サブやんの気まぐれ調査研究

日本の里山は崩壊します。守るのは私たちです。行政主導の時代は終わり新たな取り組みが求められています。

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山梨県森林講座 どうなる日本の林業 皮剥ぎ乾燥と木材
 最近「皮むき間伐」なる言葉が歩き出している。長い歴史の中で、伐り出した木材の乾燥度合いはそのまま建築材として生命と保持に深く関与していて、先人たちは様々な方法を編み出した。その多くは自然空間と自然との共生の中に産まれ編み出されたものが多い。特に水揚げが旺盛な時期には皮むきも容易であるが、この時期のこうした皮剥き行為は樹木に致命的なダメージを与えることはその道の人なら周知の事実である。
 樹木丸ごと資源とした昭和20年代までは、樹木の皮は様々な分野で活用、工芸から屋根材などの建築用材としても貴重であった。表皮に90cmおきに切り傷をつけてクルリと剥いて乾燥し、そのご屋根材に使用した。現在でもまだ販売されている。
 最近法人などが皮むき間伐の普及に努めているようだが、この場合に皮を生かすか、中身の木を生かすかでその方法の是非が問われる。またその時期についても多年の実績や木材環境調査が求められる。単に軽くなっただけでは収まらない。今後の研究に期待したい。
 また「杉皮利用」については
熊野季節物語り・杉の立ち皮剥
 にその詳細が載っている。また周囲のサイトには杉皮についての詳細の記事もある。
 今回は私の経験から皮剥ぎ乾燥について論及してみたい。樹木の皮は、樹木活動が活発な6〜8月ことがもっとも剥がれやすい。面白いくらい剥ける。しかしこの時期に表皮を剥がした樹木は変色や細かい割れ、それに樹液欠乏木材となる可能性が高い、特に日射が多く急激に乾燥を行うと、それだけ樹木にダメージを与えることになる。これは建築資材としても致命的な欠陥ともなる。特に間伐材は水を運ぶ導管が樹木の内部の大半を占めていて樹脂が十分に形成されていない。梅露時期には木の内部はほとんど水といっても過言ではない。その時期に突然皮剥ぎを行うと内部組織の破壊も考えられる。
 私のところへも「丸太小屋」建築で相談に来る人が多く居るが、その大半は「最良の木材確保」ではなく「容易い木材確保」で、したがって良質木材利用の観点からは考慮すべき「皮剥ぎ間伐」方式が用いられる。「面白いように剥けました」との報告、私はそれ以上の指導はしなかった。
 現在の日本人の木材知識や作業は、先人の文献や研究より、行政の浅い知識や補助金交付施策によることが多い。中にはまことに浅い知識が闊歩する。熊が人家のそばに来るのを防止するために柿の実を落とすこと。柿の木は先端は折れやすく大木の上部の実を道具で落とすことは至難の業である。思い切って不要となった柿木など切り倒してしまったほうが良いのではないか。あるときは新月伐採などが闊歩して日本全国補助金による建造物が林立した。これなども複雑な樹木環境や構造を単一知識に纏め、さらに昔からある日本人の知識も棄て、これさえも外国知識の移入をはかった。その後については余り報道されない。私たち製材も良質木材生産に関わるので、重労働をさけるために、運搬面からも木の乾燥状況は作業効率にも大きく作用する。
良質木材の活用については私が述べるまでも無く縄文時代否それ以前から人間の生活に密着共存してきたなかで様々な活用利用がなされてきた。しかしそれは自然摂理に適うもので、それを無視したものは淘汰される。
 人々の生産生活にもっとも密着する農作物などはその塩の満ち引きに左右され、その植える時期こそ新月など自然環境を巧みに取り入れる技術がある。現在のように促成栽培やハウス栽培はともかく。この植える時期が新月間でないと伐採時期が新月期では説得力にかける。また最近の施業で、斜面下方への伐採方法は枝付け根付近に割れが生じることもあり、これは製材して建築用材として用いられてから数年経ってから現れたこともある。
 こうした安易な木材知識は低迷する林業界では直ぐに脚光を浴びる。しかし日本には各地に独特の技術や知識があり、筏流しなどの運搬方法もその実は水面や激流に揉まれる中で、樹木内部の材質適正や加工されるときの作業効率にも大きく作用する。
 何でもそうであるが短絡的な取り組みからは良策は生まれにくい。さらなる研究地と資料の積み重ねが求められる。後悔することが私たちにもよくある。また大切なことは過去の歴史や先人の取り組みをしっかり勉強してから望むことが大切で、メリットを強調するあまりに、デメリットを被服してしまう傾向が多い昨今、取り組む人々の長期間の研究資料が認められるには100年後200年後のことである。最近の行政は安易な取り組みが続いている。大量の税金をつぎ込んで森林や山地を切り刻む行為はやめるべきである。行政には自然と山地保全からかけ離れた現実現場を造り続けてはならない。また森林を取り巻く人々も急速加速的な取り組みは慎むべきで、じっくり周囲を見て環境面にも留意して活動すべきであると私は考える。
 
全国一地下水揚水量と糸魚川構造線の直上の北杜市白州町
 
地下水の貴重資料の解説文献
 
地下水 (『地下水と地盤沈下』 東京教育大学助教授 理学博士 榧根(かやね)勇氏著)
(『青洲』第299号 2月号)一部加筆
 
最近わたしたちは「地下水資源の開発と保全」と題する四〇〇ページあまりの本を水利科学研究所から出版した。この本は、わたしを含む十一人の研究者が、千葉県市原市の地下水について、過去五年にわたって調査してきた結果を纏めたものであって、厳密な意味の学術専門書でもないし、一般向けの解説書でもない。
そのような中途半端な調査報告書を敢えて公表した理由は、わたしたちがこの調査を通じて、環境問題や資源問題の難かしさを痛感し、この本がこれらの問題を考えるための資料の一つになることができればと願ったからにほかならない。
房総半島の東京湾寄り一帯は、上総掘りという掘り抜き丼戸の技術の発祥地であることからも想像できるように、地下水の豊富な地域であった。五井、市原地区には、かつて一万本近い自噴井戸があり、清らかな水がこんこんと湧きだしていた。住民はこの水を家庭用や農業用に使っていた。
ところが束京湾沿岸の埋立造成地ヘエ場が進出し、地下水を工業用水として揚水し始めてから民家の井戸は次々と自噴を停止した。自噴停止に対する苦情はとくに昭和三十七、三十八年に集中して起こり、補償金交付の陳情が相次いだ。これに先立つ昭和三十五年に、関運企業十一社は千葉県と協議して、三十七年末に地盤沈下予防対策協議会を発足させ、以後この組織による自主調整によって、地下水揚水量を「適正揚水量」の限度内に抑えるよう努力してきたが、それにも拘わらず地下水位の低下がつづき、地盤沈下も徐々に進行した。
かつて地上二〜三メートルまで噴き出していた地下水の水位は、わたしたちが調査を始めた昭和四十三年には、場所によっては地表面下二〇メートルにまで低下していた。
地下水を揚水すると、地下水位が下がり、それが地盤沈下の原因になることはこの時点ですでに明らかになっていた。わが国では大阪、新潟、東京下町低地で世界有数の地盤沈下が生じており、東京の江東地区では沈下量が四メートル以上に達した地域すらある。
地中には砂層、礫層、粘土層などが重なり合って堆積しているが、これらの地層に含まれている水分の割合は、土粒子の粒径が小さい地層ほど大きい。粘土層中には、体積にして五〇パーセント以上もの水が含まれている。地下水の揚水は砂層や礫層中の水圧をポンプで低下させて行なうが、その時に、これらの帯水層の上下に接している粘土層中の水が強制的に絞り出される。砂層や礫層は、水を絞り出されても殆ど縮まないが、水分の多い粘土層はかなり縮む。そして一たん縮んでしまうと、水圧がもとに戻っても再膨脹はしない。地中の粘土層の収縮量の合計が、地表面では地盤沈下として表われる。
このような地盤沈下に関する基礎理論は、一九二五年にテルッアギによって発表され、一次圧密理論としてよく知られている。同じ頃にアメリカの地下水学者メンザーは、地下水位を低下させると地層が収縮することを、観測によって確かめている。 わが国では昭和十三年(一九三八年)に和達清夫博士が、大阪の例から、地盤沈下の原因が地下水位の低下であることを指摘しておられる。原因と結果の因果関係は、すでに明白であった。
しかし、地下水をどれだけ揚水するとどれだけの沈下が生じるかを予測することはできなかった。したがって、「因果関係が定量的に立証されない限り、ABの原因であると断定することは必ずしもできない」という理くつも成り立つわけで、地盤沈下の危険を伴ないながら、地下水は依然として揚水されていた。
このような情況の下で、「市原市の地下水の適正な利用のあり方について、科学的な判断を下してほしい」という依頼がわたし達にあったのである。五年後に書き上げたこの問題に対する一応の解答が、前述した本である。ここでその内容を詳しく述べることはできないので、わたし達がとくに頭を悩ませられた、「適正な利用」と「科学的判断」の二つについて、ここで少し考えてみたい。
さきに述べた一次圧密理論によると、帯水層の上下に粘土層が接している場合には、帯水層の水圧を低下させると、必ず圧密沈下が起きる。つまり、量の多少を問題にしなければ、地下水を揚水すれば、地盤は必ず沈下する。降雨によってすぐに涵養される浅層の地下水や、河川水などとつながっている地下水の場合を別にすれば、圧密理論から出てくるこの結論は、実験的にも立証されうるはずである。したがって、「適正な地下水揚水量」が、地盤沈下をまったく生じさせないような量を指すのならば、それはゼロにほぼ等しいと言わざるをえない。
地下水の適正揚水量は、普通は、水収支的意味で用いられている。地下水も循環しているから、揚水量が地下水の循環可能量の限度以内ならばそれは「適正」であるといえる。そこでわたし達は、そのような意味の適正揚水量を算出することが可能かどうかも検討してみた。
水の中には、ごく微量の、トリチウムという水素の放射性同位体が含まれている。地下水中のトリチウムの濃度を測定すると、地下水の循環系や、新しい地下水の涵養率がわかる。市原市の地下水にこの方法を適用した結果では、大部分の地下水は数十年以上の年齢をもつ古い地下水であり、深層の地下水は、人間の手が加わらない限り殆ど動かない水であることがわかった。
浅層の地下水ならばともかく、大規模な揚水の対象になっている深層地下水の天然状態における循環量はごく僅かであり、もしも、この循環量をもって適正揚水量と定義するならば、現在の場水量を大幅に減少させなければならないことが判明した。
わたしたちはまた、電子計算機によるシミュレーションによって、地下水利用の「最適な戦略」を求めてみた。外国の文献には、この方法を用いれば最適解を見出すことが可能と書かれていた。シミュレーションとは、自然界の挙動を電子計算機の中で、数値的に再現することで一種の試行実験である。
わたし達がつくったモデルは、かなりの程度に過去の地下水位の変化を再現してくれたが、残念なことに、計算機に入れるデータが完全ではなかった。それでも、シミュレーションの結果として「現在の揚水量を少なくとも半分以下に減少させない限り、地下水位の低下は今後もつづく」という答えを得ることができたが、「ここまでなら使ってもよい」という積極的な答を引き出すことはできなかった。
より正確なデータが入手できれば、より正確な答を得ることができるが、それらのデータを得るためには、臆大な経費と人力とを、現地調査のために投入しなければならない。また、地盤沈下の予測を電子計算機でやる場合でも、事情は同じであることがわかった。
自然界は多様で、複雑である。地層も地下水も場所によってすべて違う。たとえABとの因果関係が理論的に証明されていたとしても、現実の場所で両者の量的関係を明らかにすることは、きわめてむずかしい。技術が進歩し、人間の経済活動が活発になるにつれて、多くの場所で、また多くの問題について、人間の行為のあり方の科学的な解を求めることが必要になるであろうが、マジックナンバーのような「最適解」はたぶんどこにも存在しないであろう。
白然界には、物理的、化学的、生物的なさまざまな力が作用し合っている。それらの力の釣り合いの下で、自然界には動的な平衡状態ができ上っている。人間はこの自然界に対して、自分たちの都合だけを考えて働きかけ、そこから利益だけを引き出そうとしているわけだが、その結果として生じる白然の破壊にはあまり関心を払わなかった。しかし、開発と保全は表裏一体の関係にあるべきものである。技術を駆使することによって生活が豊かになったならば、それだけ自然界への借りが増したと考えるのが保全の思想である。環境問題や資源問題はそのような文脈の中で再考される必要があるのではないであろうか。
 

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