サブやんの気まぐれ調査研究

日本の里山は崩壊します。守るのは私たちです。行政主導の時代は終わり新たな取り組みが求められています。

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白州町人物史 中山恒明氏千葉医大教授(昭和二十二年) 医学博士 医療法人中山会湯河原胃腸病院理事長
 
明治四十三年九月二十五日、白州町松原出身、父中山進(医学博士)と、母「希以」の長男として生れる。
《学歴》
旧制新潟高校卒(昭和五年三月)
千葉医科歯科大学卒(昭和九年三月)
医学博士を授与される(昭和十三年三月)
千葉医大第二外科助手(昭和十一年十月)
千葉医大教授(昭和二十二年)
財団法人中山癌研究所(昭和四十年一月)
同年、東京女子医大客員教授となり同大学消化壁病センター、早期癌センター所長も兼ねる。
昭和四十四年三月、医療法人中山会湯河原胃腸病院理事長に就任、現在に至る。
《公職》
医師国家試験審議会委員(昭和二十九年二月)
大学院設置審議会臨時委員(昭和三十年一月)
日本学術会議第七部長(昭和三十八年一月)
食道疾患研究会名誉会長(昭和六十年一月)
日本外科学会名誉会長(同年四月)
この間、
昭和五十三年三月、国家協力事業団消化器・外科専門家として中南米に派遣される。
《受賞・叙勲》
昭和三十八年三月、腹部外科最首同貢献賞(米国腹部外科学会)
昭和三十九年九月、世紀の外科医賞(国際外科学会)
昭和四十一年十二月、ベルツ賞(消化器癌治療に尽した功績、西独べーリンガーゾーソ財団)
昭和四十二年六月、最高医学器械発明賞(細小血管吻合器の開発、スイスジュネーブ大学)
昭和五十八年十月、ギソベルナート賞(スペイソ外科学会)
昭和五十七年十一月三日、勲一等瑞宝賞
 
現住所東京都千代田区平河町二丁目一一一番地、十八号ノ七〇四
なお生家は現在生井勝男氏の居宅となっており、その宅前に叔父芳定氏(医師・米国で客死)の石碑が建てられている。

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