|
石炭・石油は太陽エネルギーの「缶詰」
(瀬尾健氏著『地球・環境読本』別冊宝島101 1989年)(数字変換)
西洋式の考え方に立てば、我々人類は数千年の歴史を通じて知識を積み上げ、技術を改良して、着実に豊かで便利で健康的な生活を築き上げてきたことになっている。エネルギー資源も、昔のごく限られたもの、例えば人力、畜力、風力、水力、そして燃料としての木などの手近で幼稚なものから、石炭、石油、原子力と、優れたものに移り変わってきており、将来は核融合という無限のエネルギー源が約束されていると信じて疑わない。実際、中学や高校ではこうした考え方に基づく教育を一貫して続けており、なおかつ身の回りの表面的な豊かさに囲まれて育てば、ほとんどの人がこのような考え方に支配されても不思議ではない。
しかし、これとはまったく逆転した見方が、実は成り立つのだ。この見方に立って人類史を振り返ってみるとき、我々が今どういう地点に位置し、現在行なっているエネルギーの大量消費がどういうことなのかが、はっきりみえてくる。
人間は生きていくためのエネルギーとして、毎日2000キロカロリー余りが必要だと言われている。これを換算すると、約100ワットのエネルギーに相当する。この100ワットのエネルギー源として、我々は食物を摂取していることになるわけである。
食物は当然、太陽エネルギーのたまものである。そしてこの100ワットのエネルギーを元にして、新たな食料獲得のための労働をし、子孫を残す。かつてはすべての動物がそうであった。
しかし、人間は火の利用を覚え、農業・牧畜の技術を発見し、牛や馬の畜力利用を間発した。この段階で人間一人が消費するエネルギー量は二倍くらいに増えたが、利用するエネルギー資源の範囲は本質的に太陽エネルギー、それも「同時代」の太陽エネルギーであった。
太陽エネルギーは、まず、植物によって取り込まれる。そして植物の一部が栄養源として動物に取り込まれ、人間の食料となるとともに、畜力として利用される。この種の太陽エネルギーは過去数年から数十年間に地球に降り注いだもので、これを「同時代」の太陽エネルギーと呼ぶことにしよう。
これに対し、石炭や石油は、数千万年から数億年前の太陽エネルギーが生物に取り込まれてできたもので、いわば太陽エネルギーの「缶詰」とも言うべきものだ。森林は数千年から数万年程度蓄積された太陽エネルギーで、「同時代」と「缶詰」の中間に位置する。農業や牧畜から得られる食料は「同時代」、畜力も「同時代」、風力や水力は、大気や海の水に吸収された「同時代」の太陽エネルギーである。
「同時代」の太陽エネルギーは絶えず補給されているから、これだけを利用している限り、今我々が直面していると言われているような「エネルギー危機」は起こらない。もちろん凶作や不漁などによって深刻な食糧危機に見舞われることはあるが、これは利用できる太陽エネルギーの変動によるものであって、エネルギー資源そのものが底をつくことからくる「エネルギー危機」とは本質的に異なる。
|
全体表示
[ リスト ]





