●「偏った北杜市の散策文化財マップ」
<写真は本来なら表紙を飾る「山高実相寺神代桜」>
<写真は舞鶴松の動向>
<木の倒れている写真は、須玉の「橡(とち)の木の巨木」これは文化財検証2で詳細を報告します。>
<武川村には国指定の文化財「舞鶴の松」がありましたが、2年前から虫害の侵され現在はその姿は見れません。マップには好意的に樹勢旺盛な時の姿が掲載されています。説明文の字が小さいために、読まないと現在もあるような誤解されます。>
平成20年。北杜市の文化財マップが市内各戸に配布され、各所でも配布が始まった。作成は教育委員会である。
しかしその内容は合併前の旧町村単位で指定されていたものを、基本にして編集されている。しかしこのマップが観光用の目的を含んでいる事に驚きを感じているのは私だけではない。
新都市になって文化財が観光資源となることはよくあることで、これは全国各地で同様の傾向が見られる。
●「文化財と観光」
しかしいったん公開されると、そこには人が訪れる。私も北杜市内の観光地や里山森林を勉強に行く。その文化財の形成にかかわる地域や人々のこれまでの過程がを知るために。
今回作成された「文化財観光マップ」のもっとも大きな過ちは、表紙に「関の桜」にしたことにある。これは狭い道路の脇にあり、かっては鎌倉街道の道とも伝えられている道路で、その県道から右折する道など、慣れた人でも慎重な運転が望まれ、また細い生活道路ために車がすれ違いことも困難である。
最近、新たな観光を展開する山梨県や北杜市では、ツアー観光が安価で楽しめる場所として大挙北杜市に訪れているが、自然に感動するまもなく山岳信者の様相で行き交う。
しかしこうした観光に多くの市民は戸惑いを隠せない。トイレや受け入れ態勢の無い中での展開である。
こうした場所にある「関の桜」あなた方はまた貴重な資源を枯らすのですか。
●「被害を受ける自然遺産白州日向山」
私も気軽に楽しめる日向山の健康状態を診断にいくが、驚いたことに大型バスが最終の駐車場で曲がりきれずに傍らの石にオイルタンクを破壊して、真っ黒い油を放出していた。バスは故障したまま数日間放置された。汚染された花崗岩の砂礫はそのままだった。
こうした行為は今後も増えていく。地域の取り組みや応対ができない観光は廃れる。それは過去が実証している。
●表紙はやっぱり「神代桜」
さて「北杜市文化財マップ」の表紙は、現在なら「武川町の神代桜」以外に無い。自然資源でこれだけ地域と観光に貢献している大横綱である。「関の桜」は十両クラスである。製作者の意図がどのあたりにあるのか理解できない。
●文化財は
1)国指定
2)県指定
3)市町村指定
4)地域指定
である。
●観光用文化財とするときは
1)地域の理解と協力
2)地域産業との関係
3)トイレや休息所の設置
4)駐車場完備
5)道路整備
6)鑑賞に堪えれるものか
7)危険はないのか
8)案内人の周知度
9)誰が維持管理するのか。
などが考えられる。
北杜市や山梨県ではこうしたもの適う文化財がいくつあるのだるか。
●北杜市としての文化財指定一号は 「山本勘助」です。
最大の誤りは、北杜市が平成19年にNHK大がドラマ「風林火山」に浮かされて、繰り広げた文化財観光はなんだったのか。
静かに眠っていた山本勘助を揺り起こし、自らの編んだ歴史資料も踏みにじり、報道やイベント会社とタイアップして「勘助ウオーク」まで開催、大看板を設置した。
これには山梨県を代表する歴史家数名が煽り、当家は知らず知らず観光のおもちゃにされてしまった。
テレビが終わればそれで無くなり、当家の苦悩は深まる。これについては私はテレビ放映が始まる前から指摘していた。テレビと同居できる観光は将来性の無い一時のものであると指摘してきた。
テレビや雑誌も我先にと刊行物を発行して、寄って集って紹介した。
●「この時歴史と観光が動いた」
昨年は「勘助」が市を代表する文化財であり、観光の主役である。利用された当家のためにも「勘助屋敷」「勘助墓」「勘助鎧堂観音」を今回真っ先に指定すべきであった。
一年で歴史を作り替えたのか、行政マンとして何もいえないのか、歴史がゆがめられたときに、担当部局は黙認追随してきた。私から見れば積極的に職務を遂行し、多くの市民を動員した。
今後も当家とは良好な関係を築くべきであり、利用使い捨ては許されない。看板に貼り付けられた「公開していません」の言葉は何を意味するのであろうか。
観光のために墓所を家を晒された当家への北杜市の責任は重い。
●編集しなおしてください。
この文化財マップは大きな誤作動を起こすものです。再編集してください。
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