ったり」まことに世にも正直な男のはなしです。
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