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私は過去において、ある名松の行く末を心配して、その観光と記念物の保存について警鐘を鳴らしてきた。その中で次から次に消えていく現状を患いながら調査してきた。
北杜市内には有数の松があり、数多くの国や県の指定文化財があるが、その保存や延命措置はいい加減なものもたくさんある。
管轄する官庁も、文化財=観光物件の考えがまかり通り、それが世界遺産登録へつながる。だれも登録が遺産保存などとは関係なく観光客の増大を期している事は、登録済みの観光地に行ってみればわかる。
今回取り上げる「名松」日本でも有数の赤松で、私の知る範囲では他は知らない。その赤松を60年来眺めてきてが、つい最近枯れ死してしまった。報道では、マツノマダラカミキリ虫が媒体するマツノザイ線虫によるものとされた。
文化財とは何か、こうした単純の説明も、現在明確に答えることのできる人や機関ははない。それはこうした樹木の指定の場合、いったん枯れるとその時点で指定が消滅する。しかし木材である、樹木は枯れてから、切られてからもその価値はさらに増すこともある。文化財として生きた樹木は、その年輪とともにその価値観もまして、中身も文化財であり、その輝きや風格は他を圧倒する。法隆寺や著名な建築にはこうした百年から数百年経た樹木が選ばれて使われることが常である。
とすれば枯れた後も保存して、形態を変えても多くの人に見てもらうことも十分考慮することが大切で、この観点は官庁には見えない。だから枯れた時点で「ゴミ」となる。
驚いたことに文化財樹木の行く末はこれである。以後は担当官庁では文化財台帳に傍線を引いて抹消する。
また樹木医とか修復担当者の樹木に対する認識不足や無知技術作業技も同時に指摘できる。それは写真を見れば一目瞭然であり、それは杜撰以外のなにものでもない。
注ぎ込まれた樹脂とと樹体に隙間に雨水が浸入して、腐食を増進する。また欠損箇所の修復は観光や見かけ上の修復で、ここでも驚くべき修復技術が見える。生きている樹木の欠損箇所の周囲に釘を打ちつけ鉄筋財を基に網を張りつけ樹脂を吹きつけ塗装する。
驚きの限りである。これが管轄官庁の文化財保存事業の一端である。こうした行為は近くでも数例見えて、枯れた樹木から突き出た鉄骨が露になり無残な姿をさらしている。
私は決意して、周囲の理解を得て、この放置文化財を後世に残すために現在作業しているが、そばによれば、人間の杜撰さと、虚しさがこみ上げてくる、数百年生きて、まだまだ生きることができたものは人為的な行為によって枯らしてしまった。
周囲の庭園は張りぼてコンクリート仕上げで、降り注いだ雨は集まって松の根元に、腐れが進み、その中でも新根は新たな生命維持を求めて地中を這い廻る。しかしその先は赤松が最も嫌う液状化した泥の中で息絶えた。そして樹勢の弱まった赤松にカミキリムシが飛来し、葉を噛み、線虫を樹体に注入する。そして2年間の戦いが終わり枯れ果てた、最後にすべて枯れた枝葉の中から数本の新芽が見えた。最後の別れであった。
私は思わず「ご苦労さん」と呟いた。
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