

前回北杜市金生遺跡について指摘したことがあるが、今回はその第2弾である。
金生遺跡とはいくら地名でもよく名づけたものである。金が生まれる。性的な表現でなければ、金鉱・金工などへの関連付けもできる。
この男性シンボルを神とあがめてたてる行為は、ごく自然の行為として、私たちの近くの神社や路傍の馬頭観音に見られた。最近片付けられてだいぶ少なくなったが。
若いころ、神社仏閣の探索に歩いていたころ、ある人に紹介されて、中沢厚先生にあったことがある。2度目にお会いしたときに、一冊の本をいただいた『山梨県の道祖神』「甲州の石仏」という本で、こうした地道な探求にあこがれていた私は、今でもこの本はそばに置いている。
以来私も北巨摩郡や各地域に訪れると、こうした男性シンボル(陽石・女性のシンボル(陰石)が家庭地域の中にも無造作に祀られているところをよく目にした。
現在は本当に少なくなった。
さて金生遺跡が国指定になった要因は、こうした男性シンボルを崇める遺石などが考慮されてのであろうか。
現在も八ヶ岳を背景に、これも国指定の谷戸城後ろにして聳える男性シンボル2対の門か標柱は他を圧倒する。当時再現と遺跡保存設計にあった方々の見識にはつくづく感心する。
一方漆喰の縄文建物は違和感が充満している。一度荒廃していたものを応急処置で再現したが、白壁で塗り包める工法が縄文時代にあったとは知らなかった。
今回は私たちの周囲で展開されていた、道祖神と金生遺跡の男性シンボルの関係が理解できる写真を提供したい。
これはあくまでも学術的な見地からのもので、私のブログにたくさん貼り付けていただいているコメントや紹介者も、こうした縄文時代からの信仰があったという認識は共有できると考える。
生命の起源は男性からか、その男性を生んだ女性からかは、永遠の謎である。
私たちの先祖はこうした道祖神に囲まれて生きてきた。子供から老人まで、卑猥感を感じるようでは祖先の信仰を冒涜することにもなる。
掲載写真で、私たちの近くにあるものは、紛失の恐れもあるので、地名・神社名では伏せておく。
興味のある方は、近くの道祖神や馬頭観音や神社などを探ってみよう。思わぬ出会いが待っているかも知れない。
なお金生遺跡の全貌は、谷戸城の後ろにある、資料館に展示されている。
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