サブやんの気まぐれ調査研究

日本の里山は崩壊します。守るのは私たちです。行政主導の時代は終わり新たな取り組みが求められています。

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中央で活躍した甲州人

○「甲州財閥」の伝統(東都山梨新聞主幹 古屋権一氏著「ザ山梨 武田信玄と甲斐路」読売新聞社刊S62所収記事)

 甲州出身の財界人を「甲州財閥」という。しかし、甲州財閥という財閥があるかといえば、どこを見まわしても財閥などない。ただその結束力の強さが外から見れば、一個の財閥のように見えたということであろう。この「甲州財閥」の伝統は、幕末の横浜開港にまでさかのぼる。その代表が著尾逸平である。彼は開港直後の横浜に出て、生糸や水晶の取引きで巨利を得た。次いで、現在の中央線の基礎を築いた「天下の雨敬」こと雨宮敬次郎。彼は鉄道の権利を国に売却するにあたり、鉄道を自分の家の前を通すことと条件をつけたから、中央線は笹子トンネルを出ると大きく右に曲がって塩山市の彼の実家の前を通って甲府に出ることになった。
 つぎの世代は、東武鉄道、富国生命、日清製粉など二百数十社を興した根津嘉一郎、今の身延線、富士身延鉄道をつくった小野金六、堀内良平、松屋デパートの古屋徳兵衛、東京の地下鉄をつくった早川徳次らがいる。
 少し世代が下ると、阪急、東宝などを創ったアイディアマン小林一三がいる。
 そして、その伝統は今日まで続いていて、これから後を素描しようとするのが本稿の目的である。

義理人情に厚かった小佐野賢治「甲州財閥」の伝統
(東都山梨新聞主幹 古屋権一氏著「ザ山梨 武田信玄と甲斐路」読売新聞社刊S62所収記事)

 財界から始めよう。一番強烈な印象と知遇を得たのは故・小佐野賢治氏である。小佐野氏との交際を簡単に書いただけでも決められた枚数で述べることはとても至難のわざである。特に親しくなったのは三十五年の山交事件の時からだ。
 この事件は、小佐野氏が北巨摩の郵便局長小佐野賢治氏のすすめで山梨交通の株を買い、どうせならと一割の株を取得したことから始まる。当時の山梨交通社長の河西皇太郎氏が「すわ、乗っ取りだ。」と西武鉄道の塊康次郎氏をパトロンに株の買い占めにかかった。小佐野氏も「そっちがその気なら負けておられるか」と株主名簿をもとに県下をかけめぐって、買いまくったので、あれよあれよという間にポロ株が千数百円の高値になってしまって、最後は裁判沙汰にまで発展した事件だ。私はこめ時、頼まれて勝沼町の小佐野氏の実家に泊り込み、お手伝いしたことから、事件の解決後も一週間に一回は顔を出し、どんなに忙しくとも三十分か一時間、世間話をするようになった。義理人情に厚く、頼まれれば「いや」と言えない人で、喜んで面倒をみてくれた。甲府市長の故・鹿野啓次郎氏、小松遊覧農場の故・小松安則氏、平塚富士見レイクウッドの大森正男氏など三十年代に小佐野氏に私自身が紹介し、それぞれの陳情を気持ちよく果たしでくれた想い出がある。
 武蔵野映画の河野義一氏は諏訪自動車の大株主だった。「社長は興業界のボスだが、運輸業は素人。専門家の小佐野氏に株を譲ったら……」と口説いて小佐野氏と一諸に新宿の同社に表敬に訪れたことがあった。それにより、小佐野氏は山梨交通−諏訪自動車−松本電鉄を傘下におさめ山梨−長野ラインの交通機関のオーナーになったことも記憶に新しい。
 河野氏は私の新聞社に金が足りないと言うと二つ返事で無利息で貸してくれた親分肌の人であった。晩年には、朝五時すぎになると「まだ、早いかね」と電話がしばしばかかってきたものである。
 早いと言えば、小佐野氏も夜入時すぎには床に入り、朝は明るくなると起きて、京橋の会社には七時には出社していた。ゴルフが大好きで、休日にはほとんどプレイをしていたが、ウイークディはどんなことがあってもやらなかった。あれだけになって、誰にでもまねのできることではない。甲州クラブというゴルフの県人合をつくり、自ら理事長となって県人相互の親睦と援助に尽力したことも忘れられないことの一つである。
 また、小佐野氏は日本航空の大株主で役員をしていた。当時の会長は、やはり山梨県出身の財界の巨頭小林中氏であったが「古屋君、今日、役員会で小林会長に会ったが帰りのエレベーターのなかで『君はまだセックスは現役だろう。どんどんやりたまえ』と大きな声でいわれ赤面したよ」と小佐野氏が笑って話したことがある。

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民話対談 小さな小さな民話の本 (山梨)
<『民話』1975年「」民話と文学の会発行>
語る人 相川文利
 聞く人 佐藤結子
<割注 一部標準語に>
 「アジアの民話」という小冊子が、山梨具に住むおじいさんの手によって出版された。地方の民話を集め考える会が各地に設けられ、民話に親しむ人々が増えている今日、「アジアの民話」を訳し、ガク刷の小冊子にされた、ということに惹かれて、私は、甲府から真に一時問程、電車に揺られて甲斐岩間の相川さんのお宅を訪ねた。東京では、散りかけた桜も、山梨に入ると満開で、期待していたこぶしの花は見られなかったが、二度日の花見をしながらの旅であった。


王様の天国行き インド(相川文利訳)

 ユネスコが出版した『アジアの民話』より、相川文利さんがお訳しになったお話のひとつを紹介しましょう。相川さんはさし絵もビ自分で描いております。絵本を見ながら模写したり、工夫を加えて描きそえたり、素人ながら楽しい本作りを行っております。

 昔のことだったがな。太っちょで愚かものの王様と、彼につかえるずるがしこい大臣様がおったとよ。その大臣様、事あるごとに、自分の智恵を王様に示すようにつとめたから、王さまも、この大臣様がいなくては、夜も日も明けぬようなってしまったとよ。王様が大臣に、「わしを見棄てるようなことはしないと誓ってくれ。」と言うたびに、大臣様はいつも、「どういたしまして、陛下さま。貴方様のいらっしゃるとこなら、この世は勿論、天国でも地獄でも!お伴をいたしますとも。」と答えたってさ。王様はとても満足顔だったって。
 ある晩げのこと、この王様、河の岸辺をプラブラして、宮殿に帰って来なされたとよ。もちろん、かの大臣様もいつものように、そばにおったってよ。突然、近くの森で狐がほえるのを聞いてさ、王様は大臣様に、怪しんで尋ねたとよ。「あんなに、沢山の狐がほえるとは、なぜかね?わしの高貴な耳も、あの騒ぎを聞かざるをえないとはね。」
 かの大臣様、すぐ答えたってよ。「はい、陛下様。ビ存知の通り、この冬は特別に冷えますので、費乏狐どもめが温い着物
もなく、貴方様にせめて毛布のl枚でもと、願うておるんでございます。」
「そうかそうか。それにしてもお前の賢いことよな、狐めのことばも解るとは大したものよ。ところで、毛布が狐どもの手に入らぬとは、一体どうしてかね。」
「実は、係りの役人の怠慢からでございます。」とその役人に怨みを持っていた大臣様、ここぞとまくし立てれば、「くそいまいをしい。その役人を毛布の係りから追っぱらえ。よし、役人を毛布で巻いて、海へほうり込んでしまえ。そしたら、沢山毛
布を買い入れて、わしの親しい友の狐君たちにやってくれ。」と王様は命じたとよ。
 大臣様、大急ぎで、王様のおふれと吹聴したが、王様の命令の前半分だけ役人を海にほうり込み、狐どもへの毛布を買うお金を王宮の金庫番から手に入れ、あとは、毛布は買わず自分のふところヘポッポという始末。
 次の晩、王様はまたしても狐どものほえるのを聞き、「何ちゅう事か?何故未だほえるのかね?」と驚いて尋ねると、
 かの大臣様、すまして答えて、「貴方様にお礼のことばをと、ほえているのでございます。ハイ、陛下さま」と。「こりゃ素晴しい。お前のような賢い大臣を持つ王様は他になかろう。友よ、お前はいつまでもわしから離れないと約束しておくれ。」
「決して決して。私めは天国でも地獄でもきっとお伴をして離れませんとも。」と大臣様、王様に聞く誓ったとよ。
 王様はとても満足したが、それも長くは続かず、突然小さい猪が森から跳び出して来ただって。王様、まだ猪を見たことがないので、「ヒヤーッ、何ちゅう生き物かよな」と大声出したとよ。かの大臣その生き物が何であるか百も承知だったが、胸に一物落ちつき払って答えた「この生き物は、貴方様のお待ちの象の一匹でございます。ハイ、陛下さま。象係りの役人め、餌をやるのを惜しんだあまり、こんな貧相な姿になってしまったので。」と。
 王様は怒って、即座にそんな役人は死刑にしてしまえと命じ、かの大臣に、必要なお金はいくらでも金庫から持って行って、可末相なかの生き物を養生してくれろとの頼み。これ幸いと、又も狡る大臣、王庫から沢山のお金を引き出したが、これも又全部自分のふところヘポッポとよ。
 一月ほど経ったある晩、王様がかの大臣と連れだってのぶらぶら歩きの帰り途、王様の目の前払かの猪が再び跳び出し、びっくり仰天、そばの大臣に、「こりゃ、いつかの飢えた象だぞ、どうしてあんなにしてやったに、少しも太らぬとは。」と不審がると、かの放る大臣少しも騒がず、「いいえ、どういたしまして。あの象は貴方様と同じ位肥えまろんでおりますって、ハイ。陛下さま、この生き物は王宮の台所で、たらふく食べて太った鼠でございます。全くもって、料理人の不注意には。」まあるい、愚かな王様の顔が真赤になって、目をギョロギョロ、口もブツブツ云うばかり、「こりゃなさけない。料理人のやつの不注意で、わしの大事な食糧が鼠に食べられて台なしとは」彼は、料理人に自分の料理をつくったら、ただちに縛り首だと命令したとよ。その夜、その料理人は、ひそかにかの大臣のとこへ一山の金貨を持って行って差出し、大臣が自分の命を助けて下さったら、お礼に王様への特別料理をこれから別に一揃いつくって上げると約束したとよ。大臣様大満足、料理人に「みんなわしに任せ給え、悪いようにはせぬよ。」と胸をボン。その夜おそく、料理人が王緑の目の前で縛り首になるその直前に、かの大臣、大声で、『暫らく、暫らく』と叫びながら登場。王様に言上するに、「恐れながら、陛下さま、ただいま私めが暦
を調べましたところ、この夜おそくのこの時刻は、とても幸運の時でございまして、ただいま縛り首になった者はみんな、天国の特等席に坐れるのでございます。陛下様、たゞいま料理人を縛り首にしては、全く罰することになりませんで、ほめることになってしまいます。罪人をなぜ天国に送ろうとなさるんですか。」と。
 意外にも、王様は青んで跳び上り、「こりゃ好い、とてもじゃ!ずっと前からわしは天国を見たいと思ってた。よし、わしは天国を一刻も早く見たい、代りにわしの首を縛れだが、待てよ」とかの大臣をふりかえり見て、わしの良き友よ、お前はいつもわしの行くとこへはお伴をしますと約束して来たな。わしは天国へ行くとこだで、お前、道案内せい。首縛り役人ども。先ず彼を縛り首に。」と。あわてふためいた大臣どの、ことばを出すひまもなく、護衛役人の鎗先が彼の首にプスリ、縛り首役人が室高く引っはり上げたとよ。王様は役のこの果断なやり方に満足したが、大臣の始末が終るや、縛り首役人は今度は王様をも同じように縛り首にしてしまったとよ。それは本当に彼の欲していた通りではあるが。彼らが天国を見たかって?そんなこと、わしらの知らぬことでさ。

 <写真は同誌に掲載の写真>

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 いろいろな本を読んでいると、山梨のことが載っている小冊子や同人誌・季刊誌などに出会う。この「民話」古書店で無料にてただいたものである。失礼ながら私は佐藤結子さんも、相川文利さんも知らない。

民話対談 小さな小さな民話の本 (山梨)
<『民話』1975年「」民話と文学の会発行>
語る人 相川文利
 聞く人 佐藤結子
<割注 一部標準語に>
 「アジアの民話」という小冊子が、山梨具に住むおじいさんの手によって出版された。地方の民話を集め考える会が各地に設けられ、民話に親しむ人々が増えている今日、「アジアの民話」を訳し、ガク刷の小冊子にされた、ということに惹かれて、私は、甲府から真に一時問程、電車に揺られて甲斐岩間の相川さんのお宅を訪ねた。東京では、散りかけた桜も、山梨に入ると満開で、期待していたこぶしの花は見られなかったが、二度日の花見をしながらの旅であった。

 民話にひかれて

佐藤 いつごろから民話を手がけていらっしゃるのですか。
相川 昨年です.
佐藤 え?
相川 私は薬学の方が専門でしたから、理科の先生をしとって、この年まで、民話をやってみようって気はなかった。
佐藤 すると「アジアの民話」を本にされた動機は?
相川 書くことは好きだったね。日記はずっと十年以上続いている。高校の教師をやめてから、百姓や山仕事のあいまに、聴
な時間を生かして何かまとめてみたいって気はあった。
佐藤 それがどうして民話のお仕事と結びついたのですか。
相川 十月二十日の朝日新聞に記事が出ていた。「アジアの民話」って木をユネスコが出すってね、バングラデシュとカンボジアとかね、アジアの民衆が語った民話というんで、やっとこの本を手に入れたけれど、英語の本でした。これなら自分でも訳せると思った。
佐藤 訳すのは大変でしたか。
相川 それほどでもないが、民話は勉残しとらんしね、じいさんばあさんが「むかし、むかし」って話す、そうした語りの調子を生かすには、さて、どうやって書いたもんか見当もつかん。そうしているうち、まもなく、また朝日に記事が出た。民話と文学の会が季刊『民話』を出すって、小さな記事だったけど」目にはいったわけよ。(笑)
佐藤 私たちの雑誌もお役に立ったわけね。
相川 朝日で載せるんだから、そんなにふまじめな雑誌じゃないだろうと思ってね。(笑)それからもうひとつの動機、これも新聞に出とったことだが、八王子に『ふだん記』ってグループがあって、みなで力をかしあって本を出しているってことを知って、さっそく連絡をとったわけ。
佐藤 そこで出版についても見通しがついたわけ。
相川 いや、みんな立派な本を作っている。でも、そのグループの中に、ほら、日本武道館ってあるでしょ。そこにつとめているおばさんが、ガツ版刷りの童話集を出している。三十五頁ほどのものだけど、なるほど、活字印刷によらんでも、自分のやりたいことができる。そう思ってね。そのおばさん式に学んで本を作ることにした。これならそんなに金がかかるわけでもなし、どこからも反対はでんだろう。うちのばあさんにも怒られないですむと思ってね。(笑)

初めての本作り

佐藤 さて、いよいよ本作りが始まるわけですが、どんな点で苦労されましたか。
相川 ひとくちにガリ版刷りといっても、原紙に書くのはむずかしいもんだね。ことに絵が困る、いちいち消すわけにいかん。そこでせがれが応援してくれて、ファックス原紙を買ってくれたんですよ。これなら鉛筆でやれる。
佐藤 ずい分かわいらしい絵がありますね。ほんとにお上手です。
相川 絵の力はないけれど、下手の横好きでもいいからやってみょう思ってね。孫の絵本をひっくり返して、はて、ゾウはどんな姿しとるかって、調べたりさ。(笑)少しでも面白くしようと、そこが苦労だった。
佐藤 印刷ほこの部屋でなさったのですか。
相川 部屋いっぱいちらかしてね。インク使うしね、こんとき、ちよっとばあさんに叱られたな。(芙)「じいさん、なにやってんだ」ってね。(笑)でも、この本は安くできたんですよ。
佐藤 印刷にかかった諸費用も、ちゃんと日記帳にはりつけていらっしゃる。
相川 見てくださいよ、これ。印刷インク代七百円、ファックス原紙二十枚分が千二百円、紙代、ホッチキスなど、製本代の費用などいっさいがっさい(一切合財)しめて六千七百円、これで本が百十部できた。
佐藤 すると一冊が六十円とちよっと。
相川 安くできたでしよう。
佐藤 でも、労力を計算したら大変なもんですね。
相川 そうそう、二ケ月はかかっているからね。だけれど楽しかった。毎日が楽しくてしようがなかった。
佐藤 近ごろ、特に東南アジアのニュースが多いし、こういう時期に、この本が出ることに、とても大きな意義があると思います。それに、民話のあとに、ところどころ解説がありますね。″カラスの民話″(バングラデシュ)の付記を引用させていただきます。
 「国民の二割が飢えている。バングラデシュは、昨年夏、北部地方を襲った大洪水で、深刻な食料不足を来し、人口七千五百万人のうち、約二割が、飢餓線上にあるといわれています。こうした中で、各国からの食糧援助が寄せられていますが、政府要人の援助物資の横流し、配分をめぐる汚職は、日に余るものがあるそうです。悪いカラスが自ら身を焦がし、正直雀が腹一杯食べられる日の近いことを。」また、ベテル・アレカ物語には、「べトコンに米を与えないため…ベトナム人の大切な食糧資源に枯葉剤が、アメリカ軍によってふりかけられた。大量の敷布により耕地の六割が台無しに、子供を殺し、妊婦を流産させ、一九七〇年、アメリカ政府は、『24五Tの非人道性を考慮して、散布を中止する』声明(朝日新聞誌)」と載せ、南ベト
ナムの森林、田畑のどれだけに枯葉剤が散布されたかと、図を示しております。

旗と労働と

相川 人間は労働しなきゃだめですよ。遊んでばかりいたんではだめだね。労働して、休養があって、始めておもしろいんですから。
佐藤 旅もおすきのようですが…。
相川 この前はばあさんと東北の旅をしましたよ。山形へ寄って、紅花染めの作業場を見学したりね。あそこの人は親切だなあ。
佐藤 おひとりで旅をされることもあるのですか。
相川 今度は、薬学関係の同級会が岡山であってね。遠っぱしりするんだから、一晩泊ってすぐ帰るんじゃもったいない。季刊『民話』に奥丹後半島の伝承がでていたでしよう。よし、奥丹後を回ろうと思ってね。
佐藤 民話にはめぐり合えましたか。
相川 いえ、とてもじゃないけどね、五日なり、一週問なり、その土地に腰を落ち着けてなきゃ、集まるものじゃないよ。だいたい、ま、どういう話があるとかね、予備調査くらいのものならいいけどね、なかなか集まるもんじゃない。
佐藤 奥丹後の印象はどうでしたか。
相川 丹後というのは、山あり、海ありで、ちょっと他とは違った風土で、民話のありそうな所だね。あんまり過度に開けていないから、まだまだ民話があるんじゃないですか。
佐藤 しかし、うらやましいですね。各地を旅なさるし、なさるお仕事もいっぱいあって。
相川 とにかく私は「かなづち丈右衛門」の四代目ですからね。
佐藤 かなづち丈右衛門?
相川 私の書いた随筆を読んでみましょうか。これ、うちの御先祖さまの話なんですよ。
佐藤 ぜひ、聞かせてください。
頼川 「かなづち丈右衛門」 丈右衛門さんが、駿河の旅から戻って来た。馬の背につけた叺(かます)を、家の土間にどかっと落した。「ほうら、みんなで勘定だぞよ。」そのどなり声を待ち構えていた家中の者が土間に集まり、夢中で、差に通した穴あき銭に飛びついたそうな。今はない、母の自慢話の一節である。丈右衛門さんは、我家の四代程前の御先祖である。彼は、農が一段落すると、かねて仕入れた農作物の種を叺(かます)に入れ、馬に付け、駿河へ、そこの馴染の農家へ、種を卸すのだった。収穫を終えたところで代金をいただく、こんな彼の商法が、商業の発達していなかった当時、現金の貴い農家に重宝がられ、彼の精根良さとが、帰りの叺一杯の報酬となって、家の者を喜ばせたのであろう。小原庄助さん流の話であろうが、披は人の遊ぶ盆、正月には家におっては、無駄の質とばかり、暇を悼んで、商いの族に出掛けてしまい、嫁ぐ一方の堅物、かなづち丈右衛門、そんなあだ名が、いつしか彼に奉られてしまったそうな。それが今だに我が家系を属する呼名として続いている。
佐藤 家号だけではなく、あだ名が付いているというのは、おもしろいですね。
相川 そんなわけで、払もそうした血を引いているんでしような。幸いにして、祖先が残してくれた山があるんでね。このごろは山の手入れをする人もいなくて、あちこち荒れ放題ですわ。家でぶらぶらしとるのもつまらんから、ひとつ、わしがやぷを開き、道を作ろうと思った。それだけではない、自分の小遣い稼ぎにと、木を切り出して推茸栽培も始めたんですわ。
佐藤 おひとりで始めたのですか?
相川 ひとりでね。親がいい体力を恵んでくれましたんで、去年は二千貫の木に栽培してね、失敗したこともあったが、いまではもうちょっとしたもんだ。おみやげに、うちの椎茸をどっさり持って帰ってください。
佐藤 都会ではいまとても高価なんですよ。
桶川 ちょっとうちの山を見ませんか。これでも多少は世の中のためになっていると思っていますよ。
佐藤 ぜひ、お願いします。

 その後、相川さんの案内で裏山を歩きながら、お話を聞いた。

 裏山は、相川さんが入る以前は、背丈程も雑草が生い茂っていたという。相川さんが山に通って草を刈り、水はけを良くする為に土中にパイプを埋めているうちに、道ができたのであった。人、ひとり通る道が、正に相川さんの後にできたのである。上水道ができた為に、使用されなくなった清水、相川さんは遠くからパイプでその水を引き、仕事の時に使うという。近所の人々は、山に入って手入れをすることがないので、「先生の山」と呼び、「先生の道」と言っているとのこと。時代に逆行しているようで、寂しいと思うこともあった。と言う相川さんは、けれど、年寄りがやらなかったら、と毎日裏山に登る。
 三年前の山火事で焼けてしまった、元の松林にほ、のびるが生え、れんげ草が地面をおおっていた。すると目の前に朽ちかけた小屋が見えてきた。相川さんが建て、そこで泊った事もあるという。私は、小さい頃友達と造った「秘密の小屋」を思い出し、いつまでも冒険心と夢を忘れない相川さんをすばらしいと思った。
 相川さんはドンドン奥へ入り、一軒の家の縁側に腰をおろした。以前は七軒あったという家も今はその家だけになった。親子三人共笛吹川の蛇行や町並を見渡せる山の上が気に入って、ぽつんと暮している。縁先には梅や南天などの木々と産山面の芝桜がきれいに手入れされていた。出て来た家の人の話によると、笹熊もたぬきも縁の下にやって来るという。その家の亡くなったおばあさんが、民話をたくさん知っていらした。とのことで残念だったが、たぬきと笹熊が縁の下でけんかをしているので家の人が床板をはぐってみたら、たぬきが困ったような顔をしていた。というかわいいお話をみやげに、私たちは裏山をひ
と回りして相川さんのお宅に戻った。

日刊木材新聞記事 平成214月1日
間伐・植林をJーVER(オフセット・クレジット)に認証 15日から申請受付開始

<割注>この記事を読んで、理解できる林業者は少ない。現実離れした林野庁や環境省の「机上可能理論」「机上森林論」から生まれるもので、まったく実際の森林状況を理解していないことがよくわかる。数字の並び遊びと実証のない架空数字や事業が目白押しの林政で、現実的にこのような施策はまったく現実に則していない。
 数十年も間伐事業で産地に木材をそれこそ山積して林道の下に埋め尽くしてきて、いまさら二酸化炭素削減もないものである。机上数字ではどうなっても現在放出量が確認できない以上、今後の間伐はさらに放出量が拡大するだけである。こうした簡単な数字は林野庁は触れずに隠し続ける。また周囲も国会議員も勉強不足から追求や正すことさえ出来ない体たらくを晒している。
 現場や現実離れの林政からはこうした表題は架空机上の物となることは確実である。

 <記事>環境省は、認証した森林管理プロジェクトの野伐・植林等による森林吸収量をカーボン・オフセット推進のための国内認証制度であるオフセット・クレジット(J―VER)制度の対象にすると発表した。プロジェクト申請については今月15日から受
付が開始される予定。
http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=10418 
<環境省オフセット・クレジット(J-VER)制度の創設について(お知らせ)>

http://www.rinya.maff.go.jp/j/press/kenho/090318.html
<林野庁 オフセット・クレジット(J-VER)制度における森林管理プロジェクトによる森林吸収クレジットの認証基準の公表について>

 企業等が自らの温室効果ガス排出量を認識し、ノ主体的に削減努力を行うとともに、削減困難な場合に他の場所での排出削減量等を購入することで相殺するカーボン・オフセットの取り組みでは、国内においては08年11月よりオフセット・クレジ
ット(J―VER)制度として開始されている。
 林野庁と環境省は、間伐・植林等の森林整備による2酸化炭素吸収量を、謡証する森林管理プロジェクトの対象とすることにした。これにより、同制度下で、間伐等の実施による森林吸収量を認証・クレジット化し、カーボン・オフセットに使用することができるようになった。プロジェクトの申請については15日から受付が開始される予定。
 認証されたプロジェクトは、「森林経営プロジェクト」と「植林プロジェクト」の2種類。

まず「森林経営プロジェクト」では、「間伐促進型プロジェクト」と持続可能な「森林経営促進型プロジェクト」があり、「間伐促進型プロジェクト」では07年以降の間伐実施森林が対象.持続可能な「森林経営促進型プロジェクト」では、1990年以降に間伐・主伐・植栽が実施された森林が対象となる。

 「植林プロジェクト」では、森林以外への新たな植林が対象となる。林野庁としては、今回追加された森林管理プロジェクトや、既に対象となっている化石燃料から未利用林地残材への「ボイラ−燃料代替のプロジェクト」も含め、森林や木質バイオマス等の山村資源を活用したカーボン・オフセット等の取り組みを促進することで、2酸化炭素の排出削減に貢献し、森林の整備や山村の活性化を一層推進する。オフセット・クレジット制度内容や手続きの詳細には、気侯変動対策認証センターオフセット・クレジットのホームページを参照。なお森林吸収クレジットは、自主的なカーボン・オフセット等に使用されるもの ので、京都議定書達成計画上の企業等の排出削減目標の達成には使用できない。
<ホームページ記事より>
自社林を所有する企業や、森林育成に携わっている企業は、その管理・経営等の活動を「オフセット・クレジット(J-VER)」プロジェクトとして申請し認証を受け、クレジットの発行を受けることができます。プロジェクトの実施者は、発行された「オフセット・クレジット(J-VER)」を、自らの排出量削減が困難であり他の場所での削減量を購入したい企業等へ売却することによって、収益を上げることが可能になる。

(森林による地球温暖化防止への貢献)
「林業白書」平成18年度版

 森林は、その成長の過程で、地球温暖化の原因とされる大気中の二酸化炭素を光合成により吸収し、樹幹や枝等に炭素を貯蔵することから、地球温暖化の防止を図る上で重要な役割を果たしている。
 また、樹幹等に貯蔵された炭素は、森林が伐採された後も、木材・木材製品の中に貯蔵され続けるため、木造住宅は「第二の森林」ともいわれている。木材・木材製品は、最終的にエネルギー源として利用されることにより化石燃料の使用量を抑制する効果が期待されるほか、焼却等により二酸化炭素を大気中に放出しても、それは元来大気中から吸収したものであることから、新たな二酸化炭素を発生させないという性質を有している。
 このため、健全な森林を育成し、成長した森林から生産される木材を利用し、さらにその跡地に森林を再度育成していくというサイクルを確立していくことは、地球温暖化防止の取組として大きな意義を有するものである。
 また、我が国は、京都議定書による温室効果ガスの6%削減約束の達成に向け、13,00万炭素トン(基準年総排出量比約38. %)程度を森林による二酸化炭素吸収量により確保することとしており、約束を達成するためには、森林の整備、木材の有効利用等を一層推進していくことが求められている。

http://edit.photos.yahoo.co.jp/ph/rinsankakou/slideshow?.thema=7&.spd=n&.full=n&.dir=%2F1959&.src=ph&.view=t&.done=http%3A%2F%2Fphotos.yahoo.co.jp%2Fph%2Frinsankakou%2Flst%3F%26.dir%3D%2F1959%26.src%3Dph%26.view%3Dt&submit=%A1%A1%C1%AA%C2%F2%A1%A1
<森林崩壊富士山>

http://edit.photos.yahoo.co.jp/ph/rinsankakou/slideshow?.thema=1&.spd=n&.full=n&.dir=%2F52ef&.src=ph&.view=t&.done=http%3A%2F%2Fphotos.yahoo.co.jp%2Fph%2Frinsankakou%2Flst%3F%26.dir%3D%2F52ef%26.src%3Dph%26.view%3Dt&submit=%A1%A1%C1%AA%C2%F2%A1%A1
<森林崩壊八ヶ岳>

http://edit.photos.yahoo.co.jp/ph/rinsankakou/slideshow?.thema=3&.spd=n&.full=n&.dir=%2Fc6cf&.src=ph&.view=t&.done=http%3A%2F%2Fphotos.yahoo.co.jp%2Fph%2Frinsankakou%2Flst%3F%26.dir%3D%2Fc6cf%26.src%3Dph%26.view%3Dt&submit=%A1%A1%C1%AA%C2%F2%A1%A1
<サントリー天然水の森>

http://photos.yahoo.co.jp/ph/rinsankakou/lst?.dir=/1c06&.src=ph&.order=&.view=t&.done=http%3a//photos.yahoo.co.jp/
<虫害赤松薬剤処理放置木材の二酸化炭素放出状況>

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