サブやんの気まぐれ調査研究

日本の里山は崩壊します。守るのは私たちです。行政主導の時代は終わり新たな取り組みが求められています。

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簡単な木の歴史

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 <日本人は木とともに生きてきた>
簡単な木の歴史

 木の歴史をたどるために二つの方法がある。それは日本各地で発掘された遺跡や遺物と文献資料である。まずは日本を代表する『古事記』および『日本書紀』の中に書かれている樹種は53種もあって、27科40属把も及んでいるという(大野俊一氏「日本林学会誌」)
今日いわゆる有用樹種といわれているヒノキ(桧)、マツ(松)、スギ(杉)、クスノキ(楠・樟)などを始め、10数種類がそのなかに把含まれている。
他にも中国の文献に、日本に来たか聞いたかは定かではないが『魏志倭人伝』の中にも日本に生息する木の種類が見える。

『魏志倭人伝』(弥生時代後期・3世紀)
記された日本の木
照葉樹―タブ・クス(楠)・カシ(樫)
針葉樹―カヤ(栢)
疎開地―コナラ(小楢)・クヌギ(橡・椚)・カエデ(楓)
低木―カカツガユ(?)・クサボケ(草木瓜?)・サンショウ(山椒)・ササ(笹)
その他―タチバナ(橘)・シュロー(棕櫚)

『日本書紀』にみる木の説話
『日本書紀』神代の巻、スサノオノミコト
からくに(韓郷)しま(島)にはこがねしろがね(黄金白金)あり、(中略)髪髭を抜きて散(あか)つ。即ち、スギ(杉)となる。また、胸の毛を抜き散つ。これヒノキ(檜・桧)になる、尻(しり・かくれ)の毛は、これはマキ(槙)の木になる。眉の毛は、これはクスノキ(樟)になる。
すでに、してその用いるべきものを定める。(中略)「杉及び樟、この両の樹は、もって浮宝(舟)とすべし。桧は、瑞宮(みずのみや)・宮殿)をつくる材にすべし。槙は(中略)棺にすべし。
神が人民のためにスギとヒノキとマキとクスノキを生んで、ヒノキは宮殿に、スギとクスは舟に、マキは棺に使えと、それぞれの用途を教えたというのである。
これはある時代まで立証できることで、多くの発掘遺物の中に木棺などがあり、その木の種類が槙であったとの報告もある。古墳時代には鎧(よろい)や冑(かぶと)でさえ木を用いていたのである。
桧を宮殿の用材にした後の世でも生き続けていて、神社仏閣(伊勢神宮など)をはじめ総桧造りの家屋に憬れる人は多い。こうした木の用途は住む地域や付近に生息する木の種類によっても大きく左右する。神話の世界ではあっても当時、クスの舟が水上の交通に重要な役割を果たしたことは、大阪周辺地域から発掘された古墳時代の舟の材質の中の多くはクスノキであるという。
次は一頃日本列島に植え続けられた杉だが、垂仁天皇の御代に杉の舟が作られたという記録がある。
弥生時代の遺物については、山梨県の登呂遺跡が有名で、湿地地帯から数多くのものが出土して、木の歴史解明に大いに役立ったものである。田舟、田下駄もスギ材であった。(別記)
縄文時代前期の福井県三方町の鳥浜貝塚から出土した丸木舟は全長約六メートル、幅八十センチメートルという大きなものである。山梨県の富士五湖のうち山中湖や本栖湖の固定からも発見され、一時は陳列されていたが、いつの間にか見えなくなった。(こうした多くの資料は、ホームページでも公開されているので参考にしてほしい)
近畿地方刀前方後円墳から出土する木棺は、ほとんど例外なくマキ(槙)で作られていたことが、学者の研究によって明らかにされている。
先にも少し述べたが、加工しやすい木材の用途は他方面にわたり、一部では偽書扱いされている『古事記』『目本書紀』の記録は、考古学的な調査によって裏付けされている箇所が多く見られる。武器・道具は、ほぼ一定の樹種によって作られていて、唐古遺跡(弓はイチイガシ(櫟樫)、農具はアカガシ(赤樫)、櫛はツゲ(柘植)で作られていた。現在でも「お六櫛」として木曾上松には工場もあり生産されている。山梨県と違い長野県では漆技術や木地師の継承もあり、数は減ってきているが、頑張って欲しい。
当時から戦争のための武器は木製品が多く遺跡の出土品から、
弓―カシ、トネリコ、ヤチダモ、サカキ、クワ
石斧―ユズリハで、サカキ、ヅバキ、シイノキ、ヤチダモ、トネリ
食椀類―トチノキ、ケヤキ
これらは現在まで継承されている。
住居の土台にクリが使われていた例としては、多くの発掘事例が報告されているが、私が驚いたのは青森県の三内丸山遺跡の見学に出かけた折に見た、巨大建造物骨格柱に使われていた栗の木の存在である。もしこの時代に栗は腐りにくいという知識があったとすれば驚きである。この栗神話にも近い考えは、私たち周辺の日本家屋建築知識としていき続けている。里山には栗を植え、桧を植え、杉を植えて家屋建築の用材として用いた。最近ではこうしたことはすくなくなった。特に山梨県のように何でも取り入れる県民性では、県の住宅関係でも外材を多用している。岐阜県のある地域を通過した折に集落の中に洋風の建物など一軒もなく、その風土にマッチした風情はなんともいえない安らぎを覚えた。
 時代はずっと新しくなるが、甲府の江戸時代の水道には多くの赤松材が用いられていて、赤松が水に強く地下にも強い赤松の特徴が生かされていた。
桧によく似ている木にサワラがある。一種独特の香りがある。風呂桶はほとんどこの木で作られていた。関西ではコウヤマキをもって最高の風呂桶材としていた。私の近くの山林にもサワラ林がある。大木で山梨県でも珍しい存在で、いつかこの木で風呂桶をつくって見たいと考えている。

日本列島を襲った外材の嵐は、こうした歴史豊かな日本の残すべき伝統知識と技まで失ってしまった。すっかりとはいわない現在の樹木や木材特質の知識は一般人が共有する財産であった。

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木は百年でどのくらいのびるんですか??

2010/7/14(水) 午後 5:42 [ moha ]


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