
最近、北杜市白州町の日向山林道の添山の調査に出かけた。それは昨年の某地域の事もあり、心配になり出かけた。日向山をはじめ近隣の多くの山は、花崗岩が多く、多くのざれ地を抱えている。
花崗岩の上の腐葉土を親地として育っている樹木は、何かの拍子で大きな土砂崩れの要因となる。植林された唐松や桧の根張りを浅く、直根を持たない樹木は簡単に倒壊する。
これが平地ならともかく傾斜の激しい産地への植林は、今後の大きな憂いともなる。
現在植林してから、需要低迷期を経て、その間はまったく放置されている地域もある。手入れ作業のない地域は肝心の林道も不通となり、悪しき姿を見せている。
植林した当時より、唐松は生長して大きく高く育っている。
元来、唐松は建築用材より安価な土木用材として用いられていたが、先進地長野県や企業努力により「集成材」を開発して、大型建築の用材として活性している。
ではなぜ売りにくい使いにくい唐松を多く植林したのであろうか。不思議なことに、地域や土壌調査などを経ずに、単なる植林作業重視の結果である。本来なら植林した時点でその販売までも視野に入っているはずである。
しかし唐松を植林した当時は、日本は外材に頼り、その市場は一部を除いて不況の中だった。
とにかく植える。何でも植える。それが将来運び出されないことも懸念しながら。
唐松の悲劇は、天皇陛下を迎えて、実施された植樹祭会場のミズガキ山の唐松林に起きている。 一見なんでもないのに、唐松が途中で挫けて、無残な姿を晒している。
民有林にもこうした現象は起きている。
日当山の上り口を過ぎて、さらに上方の頂上付近まで、唐松が靡いている。日当山には唐松が適地なのであろうか。
今すぐどうこうなる問題ではないのかも知れない。しかし後世にそこに住む人に不安な災害予兆を思わせる事象は、取り去ることも行政の仕事ではないのか。
国の施策にしたがって、郷土を崩壊するようなことはあってはならない。白州町や武川町は水害の地でもある。私たちの住む上流地域で起こっている異変に今後も注意していく必要である。
現在山梨県や北杜市内の皆伐採それに切捨て間伐は、どれも災害要因と重なるものである。出口のない林業体勢を整えないで、安易な林政を繰り返していては、明治大災害を勉強できずに、国の愚策に振り回されているような気がする。
他見では林業や地域保全に新たな取り組みが進んでいる。間伐材の活用をはじめ、さまざまな方面でそれが見られる。
山梨県も県土の80%が森林である。この森林の扱いが今後の山梨の方向を決めるといって過言ではあるまい。
私は育った唐松は早く伐採活用し、跡地は災害に強い樹木を植えて欲しい。
そのあたりは私のような素人ではなく専門化の分野である。期待したい。
<関連資料>
●http://blogs.yahoo.co.jp/denntukujp/3344079.html
|