サブやんの気まぐれ調査研究

日本の里山は崩壊します。守るのは私たちです。行政主導の時代は終わり新たな取り組みが求められています。

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写真で発表

ヒノキ・桧美林の部
白州町個人所有管理桧林
材質 極上最高品質

 この森は雑木林を整備して桧を植林して、その後年間80日〜100日かけて整備したもので、本当に育て上げたという感じが強く、製材していてもその臭気の強さや油脂分の多さ、適切なあだ討ち作業によって、完璧な仕上がりを見せている。樹齢は30年〜4十年、一代で仕立てあげた傑作である。
 現在も山の作業(主に鹿食害対策で涙ぐましい努力をされている)を続行していて、我が家でもお手伝いしているが、その精進振りには頭が下がる。
 これは山梨県の県有林・国有林・恩賜林などど比べても上位にランクする。本来ならこうして育った育てた樹木が「認証林であり」机上だけのラベルなど遠く及ばない。元来木材このような森林つくりでもその良し悪しは半々である。何もせずにラベルだけ貼るより、ラベルの貼れない木材の活用があっての認証林であり、その中身や変質変形など細部にわたって検討すべき問題であり、机上森林論が先行する現代の林業施作では、本当の森は作れない。生きているもの全てが有効な資源である。表裏一体の林政が望まれるが、それははるか昔の思い出の中にしか存在しない。

 さてこの方の山林の間伐材は私たちが一手に引き受けているが、行政の切捨て間伐が一度行われていて、さの片付けには手を焼いた。夜討ち朝駆けでようやく半数くらい持ち出したが、必要に応じての間伐が望まれる。ちなみに、これから8月ころまでの間伐材や適齢伐採木材は水分が多く使用が困難である。どんな機械や乾燥機でも自然の摂理を無視してはいけない。間伐さえ適期が」あることが理解できない方々は、樹木や木材を資源としてみていない証拠ともいえる。
 これからも優良森林行脚が続くが、早く旨がときめくような森林にあってみたい。6月には熊野に視察に行く。そこで私は感動できるのであろうか。よろしくお願いします。

 現在は鹿対策で奮闘、何千本の桧に装いができました。鹿もその努力に圧倒されて他所の桧の皮を剥いていました。対策もむなしく皮をはがれた桧は大きくなっても中が変色や腐れが出て、製品としてつかいものになりません。

 私たちも全ての木を担ぎ出ししました。肩に食い込む感触が山師の生きがいです。

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 私が歩いて調べた中で、その植林から育林を的確に行い日本のどこにだしても恥ずかしくない山林所有者の手により育てられた里山森林。その中から製材から製品化して光沢や節のあり方などを参考に選びました。
 これは
レッテルだけの認証林とは違って、育てた人の心意気と責任感がにじみ出ています。

 すいません。手違いで間違った写真を掲載してしまいました。写真は山梨県のどこでも見られる放置森林です。次のページで正しい写真を掲載します。
 

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 私はこの時期ここを訪れるのを常にしている。周囲の荒廃した森林の中で一服の清涼剤でもある。桜の花か水面で踊る。重なり合って必死に水面にしがみつく花。そうした水面上とは異なり水面下では親蛙が見守る中で列状態の卵群がまるで色鮮やかなヘビのように枯れ木に絡まっている。空中に顔をあわてて水中に静める親カエル。あちらこちらで水面が弧を描く。こんな静寂でしかもカエルが大量生息しているなんて、きっと子供多かった自分は遊び場としてカエルの仲間であったに違いない。水は決してきれいとはいえない。しかし蛙にはあっているのだ。山梨県では何かあると直ぐに観光物件(最近は商品というらしい)にして補助金をぶち込み一旦賑うが数年すると閑古鳥も来なくなる。そして人々観光客も去り、荒廃してもとに戻らないものが多い。「蛍の里」などと称して豊かな栄養源を持つ用水路をコンクリートに整備して、時期にはその灰汁で大量に蛍が死に、しかも関西から平家蛍を持ち込み、点灯時間が短い源氏蛍と国境を超えて輝きあう。やがて源氏と平家は合体して中間蛍となる。

 またこの池で孵化し育ったカエルはどこにいくのだろうか。今年は確かめたい。中には食用として地域の活性化を計画する人も出るかもしれない。また多少気持ちが悪いが、あの跳躍力が低迷不況からの脱出を伺う企業にとっても守り本尊になるかも知れないし、ならないかも知れない。

 できたらこの場所を探さないで欲しい。商品化されてはたまらない。

 帰ってきて考えた。俗世と喧騒から抜け出し、「私はカエルになりたい」と。

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 最近山梨県の森林地帯を調査していると、あまり一般人の知らない山地の蚊顔が見えてくる。かって山梨県は谷や沢それに放置地に大量の粗大ゴミが持ち込まれ、中には住民運動にまで発展したこともあった。しかし山梨県のこれまで培われてきた森林や里山それに自然に対する考えは民間には少なく、いつも行政の「水と緑」「自然が躍動」するなどの公的パンフレット用の類義語が定着する。しかし行政人や議会人の中で本当に山梨県が水と緑の国などと思っている人はいないと思う。もし信じるものがいたら紙上環境論から脱しきれない狭い考えの持ち主である。
 最近の山梨は道路環境が新しくなり、町並みは整備され、山間部では観光林道が走り多額な投資と整備は一見人間生活が豊かになったような錯覚に陥るが、その分山間部への不用品粗大ゴミを捨てる量は増加している。最近では公然と公道に脇に山積みされ、行政も看板設置のみで終わる。
 私が驚くのは山間部のゴミ捨て範囲の広さと最近の行政森林整備や造林が大きく加担していることである。特に切捨て間伐地域や赤松虫害処理放置木材近辺にはこうしたゴミが散乱している。これは山梨県の有数な観光地でも見られることで、驚くばかりである。またある林道などは持ち込んだ工事用残材がそのまま道の下に敷きこまれていて、業界の事業展開の厳しさ(整備残材搬出費)・締め付けからこうした費用は盛り込まれていない・
 次に私がくどいほどこれまで訴えてきたが、人類の安全や自然環境などへの重い腰しかもっていない、行政はまったく動ぜず延々と続けている。この赤松虫害薬剤処理放置木材は、山梨県内ならどこでも見ることができ、古いものなら多年の積み重ねからすでに腐り果てているものある。しかしその薫蒸処理した薬剤は地下浸透覆っていたビニールは腐らずちぎれて散らかっている。これが林野庁に問い合わせれば「適切正常事業」であるという回答を得ている。しかしその周辺に一般家庭ごみや観光客の飲食残物の捨て場と合体したとき、それは「水と緑」でなく、巨大ごみ捨て場と化していく。また道路は新しくなってもその周辺の山野森林は維持管理が閉ざされてしまい、これも簡単にゴミが捨てられ斜面に散乱、障害のない河川へと流れる。
 今後さらに増大するこの問題は行政では喚起はできても活動はできない。こうしたことは地域民への喚起や観光で食する人たちの奮起が待たれるが、山梨県の県民性「金と労苦の伴うことはしない」「他人のための自己犠牲遠慮」から住民活動もままならない。また行政も木材放置などの加担もあるので、自らの失政を認めない。今後山梨県ではマツノマダラカミキリムシによる媒体されるマツノザイセンチュウの範囲と量は拡大する。それにつれてこうした上京も拡大する。行政もお互いの城から抜け出し総合対策をする時期に来ている。山梨県は県民市民参加のかたちをつくるのに足が重い。それは私のような人間がいて行政批判が会議で持ち出されることを懸念することも考えるが、いつまでも内部や寄り添う知識人の話だけでは前に進まない。何年か後にこの問題が大きな社会問題となる。それは「危険触れるな!」の処理材が増大して人間生活にも影響が出て、そのときにはすでに解決不可能になりからと考える。

第六話 獣医人妻の股ぐらを診察するの巻
「艶説 生きものの記録」泉二三彦氏著 昭和31年刊

ストリップショウなどというはだか踊りが一世を風靡して以来、女性の裸体美、特に乳房と臀部の美が、公然と鑑賞できるようになったことは御同慶のいたりです。画壇の亘匠ルノア−ルは、「女に乳房と臀部とがなかったならば、自分は決して裸を画かなかったであろう」と、のたまわせられました.ルノア−ル先生の言をまつまでもなく、女性美の焦点のひとつはたしかにこの地帯にあるといってよいでしよう。
盛上っている乳房が、あたかも生きもののようにブルンブルンと動く情景は、男性の血を頭にのぼらせるに十分です。乳房の大きいことを恥じて、無理に乳押えをしたりした古い習慣は愚の骨頂でした。和服で帯を強く乳房の上にしめる様式もすみやかに改良したいものです。従来、日本人はあまりに乳房を虐待しすぎていたと思います。歌麿えがくところの古代の美人画にも、オッパイの美はあまり示されていないのが残念です。
東郷青児さんあたりが、オッパイの美を強調されて以来、オッパイの商品価値がいちじるしく高められたことは喜ばしい限りです。東郷青児さんがオッパイ小僧とかいう、巨大な乳房美人を世に紹介して以来、オッパイ二世、三世が相ついであらわれ、今日ではもう百世ぐらいまであらわれているかも知れません。
小屋がけのストリップショウなどでキこのオッパイ何世かをでんと正面に鎮座させてその拝観料を巻き上げているのがあります。乳房が美の対象として、日本のサムライ共に認識されだしたのは、裸体画、ヌード写真の影響もさることながら、ストリップショウの影響が大であるといわざるをえません。
パラリと脱ぎすてた下着の下に忽然とあらわれて、ブルンブルンとゆらぐオッパイの躍動を見るとき、男性たるものはそこに偉大なるエロ、否、美の再発見をしないではいられません。
従来、日本人には乳房を生殖器の一部だとする思想はなく、単なる授乳用具だとする悲しい思想があって、電車の中などでも、衆人環視のなかで平気でデンとオッパイを引っぱり出して、子供に乳を飲ませていました。外人はこれを見てキモをつぶしたそうですが、今日でもこのような風景は別に珍らしくはありません。元来、乳房はその性能の上からみれば、たしかに生殖器と深いつながりのある器官ということができますから、乳房は羞恥であるべき性質のものでしよう。
お隣りの中国では、乳房はこれを決して人に見せないのを礼儀として、乳房をできるだけ小さく見せるのを美装術の心得とさえしていました。ですから中国婦人は決してわが大和撫子のように、人前で胸をはだけるような失礼なまねはしないようです。
生物のなかで、もっとも高等な部類に属する哺乳類のみが、この乳房という器官をもっています。哺乳類の子供は、人間でも同じことですが、乳房の中央部にある乳頭から出て乳を吸って成長します。乳頭払は十二〜十五の小さな孔が開いていて、ここから乳がにじみ出ます。乳房の皮下にはたくさんの乳腺という管があって、これがこの孔にあつまっているわけです。
さて女の子は色気づいてくると、急に乳房が発達して、やがて椀をふせたような半球形の可愛らしい乳房になります。花もつぼみの頃のこの可愛らしいお碗型の乳房は、次第に皮下脂肪の沈積によって肥大して、体の運動につれてプルンソブルンと波うつように発達してくるわけです。
処女の乳頭は、愛のボタンとよばれ、バラ色に色づいていて、まさに花のつぼみのように美しく、生き生きとしています。
これにくらべると、カビの生えた古女房の乳房などは兎の糞のようで風情がありませんし、オバアチヤンのそれは乾ブドウのようにひからびてしまって全くいただけません。乳房の大きさは、決して、一定不変のものではなく、大きくなったり、小さくなったりするようです。特に妊娠の末期には極大に達することはいうだけヤボというものでしよう。処女の乳房は、左右同じ大きさですが、男を知った女性の乳房は百人のうち七十七人までが、左にくらべて右の方が大きいといわれています。
この原因は、女は性生活がはじまると右を下にして寝る習性があるからだともいわれています。右側を下にして寝るとなぜ右乳房が大きくなるかといいと、脂肪が下側のほうにたまるからだとも思えます。
古代インドの性典「アナンガ・ランガ」という本には、「二つの乳房の大きさや、位置のちがう女を妻にめとるな」ということが書かれています。左右不同の乳房をもつ女は処女ではないという警告なのでしょう。これをきいて、ギョギョッとなる女性もあるかも知れませんが、心配だったら当分左側を下にしていればばよいでしよう。乳房は、元来、哺乳のための器官ですが、男性の愛撫の対象となるところから「愛のポタン」とか、「愛のクッション」とかいわれるようになったものでしよう。つまり性行為における愛の玩具ともいうべきものでしよう。愛のボタンとよばれる乳房はまさに、男性のペニスに共通する性質をもっています。興奮すると充血して勃起します。愛撫をうけたボタンは、水を吸った小豆のように膨脹することはサムライどもは先刻承知しております。
乳房は人間では左右一対ありますが、多産の哺乳顆では、乳房の数も五、六対もあるのがふつうです。この乳房の数は、大体その動物が産む子の数と一致するようになっています。豚などでは、時に乳房の数より余計に子を産むことがありますが、乳房取り競争にアプレた弱気な子は栄養失調で死んでしまいます。
人間は二つ乳房がありますから、双児までは安心して産めるわけです。三つ児以上は計算を誤ったものといえます。しかし、人でもまれに二対以上の副乳というものをもっている例があります。副乳のある女性は百人に四人ぐらいの割に見られるといいます。人間にもこのようにたくさんの乳房がある例は、人間も大むかしは犬や豚のように多産であったことがある歴史を物語っているものでしよう。乳房は女性の象徴ですが、ふしぎなことには男性の肉体にもれっきとした乳房がついているという事実です。この事実から、大むかしは男性も哺乳の役目を受けもっていたのだとも証明されています。アイスランドの言い伝えに、ソールギノルという男があって、婁が分娩後死亡したので、子供をそだてるのに困って、自分の乳房を吸わせているうちに、本当に乳が出るようになったという話があります。これに類する話は日本にも珍らしくありません。
医学的にも、男の乳房から乳が分泌されたという現象は確認されています。面白いのは、男に女性ホルモンを注射すると、乳房が発達してくることです。
こんなはなしがあります。ある女性ホルモン製造工場、で働いていた男が、ある時、乳頭の痛みを訴えたので、医者がしらべてみると、乳弱から乳がしみだすようになっていたということです。これは作業中に女性ホルモンが皮膚から吸収されて、乳腺の発達をうながしたものと思われます。乳房の肉体実は、人間特有のものであって、他の動物の乳房にはわれわれは肉体美を発見することはまずありません。
牛や山羊のピンク色の乳房はちょっとばかり美しく見えますが、あれは製乳機械としての横機械美ともいうべきものでしよう。
哺乳顆のなかで一風変っているのは、カモノハシというオーストラリア産の動物で、乳房というものはなく、からだの表面から乳がにじみ出てきます。哺乳のときは母親は仰向けにひっくり返ります。すると、予は母親のお腹中をペロロとなめてしみだす乳を吸うのです。それにつけても、カモノハシの雄どもは、オッパイというものの魅力を知らないあわれな奴等です。
さて、あるところに、人の人妻がいました。あるとき、乳房をはらして痛くてたまりませんでしたので、近所の医者のもとにかけつけました。ところがあいにく留守でしたので困惑しましたが、ふと近くに獣医さんがいることを想い出して、「獣医さんでも、医者は医者にちがいない」と考えて、獣医さんの門を叩きました。「先生、御迷惑でしようが、乳房がいたくてたまりません。ひとつ、みては頂けないでしょうか?」「いいとも、いいとも、たやすい御用だ。さあこの寝台の上に構になりなさい」というわけで、女は寝台の上に横になりました。すると、獣医は彼女の胸元には目もくれず、ハッと彼女の裾をまくって、下腹部へいなり手をつっこんだので、女はたまげて、ガバッとはね起き、「あれっ先生、何をなさいます!」と、鋭くきめつけますと、獣医先生は、頭をかきかき、「これは失礼しました。いつも牛の乳房を吸いつけておりますもので、あなたのもテッキリとここあるものた感ちがいいたしました!」と、あやまったそうです。

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