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滋賀県栗東町上砥山の「山の神祭」
(「日本文化の遺産」民族文化研究所編)
(旧正月七日)には、祭に先立つ二日に、家々に樒の枝を配るので、花配り帳が大切にされ、花を貰わぬと正月にならないといっている。京都の旧家では、大晦日に市で樒を買い、カマド神に供える(一般には正月二四日の愛宕の日に買って帰る)。かつては、正月の門松が椅であったこと、伊勢の神宮では元旦の朝に樒を村人が投げこまないと門が明けられなかったことが、
『松の落葉』という東海道見聞記に書かれているが、三河の花祭地帯では今日も樒の門松が見られる。
朝鬼は、花宿(祭場)の主人自らが扮するもので、銭・餅・切幣を入れた<蜂の巣>という宝袋を、舞処の天蓋に吊したものを斧で切りおとして人びとに頒ち与える。祖霊あらわす榊鬼が、みずからの魂の依代としての花枝を頒ち与えて、祝福を与える神態を演ずるものとして、子孫を守り農作をもたらす<恩寵>的な性格をもつ鬼である。その一方に、山見鬼のような、こわい、子孫をいましめる<懲罰>的な性格をも併せもつのも鬼である。
この<懲罰>的と<恩寵>的の両面を、ポジティブ・ネガティブとしてもつところに、浄・不浄の神聖=禁忌をともなう宗教儀礼の本質が成立する。花祭のもう一つの形は、「花の御串」とよばれる一対の御幣で、もとは稲の穂をつけて杖につきながら、「花育て」の祭文をとなえて道行きした。これは穀物の霊の依代としての花で、稲の花のシンボル化である。
逢坂を今朝越えくれば山人の 我に呉れたる山杖ぞこれ
と神楽歌に歌われた山人の山杖にあたるもので、鬼に扮した山人が、里人にもたらす祝福の花としての意味をもつものである。
節分に、日本髪の娘がかんざしに稲の穂をつけるように、日本人にはシンボライズしたものを一体化しょうとする性格がみられる。
このこわい鬼が、子孫に幸福をもたらすシンボルを山から持ってくるところに、山村の正月を迎える祭の意味があり、「花祭り」とよばれるわけである。このようにみてくると、前述した播州地方の鬼たちが、餅割りをする意味もはっきりしてくる。餅は先祖のミタマのシンボルであり、これを分けて子孫に与え、新しいエネルギーを身につけさせるわけである。
修正会に寺院を笹厳する鏡餅は、この餅とお花とを参詣の氏子がいただいて帰り、無病息災や、田の虫追いのまじないに用いるものである。よりしろの花とミタマのシンボルの餅は、〃花より団子″(団子=仏前の壇供)ということばが生れたように、花よりも餅の方に人気があった。鬼は、日本人の祖霊観を具体化したシンボルということになる。
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