サブやんの気まぐれ調査研究

日本の里山は崩壊します。守るのは私たちです。行政主導の時代は終わり新たな取り組みが求められています。

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北杜市大泉町(旧北巨摩郡大泉村)金生遺跡

 この遺跡が発掘されたときは、例によって大騒ぎであった。
 その神秘的な遺跡に人々は恥ずかしさを忘れての報道合戦。

 この遺跡の特徴は、古代人の最大の神、男性神と八ヶ岳の火山が年代を超越して結ばれ、それが信仰の対象となったものだった。

 現在も入り口両側に構える標柱は「男性のシンボル」であって、あまりの逞しさと美しさにたじろぐ男性と、憧れで撫で擦るご婦人もいる。

「これから元気をもらう」とのこおt。精精元気をいただいてください。しかしうつむく夫によく相談してからにしたほうが賢明である。

 男性シンボル神など昭和30年代ころまでは、どこの神社にも林立して、別に卑猥感ではなく、地域神として祭りや信仰対象として、時期には注連縄を飾られ、いっそういきり立って見えたものだ。そのご転売されたか埋められたかして、地域の神社からも表面的に姿を消した。まは何百年も経て掘り起こされれば、また大騒ぎをするかも知れない。

 この遺跡が「国指定」になった経過は知らないが、こうした高度の指を受ければ、地域の人の気持ちからどんどんかけ離れて、異次元の考古学者の範疇の中で生きていくことになる。

 さて本題に入るが、なぜ男性神が古代世界であがめられたということは、およそ自然界で、男性神より噴射(火山では噴火)される液体から、人の命が出発する。それこそ現在でも解明できない現象である。

 それは快楽の対象と共に子孫継続などの現象として、人々に尊敬されたものだ。
 私が遺跡調査をしたところ、ここというところからは富士山や八ヶ岳が見える場所が多く見られる。全国的にどうかはわからないが、古代人は火山を恐れながら火山から生まれるものの学んでいった。

 私も言葉に詰まるが、一切の戸惑いを捨てて話す。

 男性が上向きになる。そして「ーーーーーー」
 それは火山の噴火と同じである。

 神それは男性であった。

 この金生遺跡はそれを如実に表しているからこそ「国指定」になったのである。

 谷戸城とは何の関係もない。谷戸城の「復元国指定」は後述するが、何が「国指定」なのか理解できない。中世初期の山城なのか。
甲斐源氏の発祥の伝承を持つ当地は、この山城を地下に封じて、「開源神社」(甲斐源氏の発祥)として親しまれていた。現在は一変している。地域の伝承や甲斐源氏を誇るなら、山城復元は必要がなかった。形で残すより地域の人々の心に残すことがなぜできなかったのか。
 最近北杜市明野町の古代遺跡の国指定があるが、これとてその世界の人々の考えであり、必ずしも市民が納得しているものではない。
 確かに貴重であっても、保存や施設には多額な経費が必要とされ、謝金財政に北杜市にはそんあ余裕はない。
 谷戸城裏の施設も、その必要性を市民問えば「no」である。図書館の一画展示で事足りる話である。

 史跡とは文化財とは、その地域に住む人々の心中に培われるもので、形や箱物伝承は再考の余地が残されている。 

 この金生遺跡は、発掘公開当時は多くの人が訪れたが、次代と共に風化が進み、建造物(あなぐら)は屋根や壁が破損して、現在は応急措置で手直してあるが、すでに屋根から壁の一部がパックリ口を開いていて、ちょっと触れれば剥がれそうになっている。

 現在の場所に立ってなぜここが「国指定」の文化財なのか理解できない。訪れる人はどう思われているのであろうか。
 確かに古代遺跡として、男性シンボルをリアルに表現してあるとはいえ、周囲の田んぼや隣の墓所との違和感は不思議な世界でもある。

 世の中元気な女性に引き連れられて、訪れる多くの人のために、
 いっそのこと「男性神社」として、」世の中の多くの男性に勇気と精気を与えた方がよい。
 そして「金精せんべい」「金精まんじゅう」「金精そば」「金精うどん」青森の三内丸山遺跡施設では「縄文ラーメン」もあったぞ。

 ほかにもある。「シンボルアイス」「シンボルキャラメル」「シンボルチョコ」などなど、商魂たくましい方々の腕の振るいところでもある。

 苦にして、いや国指定を長続きしたいのなら、観光のメッカにしたいのなら、お土産や記念品はついて回るもので。「金生風呂」も良い。

 いやそうでもない。
  何もないところにこそ「金生遺跡」や「谷戸城」の価値があるのかも知れない。
 山梨県考古学会の見識の高さにはついていけない。

 後は写真資料で。

 添付した古い写真は、

昭和34年発行
国際文化情報社
画像 風俗史 第十一集
より引用しました。

 この遺跡資料は、北側の資料館にあるが、男性シンボル写真や掲示が中央にあり、「秘宝館」の雰囲気も感じられる。

 この施設も立派であるが、地域の人で訪れるのは稀である。文化水準の低い、考古学無知な私は、訪れるたびになぜかむなしさを感じる。

 訪れた総合学習の子供たちに、先生はどんあ説明をしたのでしょうか。

 駐車場も少々あり、トイレ・休息所もある。

 地域の銘酒「谷桜」はうまい。近所にあるので、購入して元気になってください。

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 <韓国はものづくりのふるさと>

 私は低迷していた木材流通と、日本の樹木活用に疑問を持ち、当時の納入会社が韓国で冷蔵用パネルを製作する工場を造るという話を聞いて、韓国に連れて行ってもらった。韓国といえば、北杜市いや山梨県いや日本を代表する、淺川巧翁の活躍した場所でもある。
 浅川氏のことは別項として、闇雲に行きたかった。零細企業のために、渡航費も無い。そこで完全節制と節約をした。タバコも酒も交際も最小限にして出かけた。

 まず訪れたのは2万坪の敷地の中に広がる日本古来の山村風景と生産現場が息づいていた。私は動向の諸氏に理解を求め、他の観光をやめて、ここに2日間釘付けとなった。

 建築技術。生産技術。どれをとっても私が求めていたすべてがそこにあった。

<韓国民族村サイト>
http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv1-tbtop&p=%b4%da%b9%f1%a1%a1%cc%b1%c2%b2%c2%bc

 数年、資金を蓄えて韓国への生活が続いた。その中で私は、日本建築と日本工芸と韓国のそれの違いを発見した。

 ○ 日本は「良い建築に良い木材を探した
 ○ 韓国は「粗末な材料でも最大限活かした」

 この違いが、私を勇気付けた。
 今でも良材が優秀な建築を生むという過信がある。
 材料は何であっても、技術と工夫で美しい建徳美術を生み出す。
 それが韓国である。


 <以下次号で>
 

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鹿=●
私=○

○ーあれ!ここの桧林はおかしいぞ。
 −こんな桧の皮の剥け方は、これまで見たことがない。
 (桧林の中に入る)

●ーおじさん、こんにちは。
 −何しにきたの。

●ーいいかげんにしろ。
 −お前たちが皮を剥いた桧は、枯れて成長しないんだ。
 −他にも食べる木はあるだろう。
 −桧の間の雑木や雑草を食べてくれ。

○ーおじさん。私たちは人間が私たちのために植えてくれたと思っていた。
●ーそんなわけはないだろう。
 −この様な森にするには、多くの税金が使われているんだよ。

○ーそれは人間の勝手でしょう。
 −この地域はもともと私たちの生活の場なのです。
 −そこに私たちの断りもなく植林してしまって。
 
○ー私たちも今食べるものがなくて困っているのです。
 ー森の中に私たちの食べるものがなくなってきているのです。
 −おじいさんに聞いたら、昔は人が山に入ってきれいにしていたので、春のなると若芽がでて、それが私たちの家族や仲間の食べ物になっていたって。

●ー昔はむかし。今は今。
 −こんな処を県民が見たら、怒って投書がくる。
 −理由はいいから、もうやめてくれ。

○ーお前たちがこれ以上、桧を食うのならこちらにも考えがある。

●ーおじさん、それは私たちを殺すということ。
 −もうだいぶ撃たれて、私のおじさんやおばさんも撃たれてしまった。
 −最近では、その私たち鹿仲間を殺して、レストランで食べる計画があるとういうではありませんか。
 
○ーそれはお役人の考えることで、おじさんたちは知らない。
 ーただお前たちの生かして置ける頭数があって、それを越すと殺していいんだ。
 −殺した鹿、桧の甘皮を食べた鹿は特においしいのかも知れない。
 −とにかく、植林した桧は傷つけないでおくれ。

●ーおじさん、私たちを殺さないで。
 −私たちにも生きる権利があるんです。
 −私たちはどこで生活すればいいんですか。
 −最近では里山もどんどん伐採され、荒野のようになり、そこへ桧を植え、生活の場を奪う。
 −おじさんたちも、私たちが生きる場所をつくっれください。
 −私たちはもともと人と一緒に生活をしていたではありませんか。

○ーごめんな。おじさんいはもうわからない。
 −林野庁といって、頭のいいおじさんたちがたくさんいるから聞いてくれ。
 −集団になって農林水産大臣とも話し合ってくれ。
 −今なら福田総理の支持率も下がっているから、案外聞いてくれるかも知れんぞ。
 
●ー環境庁もいいぞ。
 −固体という言葉も訂正してもらえ。

○ーおじさん、私たちの先祖は春日大社の神の使いとして、多くの人に親しまれ、今でも多少いざこざがあっても奈良公園でも人とともに生きています。
ーおじさん、私たちの生きる場所をつくってください。

●ーおじさんたちは、ただ森や林を守るためにがんばっているんだ。
 −鹿だって好きだよ。
 −ここに天然林を伐って、桧の植林などしたくないんだ。
 
○ーおじさん。お母さんたちが呼んでいるの行くよ。
 −今度はお父さんやお母さんも仲間も連れてくるんで、お願いします。
 −さようなら。さようなら

●ーごめんな。何もしてやれなくて

 <鹿は森の中に消えていった。この森は再生できない。植え替えることが懸命であり、無闇に手を加えることは税金の無駄使いであり、伐採したらそのまま放置して自然の力に委ねることが賢明と思われる>

 このシリーズは続編があります。(後日)

 


  
 

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