サブやんの気まぐれ調査研究

日本の里山は崩壊します。守るのは私たちです。行政主導の時代は終わり新たな取り組みが求められています。

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○場所は某県某市某町○○林

 私は暇があれば林地を森林を山野を彷徨う。私は小さいころから木の中にいた。そして木に携わる人々からいろいろなことを教えていただいた。だからこんな山を見ると無性に気が滅入る。最近の重機林業は時にはその山地を切り崩しながら作業が進む。しかも行政指導の中で進む場合が多い。これなどまったく考えれないことで、どこもかしこも無差別重機林業はそこに私たちの崇める「山上様」や「祖霊」の存在はまったくない。それは林業ではなく造成工事ではないかと思われる事業も多くある。この前ある県のスキー場を見に行ったときに驚いた。それは森林破壊そのものである。よく違法伐採が海外で多いような文献資料を目にするが、日本でも内容の差こそあれ、違法伐採はたくさんある。それは山の方程式を無視したもので、育てることを無視したものも多い。
 最近指導間伐を行った財産区の役員が家に来られて話すには「間伐の状態が余りにもひどいので事業体に行ったら、県の指導です」という「県の指導員を呼んで現場を見せたら「ここのどこが問題なのか」と開き直られたという。それは山梨県では当たり前のことで、数十年の経験と蓄積された事業展開なので、何が良いか悪いかの判断基準が民意とはかけ離れているのですよ。
 それから数日して役員たちは自分たちで後片付けしたようです。山地を守り緑を育てるのが林政ではないのか。どこかに私が求めている昔のような地域の人々が息づいている山村はないのだろうか。

 

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 私はこの寺を同郷のの人々と訪れた。檀家の人が案内と茶接待をしてくれた。こうしたやさしい仕草は同じ人物に想いを寄せるところから生まれるのか。そうではなくてこの地域の自然の姿なのだ。今度またたずねるが、吉保公の足跡を尋ねるとその人物の大きさに触れることが出来る。日本全国にどれだけの縁の地があろうのだろうか。これは山本勘助などとは違う。山梨県の歴史研究者もどうでもよいような書状に一喜一憂するのではなく、こうした地域縁の人物像をしっかり伝えることの方が大切である。
 群馬県で発見されてという「山本勘助」の信玄書状は、私は明確に「偽書」とする。あるとき埼玉県の松山地方を訪れたときに、馬場美濃守公の末裔にあいその歴史的価値を説かれたことがある。山本勘助を祖とした日本の郡市山本五十六もいるくらいである。自家の由緒を高めるために、有数な偽書作家を呼んでそれらしく創作歴史創作由緒書を創る。そんなことはどこでも行われていたことで、歴史家の中には「間違いなく真書」である。との裏面ではほくそ笑む人々も多くいるの当たり前である。
 
柳沢吉保公
http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-tbtop&p=%E6%9F%B3%E6%B2%A2%E5%90%89%E4%BF%9D%E5%85%AC&ei=UTF-8

柳沢吉保公の寿像は山梨県韮崎市の常光寺蔵のものである。
http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E9%9F%AE%E5%B4%8E%E5%B8%82%E3%80%80%E5%B8%B8%E5%85%89%E5%AF%BA&ei=UTF-8&fr=slv3-tbtop&x=wrt

柳沢信鴻(山門の「呑空閣」額字の書者)

http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-tbtop&p=%E6%9F%B3%E6%B2%A2%E4%BF%A1%E9%B4%BB&ei=UTF-8

 私はこの寺を同郷のの人々と訪れた。檀家の人が案内と茶接待をしてくれた。こうしたやさしい仕草は同じ人物に想いを寄せるところから生まれるのか。そうではなくてこの地域の自然の姿なのだ。今度またたずねるが、吉保公の足跡を尋ねるとその人物の大きさに触れることが出来る。日本全国にどれだけの縁の地があろうのだろうか。これは山本勘助などとは違う。山梨県の歴史研究者もどうでもよいような書状に一喜一憂するのではなく、こうした地域縁の人物像をしっかり伝えることの方が大切である。
 群馬県で発見されてという「山本勘助」の信玄書状は、私は明確に「偽書」とする。あるとき埼玉県の松山地方を訪れたときに、馬場美濃守公の末裔にあいその歴史的価値を説かれたことがある。山本勘助を祖とした日本の郡市山本五十六もいるくらいである。自家の由緒を高めるために、有数な偽書作家を呼んでそれらしく創作歴史創作由緒書を創る。そんなことはどこでも行われていたことで、歴史家の中には「間違いなく真書」である。との裏面ではほくそ笑む人々も多くいるの当たり前である。
 

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○桐の木を使用。
 末尾の写真は切り倒して乾燥させた桐(木と同じと書く)の木を大鋸で縦割りする。繊維方向に逆らっての挽き方である。私たちはこの鋸で大きな木材を両側から挽いた覚えがある。とても難作業で力が入った。「腰で挽くんだ」が理解できたのはそれから数年経ってからだった。こうしものづくりは古来からそれぞれの工夫と創意を繰り返して独特の味を出すようになり、またその同業の中でも切磋琢磨して産地を築いていった。

 写真のあった服部民族資料館
http://iitabi.zashiki.com/kawagoeannai-2.html

 使用された桐は会津産だそうです。

「香芽」さんの助言

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