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日本の森林資源 森林伐採(『林業概論』 島田錦蔵氏著 昭和32年)
内地府県および北海道の森林伐採は,面積において大正年代の後半より昭和の初年にかけて30万町あそれより漸増して昭和7年に40万町歩、13年に50万町歩となり,16年より70万町歩を超えている。
これを伐採量について観察すれば,大正後半から昭和10年ごろまでは年々約2億石の伐採であつたが、支那事変の前後から著増を示し,昭和15年に3億石を超え,爾後も戦時増伐がつづいた。終戦の混乱期に伐採が減少して昭和20年には2億石を下つたが、その後は2億石を超えている。
戦争期間を除いた戦前と戦後とを比較すると,戦後の伐採量は戦前の伐採量に似ている。ただ見逃すことのできないのは,用材と薪材との伐採量の構成変化である。戦前は用材が三分の一、薪炭材が三分の二構成であったのに、戦後はむしろ用材が半ばを超えている。これは用材の輸移入がなくなって,用材もまた薪炭材と同様に国内自給しなければならなくなっているからである。戦時中の過伐によって材力が著しく減退しているのに,戦後の伐採量が減少していないことは,森林資源に重荷を負わしていることを意味する。
伐採材の内容椿成は、前述したように永らく薪炭材が三分の二を占め、用材は三分の一であつた。薪炭材が三分の二も占めたことは諸外国に比してわが国の木材生産の特徴をなしてきたのである。これは用材は輸移入材による需要充足がされてきたためでもある。
伐採材を樹種別にみると,薪炭材は雑多の樹種がこれに充てられており,潤葉樹が殆んどである。薪炭材の生産は樹種別の調査がなく,またその価値においても顕著な差異はない。
しかるに用材は樹種によって用途に特質をもち,したがつて価値も相違する。数量的にみて伐採量の多いのは,スギ4割、マツ3割、残りの3割をヒノキ、ヒバ・ツガ・モミ.・ブナが占める。
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