
私がこの松の異変を予測したのは、湯水のような補助事業対象にこの松周辺が騒がしくなった時であった。針葉樹でも特に老木の松などはその周囲を開発したりすると、広葉樹とちがって少なからず悪影響が出る。また北杜市内は有数の赤松の産地であり、北杜市の樹木も赤松とされている。全国でも有数な産地でもある。最近は数十年の低迷から脱却した感もある赤松がベニヤ用材などに、伐採され毎日県外に搬送されている。山主も負担から収穫への様変わりに好意的に捉え、数年後には丸裸な異様な山容をした里山ができる。森林を消失している明野町など航空写真でみれば一見砂漠地のようにも見える。
この舞鶴の松は全国的な名松で過去にも記事にしたことがる。この松枯れは自然と人災が加味して枯れたもので、使い捨て観光の犠牲者でもある。
周囲の赤松林を切り開き無用の作庭などは松の保存にはまったく必要としない。私は行政から相談があった折に大反対した。「そっと眺めればよい」「駐車場ははるか遠くに」との要望も出した。でも開発されてしまった。
以後私は一ヶ月に一回は訪れて参拝した。最初の異変は平成18年の夏に一葉が赤く変色していたのを確認。これは南側が切り開かれ、しかも下の河川地域の虫害が進み、マツノマダラカミキリの飛散着床が安易になっていたからである。
山梨県は赤松虫害材対策は放棄された。その量は拡大の一途をたどり。無造作の皆伐採が周囲への赤松林にマツノザイセンチュウの飛散拡大を促進している。現在こうした一部虫害材も圏外に搬出されていて、山梨県から持ち出された虫害材から媒体のマツノマダラカミキリや主犯のマツノザイセンチュウが運び出されている。
一葉をカミキリに齧られた松は徐々に全体に拡散していった。この間行政のカンフル剤を投入したりその対策を展開していたが、それは末期症状でのことで、最初に対策を講じていればもう少し長生きできたかも知れない。たちまち変色していく赤松を眺めて幾度となく落胆した。
線香も上げた神頼みもした。しかし枯れてしまって、切断されてしまった。命あるのもには必ず死ぬ。しかし今回のように利用するだけするような観光行政に一抹の不安を感じる。あるものに名前をつけて観光名所に仕立て上げても、その末路を予測できないようでは今後も多くの木が犠牲になるような気がしてならない。
「南無妙法蓮華経」
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