サブやんの気まぐれ調査研究

日本の里山は崩壊します。守るのは私たちです。行政主導の時代は終わり新たな取り組みが求められています。

里山森林の破壊と崩壊

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 この資料を見たときにまず目に入ったのがその木材の使用され方だった。この鉄道開設には木材が不可欠であったことがわかる。また男の熱情が満ち溢れている写真でもあった。
 この鉄道資料がなぜその同人誌に挟まれていたかはわからない。


ケアンズークランダ鉄道(1882−1891)開拓工事の歴史

沿岸への鉄道を/

ケアンズークランダ鉄道の歴史的足跡
1882年3月 労働・鉱業省大臣による最適ルート調査開始発表
1884年3月 バロン・バレーのルートが選ばれる
1885年9月 作業計画を内閣が認可
1886年5月 クィーンズランド州首相建設開始
1886年11月 PC.スミス、第一区の契約を放棄
1887年1月 マクプライド・アンド・カンパニー、第一区の契約を放棄
1887年1月 ジョン・ロブ、第二区落札
1888年4月 ビクトリアン労働同盟結成
1888〜89年 ケアンズにおける最初の大規模な沼沢地埋め立て
1890年4月 クィーンズランド州総督による視察
1890年8月 ザ・ユナイテッド・サンヅ・オブ・トイル結成
1891年4月 最初の砂利列車がクランダに到着
1891年5月 第二区最終点まで線路が敷かれる
1891年6月 ケアンズークランダ間の鉄道運行開始
1915年 現在のクランダ駅開設

1882年、北クィーンズランドの長く続いた雨期。ハーバートンの近くにあるワイルド・リバーのすず(錫)鉱夫達は、物資の供給を受けられず、飢餓寸前の状態にありました。ポート・ダグラスから内陸を通る道路は、泥沼の様になり通行不可能であったため、ハーパートンの開拓者達は怒りの声をあげ、沿岸までの鉄道架設を望む運動を始めたのです。
次期選挙のキャンペーンと寒くなる南部の気候からのがれるため、主要な政治家達が次々と北部を訪れ、それぞれに鉄道の架設を約束していきました。1882年3月、労働・鉱業省大臣、マクロツサン氏はアセートン高原から沿岸までのルート調査をすることを発表し、最適ルートを発見するために、未開地に関する専門家であり、多彩なパイオニア精神を持つクリステイー・パルマーストン氏を任命しました。

1882年2月にはポート・ダグラス、ケアンズが、それぞれに鉄道同盟を結成し、鉄道の権利を獲得するための長く苦しい争いを始めました。その後まもなくマウリリヤン港の長所を誇りとするジェラルトン〈後の地名をイニスフェイル〉も誘致運動に加わりました。
その年、パルマーストン氏は沿岸からのルートとケアンズとマルグレープ・バレーからモスマン河とバロン・バレーに沿う内陸のルートをいくつかの候補に上げました。1882年11月、パルマーストン氏は、マウリリヤンからハーパートンまで9日間で視察し、その年の5月にダグラスという検査官によりマークされた遭筋を何度も重複視察後、マウリリヤンに到着した際、植民地書記官に次の様な電報を打ちました。「5月28日マウリリャン到着。ひどい旅。通路不可能。20日間食料無し。主として植物の根を常食とする。19日間雨止まず。」

ケアンズ、鉄道落札

1884年3月、モンクという測量技師が、クリステイー・パルマーストンが上げた候補地のすべての最終調査記録を報告しました。これにより、パロン・バレー山峡ルートが選ばれました。北クィーンズランドの将来が形作られることになりました。ポート・ダグラスとジェラルトンからの憤りの嵐は、ケアンズ住民の歓喜と同様に大変大きなものでした。

驚くべき土木工学の偉業

ケアンズークランダ間の鉄道架設は現在も同様ですが、当時、途方もなく重要な土木工学の偉業でした。北クィーンズランドの歴史に残るこの素晴らしい事業は、見事な大望と不屈の精神、そして、その建設に従事した労働者達の苦難を証明するものであり、同時に、この驚くべきプロジェクトのために命を落とした多数の人々の記念碑となるものです。

1886年5月10日、当時のクィーンズランド州首相であったサミュエル・グリフイス卿が、最初の土を銀製の鋤で掘り返しました。ケアンズのほとんどの住民が参加した祝賀会は、その日一日中夜中まで続きました。
建設は、8マイル12連鎖、15マイル18連鎖、23マイル20連鎖の三契約に区分されていました。磯路は総計46マイル50連鎖で、広大なアセートン高原をマリーバに向け通り抜けるものです。第一区と第三区の位置付けと架設は比較的容易でしたが、第二区の勾配が非常に険しく、急斜面、密林、そして敵意のある先住民達のため大変危険でした。

登りはレッドリンチの近くから始まり、海抜18フィートから標高1,073フィートのマイオラ頂上まで続いていました。この区全体には、15のトンネル、93ケ所の曲折部、そして峡谷や滝の上に架けられた建設困難な橋が多数あります。

素手で建設された鉄道

線路の第一区は、ケアンズからレッドリンチの少し先まで至るものです。契約はP.C.スミス氏が2万ポンドで落札しましたが、その作業は不運と監督不行き届きで困難を極めました。疫病が人夫達の間で流行し、沼地と密林での労働条件は過酷なものとなりました。

1886年11月、P.C.スミスは第一区の契約を放棄し、マクブライト・アンド・カンパニーが引き継ぎましたが、彼らもまた1887年1月には作業を中止しました。結局第一区は、クィーンズランド州政府によって完成されました。

1887年1月21日、ジョン・ロブが第二区を290,094ポンドで落札しました。彼と彼の部下達には、ブルドーザー、ジャックハンマー等の近代的な道具はなく、慎重な計画、不屈の精神、手作業用工具、ダイナマイト、バケツ、そして素手で、ジャングルと山脈に取り組みました。線路上にある急斜面が削り取られ、緩くなっている岩石や張り出している木々はすべて手で取り除かれなければなりませんでした。
このような作業をしている最中に最初の死亡事故が起こりました。丸太を火の中へ転げ落とす時、ギャピン・ハミルトンという名の工夫が下側に立っていて死亡したのです。
土木作業は特に困難を極め、深い掘削と取り除かれた土砂は総計で約300万立方ヤードにも達しました。バロン・バレーの地盤は特に危険で、斜面は平均45度、表面全体は15−25フィートのゆるい岩石、腐敗した植物、腐植土の層で覆われていました。
建設中、工夫達のキャンプが各トンネルや切通しに急造され、比較的狭い岩棚にも店が造られました。
食料や衣料品まで揃えてある店も幾つかありました。第三トンネル、ストーニー・クリーク、グレーシアー・ロック、キャンプ・オープン・クリーク、レインボー・クリークでは小さな町が栄え、山脈のふもとにあるカメルンガには5つ以上のホテルがありました。一時期、主にアイルランド人、イタリア人の労働者が1500人もプロジェクトに参加してい
ました。ひどい労働条件に対抗し、1888年4月20日カメルンガで、主にアイルランド人労働者達が集会を開き、ピクトリアン労働同盟を結成しましたが、双方が直面する課題の大きさを認識していたため、労働者と経営者間の関係は友好的でした。1890年8月、当時の海運大ストライキが鉄道工夫達にも影響を及ぽし、彼らはザ・ユナイテッド・サンズ・オプ・トイルを結成し、日給9シリングを要求しました。9月までに閏産は解決され、工夫達の日給は8シリングから8シリング6ペンスヘ増額されました。

鉄道完成間近か

1890年4月までにストーニー・クリーク橋がほとんど完成され、クィーンズランド州総督、ヘンリー・ワイリー・ノーマン卿がプロジェクトを公式訪問しました。ジョン・ロブ氏はストーニー・クリーク橋の上で盛大な宴会を準備し、総督を驚かせました。
テーブルと共に、御馳走、ワイン等が目くるめく何百フィートもの峡谷上に置かれることになったのです。記録には、その日滝の轟音のためスピーチはなかったと記されています。

1891年5月13日までに線路は第二最終点のマイオラまで敷かれました。1891年6月15日、当時の三人の鉄道長官のひとりであったジョンストン氏がまず貨物運雑用に線路を開き、それからほんの10日後、ケアンズークランダ鉄道が乗客用にも開通されました。

ポート・ダグラスの商業は急激に落ち込み、町は静かに衰退しましたが、現在では、ポピュラーな観光地となっています。ジェラルトン〈イニスフェイル〉は、成長を続ける砂糖産業のおかげで繁栄しました。信頼のおける安定した物資の供給と輸送をもとにして、高原は豊かな牧地として栄えました。そしてケアンズは現在では近代的な国際観光の中心となり、今なお急成長を続けています。

http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-ybb&p=%E3%82%B1%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%BA%E3%80%80%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%80%E9%89%84%E9%81%93&ei=UTF-8


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