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水をもとめて2億円
「太陽」昭和41年発行 42年新年号掲載記事 平沢正夫氏著
( 日本一金になる山)
富士綜合開発、という名の会社がある。資本金2億円。事務所は東京千駄ヶ谷の住宅街の真ン中。新聞の株式欄で探しても、1部、2部の上場株のなかには見あたらない。目下のところ、おもな業務として、川崎、立川、王子、原町田、甲府でフルーツ・パーラを経営している。一見,チャチな会杜である。だが,会長・江崎利一氏, (江崎グリコ杜長),社長・江戸英雄氏,(三井不動産杜長),取締役・松下幸之助氏(松下電器会長)ときけば,見なおさずにはいられない。
ソウ'ソウたる財界人が、イたかの知れた喫茶店稼業にクツワをならべてのりだしてくるはずがない。事実,フルーツ・パ一ラーは,身すぎ世すぎのなりわいで,本業は,もっとべつのところにある。
富士山登山口の一つ,富士宮登山道の一合目付近で左に折れ、2キロばかりの地点に、タテヨコ6尺(約1.8メートル)の穴の入口があいている。穴の深さは2017メートル。山頂の方向,つまり北東にむかい,300分の1の上り勾配で掘られている。この穴ほりが,富士綜合開発の本業なのだ。入口から約1500メートルの地点で,左右に支線が出ている。その長さが700メートル。支線トンネルのなかでは,垂直のたて穴がいくつか掘ってある。ボーリングをしたのだ。穴ほりの目的は,地下水の採取だったのである。
これまでに要した経費がザット2億円。昭和33年の秋から定かけ4年をついやした。36年以後,作業は中止になっている。
「いっしょうけんめい掘ったんだろうが,水がチョロチョ口としか出ない。なにぶん、夢のようなことだからな。もう,やめたんだろうよ」
富士山に関心のある人なら,たいていは,この穴を知られているが,一種の絵そらごとだとおもっている。
「いやいや,まだやっているんですよ」
会社側は,キッパリと言いきる。
「いま,これまでに.掘ったところでわかったデータを整理し,検討している段階だ。掘るほうは一服状態だが,それはタイミングの問題でもある」
専務の中島孝夫氏らによれば,あとI億円と1年の歳月をみておけば,じゅうぶん成算があるとのことだ。
43年3月になれば,東名高速道路が関通,東京から富士山麓までわずか1時間でくることができる。吉原のインターチェンジから富士宮をへて,穴ほりの現場へゆくのも,途中までのパイパスの完成を考えると,グッと距離感が小さくなる。
富士綜合開発では,穴ほりの地点から数キロはなれた西白塚付近に330万平方メ丁トル(100万坪)の土地を買ってある。この土地の宅地造成と横穴からの地下水採取とを,東名高速道路の開通の時期ピッタリにもっていきたい,それが,タイミングの問題なのである。
「考えてもごらん。土地の造成には坪あたり2,000円かかる。100万坪で20億円だ。いまからあわてて銀行に金を借りたら,利子だけでもたいへんですよ」
東名が開通すれば,地価があがるのは必至だ。広大な土地の利用法として,たとえば,各都道府県に1万6,500平方メートル(5,000坪)ずつ,売ったり貸したりして,そこにそれぞれの地方の由緒ある建造物を移し,日本のローカルな伝統を一目でみられるようなセンターをつくりたい----。
中島氏の語調には,しぜんと力がこもってくる。
「水の聞題ですか。古富士の泥流状堆積物といまの富士の溶岩や火山礫との間を流れる地下水をとろうとして穴を掘る。そのネライはよくわかるけれど,高さ1,000メートルのところで掘ったのでは,受水面積が小さいから,はたして大量の水がでるだろうか」
村井勇氏(東大地震研究所助教授)のように,首をかしげる専門家もいる。とまれ,会社が江戸氏を社長にすえたのは,昨年(41年)の11月から。このスタッフの強化は“本業"への,カムバックを期してのことにちがいない。
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