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百年前の代替エネルギー論争
(瀬尾健氏著『地球・環境読本』別冊宝島101 1989年)(数字変換)
昔の人々は、ほぼ「同時代」の太陽エネルギーだけを利用していた。近代文明発祥の地となったヨーロッパでもそうであった。
四世紀頃までのヨーロッパは、今では想像もつかないほどびっしりと森林で被われていた。ところが、建築用材の需要による大規模な森林伐採と農地拡大によって、17世紀までにはこの広大な森林はほとんど姿を消してしまったという。人々は暖房用燃料の不足に悩み、新興産業のエネルギー源の絶対的不足をきたし、ここに人類最初の「エネルギー危機」に直面することになった。あれほど広大な森林も、無計画な乱伐の前にはひとたまりもなかったのである。
この「エネルギー危機」を切り抜けるために、人々は石炭に手をつけた。石炭が燃料に使えることはもっと古くから知られていたが、人々はいろいろな意味で本よりも劣る石炭を顧みなかったのである。石炭は汚いし、燃えにくく、燃やすど臭い。そのうえ何より問題なのは、石炭は本のように簡単に取ってくるわけにはいかず、多くの場合、地中深く掘らなければならなかった。地中深くから石炭を掘り出すには大変な労力を要したし、大がかりな換気と、湧き出てぐる大量の水を汲み出す必要も生じた。これらの難問を解決するために蒸気機関が発明され、産業革命の口火が切られることになる。だがその後、石炭が動力機関の エネルギー資源として大量に使われるようになると、資源の枯渇が早くも問題となった。今から百年以上も前に、石炭代替エネルギーが議論されていたのである。
石油についても古くから燃える水として知られ、ランプなどの照明用として使われていた。しかし、石油の採掘は石炭と比べて、さらに高度の技術を要する。したがってその動カエネルギー源としての本格的な利用は、石炭より百年以上遅れることになった。
だが、石油の探鉱技術と利用技術が向上するにつれ、輸送が便利で用途の広い石油は、エネルギー資源の王座にのし上がってきた。そして現在、生活の隅から隅まで石油に支配される、まさに石油漬けの便利な生活を我々は送っているのである。それと同時に、石油資源の枯渇が問題となり、「エネルギー危機」が叫ばれ、代替エネルギーが議論され、たまたま発見された原子力が、約束された未来のエネルギーであるかのように祭り上げられるにいたったのである。
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