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蓄積される放射能
(『地球環境が危ない』増田善信氏著 発行者 山本功氏 新日本出版社発行1990:4:20)
水爆実験場の近くの現地住民は、この時およびこれ以後の実験で大きな被害を受けたが、この水爆実験によって放出されたJ児の灰〃が、放射能の雨となって全世界を汚染した。しかし当初はまったく放射能の観測体制がとられていなかったので、正確な値は得られていない。四月に入り、各地の大学や研究機関で雨や空気中のチリの放射能の測定が実施されるようになった。五月になって、南からの気流が入るようになり、各地で高濃度の放射能雨が観測されるようになった。すなわち、五月十四日に鹿児島に降った雨からIリットル当たり毎分4000カウントの放射能が検出され、ついで五月十六日には京都でIリットル当たり8万6000カウントの記録的な放射能雨が観測された。それ以後主として日本の太平洋岸に強い放射能雨が降り注いだ。図41(略)は広島、京都、東京で観測された放射能雨の強さとその減衰曲線を示したものである。これらの放射能の強さは、チェルノブイリの際に日本で観測された放射能雨に比べて格段に強いので、ビキニ水爆実験の当初の放射能は、日本付近でもかなり強いものであったと推定される。
1954年9月、アメリカにつづいてソ連が核実験を開始し、世界中が放射能雨に悩まされるようになった。1963年に部分的核実験停止条約が締結され、大気圏内の核実験が停止され、放射能雨そのものは少なくなったが、1968年に中国が核実験を開始してから、ふたたび増加した。しかし、最近は大気圏内の核実験がやられていないので、チェルノブイリ事故の時は別として、それほど強い放射能雨は降っていない。
しかし、放射能雨が減ったからといって、安心だとはいえないのである。それは半減期の長い、しかも有害な放射性物質、たとえばストロンチウム90とか、プルトニウム239が、年々地球上に蓄積されているからである。図42(略)は気象研究所と秋田のストロンチウム90の年々の降下量と蓄積量を示したものである。この図から個々の年の降下量が核実験の開始や中止にあわせて変動していることがわかるが、もっとも問題なのは積算降下量、すなわち蓄積量の線である。
たとえ大気圏内の核実験が停止されても、成層圏まで高く吹き上げられた放射能を含んだ細かいチリはゆっくりと降下し、地上に蓄積される。現在でもわずかであるが降下しているのである。地上に蓄積されたストロンチウムやプルトニウムは、野菜や穀物などに吸収され、食物を通して人体に蓄積される。先にも述べたように、チェルノブイリ事放による放射能汚染はきわめて深刻で、事故直後の蓄積量は1963年に匹敵するものであったが、それでも現在までの核実験による蓄積量のせいぜい48%に過ぎないのである。この意味では今までの核実験によって、陸も海も、そして空まで、まさに地球全体が放射能に汚染されていると言っていいであろう。
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