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的確に日本森林状況を伝える本 わが国林業のゆくえ〔(「新国有林論 森林環境問題を問う」黒木三郎氏・野口俊邦氏他著)〕
《外材輸入》
日本が世界的規模での森林破壊、なかんずく、東南アジアのそれに大きな責任を負っていることは以上みてきたことから明らかであるが、それでは、こうした外国での略奪的木材採取および輸入とのかかわりで、国内森林・林業はどのような状況におかれているのであろうか。
わが国が外材輸入に大きく遣を開くのは、日本経済が日米安保条約と「国際分業論」を錦の御旗に開放体制に突入する一九六〇年代以降のことである。
それ以前は、戦後復興資材としての木材を国内森林から調達し、他方で、戦時強制伐採下で広大に伐採跡地として放置されていた森林の緑化、薪炭林から人工造林地への積極的転換=拡大造林の推進がはかられ、日本林業ならびに森林の明るい展望が切り拓かれるかのごとき時代を迎えていた。木材自給率も九割近くを保持していたのである。
しかし、六〇年代以降の状況は一変した。外材の大量輸入と国内林業の縮小再生産=「構造改善」である。(図略)が、六〇年代以降今日までの日本林業の推移を端的に示している。
《国産材》
すなわち、高度成長下の増大する木材需要はもっぱら外材によってまかなわれ、国産材(用材)供給量は、一九六七年の五三〇〇万立方メートルをピークに、以降は減少の一途をたどっていった。この結果、用材自給率は六九年に五割を切り、九〇年には二六・四%にまで低下した。
人工造林も六一年の四二万ヘクタールをピーク(最大のピークは五四年の四三万ヘクタール)に、以後減少しつづけ、九〇年には六万六〇〇〇ヘクタールにまで落ちこんだ。
《木材輸入》
増大する木材輸入の担い手となったのは、高度成長期に「ラーメンからミサイル」までを取り扱うまでに成長した総合商社である。木材輸入量がピークにたっした一九七三年の実績でみれば、安宅産業、日商岩井、丸紅、三井物産、三菱商事、住友商事など十大商社の総木材輸入量に占める割合は六六・四%、南洋材だけをとっても六五・六%と圧倒的なシェアを占めた。
総合商社が短期間に外材輸入を独占し、国産材時代を終焉に導いたのは、港湾整備緊急措置法、港湾整備促進法の制定と、一九六一年からの第一次港湾整備五カ年計画などによって、防波堤、航路、泊地、停留ブイ、水面整一理場の拡充、工業(木工)団地の造成等を大規模な国家投資によって実現する一方、「商社金融」によって木材流通機構を国産材中心から外材中心へと従属・再編しえたからである。(詳しくは、村嶌由直『木材産業の経済学』、日本林業調査全、一九八七年、参照)。
《外材体制の構築に呼応》
また、一九六四年に成立した林業基本法は、日本林業の総生産の増大と生産性の向上を二大目標とし、そのために国内林業の「構造改善」を推進することを政策課題としたが、実態的にみれば、総生産の増大は外材輸入に置換され、「安い外材」に見合ったかたちでの国内林業の「構造改善」、すなわち、中小零細の林家、素材生産業者などの切り捨てと森林組合を中心とした中核的林業事業体の育成とそこへの施業の集中、「合理化」がめざされ、外材体制の構築に呼応していったのである。
《生態系破壊・森林破壊》
これらの結果、民有林における零細農林家造林の後退、保育・問伐の遅れに基因する森林の劣弱化、松くい虫、すぎたまばえなど、森林病害虫被害の増大、国有林における大面積皆伐とスギ、ヒノキなどの単純一斉人工造林による生態系破壊・森林破壊が広汎に顕在化した。
《乱開発、森林破壊》
さらに、一九六九年の新全総、七二年の日本列島改造計画は、「過剰」資本を農山村の観光開発、土地投機等に向かわせ、農林業的利用が不採算化し後退しつつあった林野、なかんずく共有林野(部落有林野、財産区有林野など)は不動産、観光資本などに囲い込まれ、乱開発、森林破壊の犠牲となっていった。
この農民的、地元的利用から資本の手に移った林野面積は、六〇年代後半から七〇年代初頭までに全国で約一五〇万ヘクタール(全四国に匹敵)にもおよんだのである一橋本玲子「山村進出資本の動向」林業構造研究全編『日本経済と林業.山村問題』東京大学出版会、一九七八年、所収参照)。
当然のことながら、国有林を中心とする大面積皆伐や観光資本などによる大規模林野開発に対しては、自然保護団体をはじめ国民諸階層から広範な批判、反対運動がわきおこり、林野行政の転換が強く求められた。
《森林の乱開発》
七〇年代前半は、高度成長から低成長への日本経済の転換期でもあり、木材需要の急減(一九七三年一億一九〇〇万立方メートルから七五年には九八OO万立方メートルヘ一八%減)、開発投資の減退も重なって、こうした森林の乱開発はいちおう終息することになったのである。
しかし、低成長期、なかんずく一九八○年代に入ると、あらたな森林の劣弱化、破壊がいちだんと加速され、大規模化してきている。
それは、
第一に、国家財政の赤字をタテにした農林業予算の縮減、外国農林産物依存体制のいっそうの強化、さらには地域における教育、医療、福祉あるいは文化の切り崩しのなかで、農山村の過疎化はいちだんとすすみ(人口の社会減から自然減への移行にともなう「第二の過疎化」)、森林の守り手の不在化と手入れ不足が顕著になっていること、
第二に、一九八五年のG5(先進五カ国蔵相・中央銀行総裁会議)による円高・ドル安への誘導、八六年四月の「前川レポート」にそった経済構造調整政策と内需拡大、民間活力の活用、そして、八七年の四全総と総合保養地域整備法(リゾート法)の策定、成立にともなう国策としてのリゾート開発などが強行され、林野が格好の開発対象とされていること、
第三に、林野行政もこれに呼応しつつ、「天然林施業」と称する手抜き施業の推進、保安林制度の骨抜き(九〇年五月「森林の保健機能の増進に関する特別措置法」の施行)、国有林における林野の切り売り、ヒューマン・グリーン・プラン(森林空問総合利用事業)によるリゾート開発への奉仕などが推進されていること、に起因するものである。
これらの結果、日本林業の現状は、以下のような局面にたたされている。
(1)
戦後、鴬々と造林されてきた人工林約一〇〇〇万ヘクタールは、今日多くが間伐期を迎えている。緊急に間伐されなければ健全な森林の育成が困難とされる人工林面積は、年間四〇〜五〇万ヘクタールにたっする。しかし、実際間伐されたのは三〇万ヘクタール前後(九〇年は二八万ヘクタール)で、間伐された木材の四七%は未利用のまま林内に放置されている。手入れ不足と資源の無駄使いとが同時的に進行しているのである。
(2)
林業の担い手に関しては、林業就業者数の減少、老齢化、後継者不足がいちじるしい。林業就業者数は、この一〇年間で八万人減少してわずかに一一万人にすぎず、うち五〇歳以上が七万人(六四%)で三五歳未満は皆無である。林家についても、九〇年時点で林産物の販売があった一ヘクタール以上山林所有の林家はわずかに四〜五%で、一戸平均の自己山林への労働投下量(五〜五〇〇ヘクタール所有林家)は八一〜九〇年に五三・一人日から三一・八人日に四〇%も減少している。
(3)
国有林にあっても、経営悪化が進行し、累積債務は一九七八年〜九一年度の間に二二〇〇億円から二兆四〇〇〇億円に膨れあがり、自己収入に占める林産物収入の割合は同期間に八八%から六三%に低下している。
雇用人員も七八年度の六万五〇〇〇人から九二年度の二万八000人へ、さらに九三年度末には二万人へ削減する計画が強行されている。
(4)
他方で、リゾート法にもとづく大規模開発二地域(六万ヘクタール以上)の基本構想が承認された地域だけでも全国二〇道府県、総面積四五〇万ヘクタール、これに認可をまっている基礎調査提出済み地域までふくめると六三〇万ヘクタールにもたっし、その多くを林野が占めている。農林業の不採算化と将来展望の喪失のなかで、林野の農民的農林業的利用から「民活」(大資本)による環境破壊的リゾート開発への転換が進行しているのである。
このように、日本林業の衰退と森林破壊が進むなか、わが国林政は、旧未の政策転換をはかリ林業振興をはかる方向にではなく、ますます旧来路線に固執し、むしろその再編強化を急いでいる。
九〇年代林政を決定的に方向づけしている林政審答申(一九九〇年一二月)と、その具体化である森林法改正(九一年四月)および国有林野事業改善特別措置法の改正(九一年七月)などにその特徴をみることができる。
森林法改正の最大の目玉は、「流域管理システム」をめざした森林計画制度の改正である。すなわち、旧来の国有林・民有林別々の森林計画樹立を、流域を単位として官・民一体となった計画樹立へと転換させている点である。ここでのねらいは明らかであって、国有林野事業の直営直用路線に幕を引き、民間林業事業体(森林組合等)に安上リに下請けさせるとともに、財政「赤字」のツケを民有林予算にまで負わせようとする「官民一体」でしかないということである。
以上のように、六〇年代からはじまったわが国の外材依存体制は、熱帯雨林をはじめ海外の森林資源を食い潰す一方で、国内林業をも衰退へと導き、森林資源の破壊を強めてきている。したがって、地球的な環境問題に貢献する意味からも、国内林業の振興と健全な森林の育成は、緊急な国民的課題だといわなければならない。
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