外材の侵入の中で、なす術もなく、崩れ去った日本の木材流通。山奥の製材所にも外材の山。もちろん利益を追求すれば外材依存は我が家でも同じだった。
しかし海外研修を積む中で、日本の荒っぽい作業風景は度肝を抜いた。
世界の木材を食い尽くす日本。この間日本の森林は放置された。いや保存された。
あのまま昭和40年代からの外材依存がなかったら、日本はとっくに砂漠になっていた。
外国の森林崩壊の代償の上に日本の森林は存在した。その間先見性に富んだ林政は唐松などを適地を選ばず植え捲くった。それが現在の高地の唐松郡である。
やることといえば、大型機械が使える仕事だけ、気を用材に仕立てる作業は手遅れ、企業参加や国民参加の言葉の裏で、進む切捨て乱伐。今更持ち出しても、過去のものは二酸化炭素の放出源となっている。
森林が二酸化炭素を吸うなどの、言葉温暖化対策の旗頭に立ち、間伐や大型機械で山地を傷め捲くる。
私たちの森林と消費者や加工業者を結ぶ製材所など減少一途をたどり、今後もますます増加する。この間、林政はまったく遠くで見ていた。
小さな林業、小さな製材こそが日本の林業を支えていることを忘れている。
私は達観した。私のできること、それは日本の木を山梨の木を多くの人に紹介して使ってもらうことだ。
生活を切り詰め、家の雨漏り現在続く中で奔走した。あれから20年、この活動は現在も続く。
木材流通は決して不況ではない。
林政が、国民の需要を考えないで、関係の諸団体の生き抜くことに力を入れていたから、国民の日本木材利用の道を閉ざした。
ホームセンターなどの外材販売量の主は一般人が対象である。この道さえ切り開いていれば、これまでも違った意味で日本木材と流通の仕組みができたはずである。
発想の転換と組織改変ができない林政に頼らず、20年間の啓発啓蒙活動は。それこそ命をすり減らしての活動であった。
私が林野庁の長官であれば、思い切った改革と、流通の改変などを行い、国民主体の林政にできる。
誰か私を推薦してくれ。
林野庁の職員はすべて現場で働いてもらい、現場の状況と、林政の失政を体感して、そこから何をすべきか理解したら戻れる。
林政に能書きは要らない。背広では樹木は育たない。樹木流通は拡大しない。言葉や書類や補助金の無駄遣いでは、日本林政の夜明けは来ない。
私とともに活動しないさい。国民のための林政を考えなさい。
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