サブやんの気まぐれ調査研究

日本の里山は崩壊します。守るのは私たちです。行政主導の時代は終わり新たな取り組みが求められています。

「生きものの記録」 泉三三彦氏著

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第六話 獣医人妻の股ぐらを診察するの巻
「艶説 生きものの記録」泉二三彦氏著 昭和31年刊

ストリップショウなどというはだか踊りが一世を風靡して以来、女性の裸体美、特に乳房と臀部の美が、公然と鑑賞できるようになったことは御同慶のいたりです。画壇の亘匠ルノア−ルは、「女に乳房と臀部とがなかったならば、自分は決して裸を画かなかったであろう」と、のたまわせられました.ルノア−ル先生の言をまつまでもなく、女性美の焦点のひとつはたしかにこの地帯にあるといってよいでしよう。
盛上っている乳房が、あたかも生きもののようにブルンブルンと動く情景は、男性の血を頭にのぼらせるに十分です。乳房の大きいことを恥じて、無理に乳押えをしたりした古い習慣は愚の骨頂でした。和服で帯を強く乳房の上にしめる様式もすみやかに改良したいものです。従来、日本人はあまりに乳房を虐待しすぎていたと思います。歌麿えがくところの古代の美人画にも、オッパイの美はあまり示されていないのが残念です。
東郷青児さんあたりが、オッパイの美を強調されて以来、オッパイの商品価値がいちじるしく高められたことは喜ばしい限りです。東郷青児さんがオッパイ小僧とかいう、巨大な乳房美人を世に紹介して以来、オッパイ二世、三世が相ついであらわれ、今日ではもう百世ぐらいまであらわれているかも知れません。
小屋がけのストリップショウなどでキこのオッパイ何世かをでんと正面に鎮座させてその拝観料を巻き上げているのがあります。乳房が美の対象として、日本のサムライ共に認識されだしたのは、裸体画、ヌード写真の影響もさることながら、ストリップショウの影響が大であるといわざるをえません。
パラリと脱ぎすてた下着の下に忽然とあらわれて、ブルンブルンとゆらぐオッパイの躍動を見るとき、男性たるものはそこに偉大なるエロ、否、美の再発見をしないではいられません。
従来、日本人には乳房を生殖器の一部だとする思想はなく、単なる授乳用具だとする悲しい思想があって、電車の中などでも、衆人環視のなかで平気でデンとオッパイを引っぱり出して、子供に乳を飲ませていました。外人はこれを見てキモをつぶしたそうですが、今日でもこのような風景は別に珍らしくはありません。元来、乳房はその性能の上からみれば、たしかに生殖器と深いつながりのある器官ということができますから、乳房は羞恥であるべき性質のものでしよう。
お隣りの中国では、乳房はこれを決して人に見せないのを礼儀として、乳房をできるだけ小さく見せるのを美装術の心得とさえしていました。ですから中国婦人は決してわが大和撫子のように、人前で胸をはだけるような失礼なまねはしないようです。
生物のなかで、もっとも高等な部類に属する哺乳類のみが、この乳房という器官をもっています。哺乳類の子供は、人間でも同じことですが、乳房の中央部にある乳頭から出て乳を吸って成長します。乳頭払は十二〜十五の小さな孔が開いていて、ここから乳がにじみ出ます。乳房の皮下にはたくさんの乳腺という管があって、これがこの孔にあつまっているわけです。
さて女の子は色気づいてくると、急に乳房が発達して、やがて椀をふせたような半球形の可愛らしい乳房になります。花もつぼみの頃のこの可愛らしいお碗型の乳房は、次第に皮下脂肪の沈積によって肥大して、体の運動につれてプルンソブルンと波うつように発達してくるわけです。
処女の乳頭は、愛のボタンとよばれ、バラ色に色づいていて、まさに花のつぼみのように美しく、生き生きとしています。
これにくらべると、カビの生えた古女房の乳房などは兎の糞のようで風情がありませんし、オバアチヤンのそれは乾ブドウのようにひからびてしまって全くいただけません。乳房の大きさは、決して、一定不変のものではなく、大きくなったり、小さくなったりするようです。特に妊娠の末期には極大に達することはいうだけヤボというものでしよう。処女の乳房は、左右同じ大きさですが、男を知った女性の乳房は百人のうち七十七人までが、左にくらべて右の方が大きいといわれています。
この原因は、女は性生活がはじまると右を下にして寝る習性があるからだともいわれています。右側を下にして寝るとなぜ右乳房が大きくなるかといいと、脂肪が下側のほうにたまるからだとも思えます。
古代インドの性典「アナンガ・ランガ」という本には、「二つの乳房の大きさや、位置のちがう女を妻にめとるな」ということが書かれています。左右不同の乳房をもつ女は処女ではないという警告なのでしょう。これをきいて、ギョギョッとなる女性もあるかも知れませんが、心配だったら当分左側を下にしていればばよいでしよう。乳房は、元来、哺乳のための器官ですが、男性の愛撫の対象となるところから「愛のポタン」とか、「愛のクッション」とかいわれるようになったものでしよう。つまり性行為における愛の玩具ともいうべきものでしよう。愛のボタンとよばれる乳房はまさに、男性のペニスに共通する性質をもっています。興奮すると充血して勃起します。愛撫をうけたボタンは、水を吸った小豆のように膨脹することはサムライどもは先刻承知しております。
乳房は人間では左右一対ありますが、多産の哺乳顆では、乳房の数も五、六対もあるのがふつうです。この乳房の数は、大体その動物が産む子の数と一致するようになっています。豚などでは、時に乳房の数より余計に子を産むことがありますが、乳房取り競争にアプレた弱気な子は栄養失調で死んでしまいます。
人間は二つ乳房がありますから、双児までは安心して産めるわけです。三つ児以上は計算を誤ったものといえます。しかし、人でもまれに二対以上の副乳というものをもっている例があります。副乳のある女性は百人に四人ぐらいの割に見られるといいます。人間にもこのようにたくさんの乳房がある例は、人間も大むかしは犬や豚のように多産であったことがある歴史を物語っているものでしよう。乳房は女性の象徴ですが、ふしぎなことには男性の肉体にもれっきとした乳房がついているという事実です。この事実から、大むかしは男性も哺乳の役目を受けもっていたのだとも証明されています。アイスランドの言い伝えに、ソールギノルという男があって、婁が分娩後死亡したので、子供をそだてるのに困って、自分の乳房を吸わせているうちに、本当に乳が出るようになったという話があります。これに類する話は日本にも珍らしくありません。
医学的にも、男の乳房から乳が分泌されたという現象は確認されています。面白いのは、男に女性ホルモンを注射すると、乳房が発達してくることです。
こんなはなしがあります。ある女性ホルモン製造工場、で働いていた男が、ある時、乳頭の痛みを訴えたので、医者がしらべてみると、乳弱から乳がしみだすようになっていたということです。これは作業中に女性ホルモンが皮膚から吸収されて、乳腺の発達をうながしたものと思われます。乳房の肉体実は、人間特有のものであって、他の動物の乳房にはわれわれは肉体美を発見することはまずありません。
牛や山羊のピンク色の乳房はちょっとばかり美しく見えますが、あれは製乳機械としての横機械美ともいうべきものでしよう。
哺乳顆のなかで一風変っているのは、カモノハシというオーストラリア産の動物で、乳房というものはなく、からだの表面から乳がにじみ出てきます。哺乳のときは母親は仰向けにひっくり返ります。すると、予は母親のお腹中をペロロとなめてしみだす乳を吸うのです。それにつけても、カモノハシの雄どもは、オッパイというものの魅力を知らないあわれな奴等です。
さて、あるところに、人の人妻がいました。あるとき、乳房をはらして痛くてたまりませんでしたので、近所の医者のもとにかけつけました。ところがあいにく留守でしたので困惑しましたが、ふと近くに獣医さんがいることを想い出して、「獣医さんでも、医者は医者にちがいない」と考えて、獣医さんの門を叩きました。「先生、御迷惑でしようが、乳房がいたくてたまりません。ひとつ、みては頂けないでしょうか?」「いいとも、いいとも、たやすい御用だ。さあこの寝台の上に構になりなさい」というわけで、女は寝台の上に横になりました。すると、獣医は彼女の胸元には目もくれず、ハッと彼女の裾をまくって、下腹部へいなり手をつっこんだので、女はたまげて、ガバッとはね起き、「あれっ先生、何をなさいます!」と、鋭くきめつけますと、獣医先生は、頭をかきかき、「これは失礼しました。いつも牛の乳房を吸いつけておりますもので、あなたのもテッキリとここあるものた感ちがいいたしました!」と、あやまったそうです。

第五話 デパートの掃除人陰毛をバケツに集めるの巻(2)
「艶説 生きものの記録」泉二三彦氏著 昭和31年刊


では−体、人間はどうして毛皮を失ったのでしょうか。
答えは簡単です。人間は衣服を発明して、これをまとうようになったために体毛がすっかり退化してしまったのです。
その証拠には衣服でおおわれていなかった部分は退化が遅れていることからも知れます。脛毛などは、かなり毛皮に近い感じをあたえますし、脛毛のすこぶる長い人もかなりいます。また胸毛がふさふさと生えている人も少なくありません。胸毛男といえば、まず雲助、槍持ち奴を想いおこしますが、胸毛はなにも雲助や鎗持ち奴にかぎらず大名や侍にも多かったにちがいないと思います。ただ服装の関係で外白には目立たなかったまででしよう。その証拠には銭湯にいってみれば、今日でも胸毛男がそこここに見当ります。彼等の中には大名や侍の子孫もいる筈ですからたしかです。雲助や槍持ち奴の子孫だけが銭鴻にくるとは限らないからです。欧米人は概して毛深く、胸毛がふさふさと生えているサムライが少なくないようです。そこらにうろついているアメ公をよく観察して見てごらんなさい。すごい奴がいます。
銀幕でも、しばしば立浜な胸毛男にお目にかかります。ゲーリー・クーパーなども代表的な胸毛男です。先日、私はプロレスを見に行ってシャープ兄弟とかいうものすごい毛むくじゃらのアメ公がゴリラのような姿をして出てきたので目を見はってしまいました。
脛毛男や胸毛男が今日なお少なくないのは、おもうに原始人がはたしで歩き、胸のはだけた襦袢のようなものを着ていたことを想像させます。この被服でおおわれなかった部分の毛皮の退化がおくれたものだと思います。人間の祖先が毛皮をもっていた証拠は、遺伝学でいう、先祖返りという現象でもうなずかれます。これは突然に先祖のもっていた形質が現代人に発現する現象です。
尻尾のある人間や、多数の乳房をもった人間がときに生れることがあることは、われわれの祖先が、かつて尻尾をもち、多数の乳房をもっていたことを暗示するものです。
この先祖返りの一現象として、毛皮をもった人間が生れることがあります。全身に長い毛がふさふさと生えているのです。こういう毛だらけの人間を犬人といいます。顔がスコッチテリアやチンのようだから犬人というのでしょう。
現代人の中に、ときにこの犬人が生まれる事実はは、とりもなおさずわれわれの遠い先祖が、みな全身にふさふさとした長居毛皮をもっていたことを物語るものでしょう。
人間の毛皮喪失論のついでに、頭髪についても一言触れておきましよう。
原始人は帽子というものを久しい間、知らなかったので、頭部の毛皮は今日まで残っています。帽子を発明するようになると、頭髪は急激に退化をはじめ、禿頭という珍現象が起ってきました。禿頭というのは、どうやら人間特有のものらしいのです。獣類が老いて禿頭になったという話はききません。
帽子をかぶると東部の栄養が害されて頭髪が抜け落ちるようになります。このことは、年中帽子をかぶっている軍人に禿頭者が多かったことからも容易に納得できると思います。
禿頭は男に多いのですが、これは男は古来戸外に出てはたらくことが多かったので帽子をかぶる習慣を早くもったためでしよう。女はむかしから、もっぱら家にあって帽子をかぶる習慣がなかったために、女の禿頭というものは凶でも少ないわけなのでしよう。
一説には、頭脳をつかうと禿頭となるといわれていますが、してみると古来から頭脳をつかったのは専ら男で、女はあまり頭脳をつかわなかったことになります。「うん、なるほど!」と思い当る節もなくはありませんが、女性をケイベツすることは紳士の好むところではありません。
また禿頭者には悪人が少ないという俗説がありますが、何も極悪人の定九郎や石川五右エ門が総髪だったからといって、禿頭者がすべて善人である、というロジックは成立たないと思います。
さて失礼ながら陰部の毛皮ですが、ここの毛は人体のなかではもっとも獣類に似たものなのです。頭髪は細くて素直ぐですが、この部分の毛は太くてカールされています。頭髪はその横断面を顕微鏡でのぞいてみると丸くて、そのしんとなっている髄質も細いものですが、この部分の毛は横断面が三角形になって角張っていて、結質も極めて太いのです。これは獣類の毛の特徴でもあるのです。この部分の毛は興奮すると抜け落ちるといわれています。
あるデパートの掃除人の話によると、デパートでは掃き集めると毎日バケツ一杯のご婦人この落とし毛があるといいます。
ご婦人というものがデパートでなぜ興奮するかということは、私などの知ったことではありません。この陰部の毛皮が獣類の毛皮に性質が似ているということは、まことにふしぎです。
前の論法からいうと、人間がエデンの国から追放されて、はじめて裸身にまとったものは、陰部をかくすためのイチジクの葉であったのですから、ここの毛皮は一番早く退化してよい筈であるのに、今日なおほとんどむかしの原型を保っていることはふしぎです。これこそ性にまつわる紳秘というものでしよう。
さて、この毛皮にまつわる物語りをのべなければなりません。
さるフランスの片田舎に雑貨商をいとなむ夫婦が住んでいました。この亭主というのはきわめて正直な男で、これまで嘘というものをついたことがありませんでした。ある時、商取引きのために花の都、パリに行くことになりました。「ねえ、あんた、取引きの模様を逐一、わたしに報せしてね!」と、妻君はいいました。「うん、いいとも、いいとも!」と、亭主はかたくこれを約束して旅立ちました。いよいよ、パリについて見ると、あまりの繁華さに目をうばわれるばかりでした。商品はよだれが流れそうなほど欲しいものばかりですし、それにパリの女ときたら、とうてい片田舎では見ることもできないほどの美人ぞろいでした。雑倉屋はついフラフラと、ある女郎屋の門をくぐってしまったのです。ドロ臭い女房にくらべると、これはまた何と素晴しい天女でしよう。−夜の甘い夢から覚めると、雑貨屋はさっそく女房に約束の取引の報告をするために、郵便局におもむきました。そして、つぎのような電報を打ったのです。
「シミーズは上り、ズロースは下り、毛皮は上ったり、下ったり」まことに世にも正直な男のはなしです。

 第四話 令嬢が笑うと失尿するの巻(1)
「艶説 生きものの記録」泉二三彦氏著 昭和31年刊

女房と犬を連れて散歩に出かけたら、犬の奴は、電柱があるたびに小便をかけていきます。
「電柱に敬意を表していくのはいつも雄だね」と、私がいうと、「きまっていますわ、雌がやたらに立小便ができますか!」
と、女房がいいます。なるほどもっともなことです。
犬が電柱などに放尿するのは、自分の努力範担の縄張りを他の犬どもに表示する目的をもっているといわれています。 「しかしまあ、よくもああ小だしに出せるものねエ1」と.女房は妙なことに感心しています。
翌日、私が象から出がけにひよいと見ると、お隣りのアメリカさんの物すごく逞しいシエパードが、家の前の電柱に放尿していました。私の愛犬が昨日縄張りの表示を行った電柱です。アメリカさんのシエパードはちょっと臭いを嗅いで見て、自分の小便でその上塗りをやらかしたのです。
その日の夕方、私は家の愛犬を連れて散歩に出かけました.例の電柱のところへ連れていくと、愛犬はそのにおいを嗅いでみて、「これは、かなわん!」とでも思ったのか、コソヨソと尻尾を巻いて引き下ってしまいました。情けない話です。
それにしても・犬が尿臭を嗅ぎわけて、同族の強弱を感知する本能には驚くほかありません。
カエルルを追いかけると、失尿しながら逃げていきます。敵に小便をひっかけて、その目をくらますのだともいわれています。
カエルの放尿ぶりをみでいますと、カエルは後方に向かって、ピユッと小便を出します。筒先が其うしろを向いているからです。そのうしろに向って放尿する動物は、ほかに払もあります。カンガルーがそうです。私は先日、動物園でカソガルーが小便をするのを根気よく待っていましたが、やはり予想通り真うしろにむかって放尿するので安心しました。ずいぶん物好きなはなしですが、これを観察して確かめておくのも商売です。カンガルーの筒先は確か真うしろを向いています。
 セミも逃げるとき、オシッコをひっかけます。
 私が、かつて帝国陸軍の兵隊だったころ、兵隊仲間で「セミ」と称する私刑がありました。初年兵を電信柱にのぼらして、はるか上の方から小便をさせるのです。ところが、よほど豪胆な奴でないと中々小便が出ないのです。気をゆるせば墜落するし、下の方ではいじの悪い古兵たちが大勢見ているのですから、すっかり緊張して中々催さないのです。すると下の方から、
「おい、ミンミンミンといえば出るぞ!」というような声がかかってきます。どうしても出ないで下りてくると、ピンタを食わされて目から小便が出てしまうということになります。
セミはオシッコをひっかけるので、これから思いついて、「セミは利尿剤として効能がある」といって用いている人があります。ばかげた話です。
ニンジンの黒焼きは、寝小便を治すといって、これを売出して大もうけをした男がいました。小便を煮つめて、黒焼きにしたものも効果があるといわれています。しかし、これらは果して効果があるかどうかは保証の限りではありません。
そういえば、近頃、妊娠している馬の尿を煮つめてホルモン剤をつくり、大もうけをしている薬屋さんがいます。妊娠している女房の小便も無駄には捨てられないわけです。
われわれは、毎日、五合乃至六合の尿を排泄しています。一人平均、年二石という勘定になります。この尿からも、ホルモンが回牧されます。わが国全人口の尿の生産量は年二億万石ですから、ホルモンを回収すると何千方円にもなるでしよう。小便はまさに黄金のスープです。
動物は興奮すると、一般に失尿する性質があります。失尿とはおもらしのことです。私の愛犬などは、頭をなでてやると嬉しさのあまり必ず朱尿します。私が中学生時代に、気の小さい奴がいて、授業時間中に教師に指名されると、きまって失尿するというなさけない奴がいました。
また、ある知り合いの、お嬢さんで、とても笑いじょうごの麗人がいました。この麗人は笑いこけて、やっと笑いいがおさまると、きまって便所にかけこむのです。このお嬢さんはがなぜ笑ったあと便所にかけこむのか、私にはちゃんとわかっているのです。学術的に説明すると、強い感動によって、副腎髄質から分泌されるアドレナリンの作用によって、交感神経が刺激されて、括約筋がゆるむことに原因するのです。
彼女とのランデブーのとき、あまり興奮して矢尿するというような、あさはかなことは止めていただきたいものです。もっとも、矢尿するほど興奮するようでは恋も実をむすぶかも知れ知れません。こらえに、こらえていた尿意を、サッと発射する爽快味はまさに天上にのぼる感があります。天上にのぼるといえば、飛行機に乗るとはじめのうちは小便が出たくて困るそうです。こらえていた尿を発射して、終りに近くなると、全身にブルッと震えがきます。冬の寒い晩、ひそかに立小便をしたときなどもこのふしぎな震えがきます。この震えは、「最後の一滴をふるい落すしくみ」だともいいますが、あの震えは放尿によって体の熱が急にうばわれた為に、塞くなって身震いするのだと私は思っています。
太宰治の有名な小紋「斜陽」に出てくる物語りに、衆婦人が庭のしげみの中で立小便をするところがあります。太宰氏払よると、費抒人呼立小便を好むものだそうです.
私の心やすい、さる斜陽族の奥さんに、念のためにきいてみたら、「わたしも、しょっちゅうよ」といったので、たまげました。
さて、フランスはパリに貧乏な絵かきさんがいました。ある夜、「今日、われ欲情す」とつぶやきながら、プラリと女郎買いに出かけました。やがて欲情氏はうかぬ頚をして帰ってきました。見ると、アンモニアの匂いのする黄金色のスープをいれた洗面器をかかえていました。友人がいぶかしがって、「おい、そりやなんだい!」と、たずねると、「今日は肉が高かったので、スープで我慢したのだ」と、馬鹿面をして答えました。


第五話 デパートの掃除人陰毛をバケツに集めるの巻
「艶説 生きものの記録」泉二三彦氏著 昭和31年刊

 「ねえ、貴方!」と、女房が妙に甘ったるい声を出して袖をひきます。ここは銀座の、とある毛皮商の店先きです。銀邪の襟巻が、これみよがしに吊るしてあります。
 「一万円なら安かないこと!」と、女房は狐のような目付で亭主の顔色をうかがっています。「おい、よく見ろよ、丸がも一つ余計についているんだよ!」すると、女房は失恋した牝狐のようにションボリしてショーウインドを離れました。亭主ホットしながら、「人間には、なぜ毛皮がないのだろう。毛皮さえあれば、何も好んで狐風情の毛皮を欲しがったりはすまいものを」と、考えました。
獣顆はどいつもこいつも立派な毛皮をもっています。河馬や鯨は毛皮をもっていませんが、そんな奴は水の中にもぐっていてもらいましよう。水の中にすむ動物でもオットセイなどは中々六派な毛皮をもっています。ラッコの襟巻きなどは、田舎代議士や金貸しなどがさかんに愛用しています。
私はいつも動物たちをみると、つくづくあの立派な毛皮をうらやましく思います。虎や豹のあの派手な豪華な毛皮はどうでしようか、知らず知らずに頭が下ります。もっとも頭が下るのは値段を見ての話ですが。
熊のあの艶々した暖かそうな毛皮などはまことに羨やましい限りです。人間は、河馬や鯨なみに毛皮がありません。まことにお寒い話ですが止むな得ません。負け惜しみをいうようですが、人間とても、大むかしから決して裸であったわけではありません。ゴリラやチンパンジーなどの、野人猿という人間の親類を見れば白から明らかでしよう。

続きあり

「艶説 生きものの記録」泉二三彦氏著 昭和31年刊
第一話 ポネリア虫恋人の子宮内に監禁されるの巻

むかし、黒海の沿岸にアマゾーン国という女ばかりの国があって、すこぶる好戦的なので有名でした。彼女等は攻城野戦を得意とし、すこぶる勇敢でした。右の乳房が隆起していては、弓を射るのには邪魔になるので右の乳房を切取ったとさえ伝えられています。女軍に悩まされる男性の哀史はこの時からはじまっています。
古代エジプトのクレオバトラの魅力には、さすがの英雄シーザーもへタヘタと参ってしまい、アントニウスも彼女の美貌に身も心も奪われて大事な国事のことなどはすっかり忘れてしまいました。偉大なる男性も一女性の前に出てはてんでお手あげというものです。西大后は才色兼備、幾多の男性を手玉にとって、ついには皇帝さえも幽閉してしまい、政権を独占して、久
しきに亘って清国の政治を左右した女です。恐るべきは女族であることは、むかしも今も変りはないようです。
近頃、わが国でも、男女同権が叫はれるようになって以来、男尊女卑の封建思想は崩壊して、女性が進出する御時世になりましたが、さてこれからが大変です。男女同権はやがて、女尊男卑へと発展するおそれが多分にあるからです。
 アメリカ漫画の「親爺教育」のジグス氏のように、しょっちゅう妻君に麺棒でなぐられて暮す哀れな亭主もぞくぞく出はじめたようです。男性たるもの大いに要心が肝要となりました。
 女性を軽視しために、のん兵衛女代議士にはかられて大臣の椅子から、とりおちた御仁もいたようです。最近の国会でも議長席を女族に占拠されたという事件がありました。
 恐妻クラブなるものが結成されて、世のサムライどもが協同戦線をはろうとたくらんだりしていますが、所詮家庭においては、女房の前に頭があがらないことでしよう。′
 さてここらでちょっと生物界における男性の地位というものをのぞいてみましまう。
動物の中で男性が最も美しいのは鳥類でしよう。鳥顆の雄には派手な羽根を飾りたて鳥類の雄たちは、繁殖期にあの手この手で雌にモーションをかけます。
孔雀の雄は、雌の前で極彩色の尾羽をパッと扇型に妨げて、「これでもか、これでもか」、というように一生態命に雌の歓心を買います。
 沙漠にすむ駝鳥は長い首を砂の中に突立てて、脚で拍子を上りながら、雌の廻りをグルグル踊りながらまわります。このような雄の行動はすべて雌の歓心を買うためのものです。
 近頃は、人間も男性の地位が薮落するにつれて、男性がオシヤレをしはじめたようです。男のパーマネソトや薄化粧はすでに珍らしくはありません。赤いチェックのシャツ、真っ黄色い上衣、間青なズボン、極彩色の靴下、花模様のアロハシャツ、等々。これらのサムライどものいでたちは決して鳥類の雄どもにひけをとるものではありません。
 それに近頃は、鼻の下を長くして足で拍子をとりながら女性のまわりをグルグル廻るジルバというダンスもあるようです。これなどはまさに鳥類のダンスと軌を一にするものです。ここには、女性中心的な思想が感ぜられます。
 魚類にいたっては、カカア天下がむしろふつうです。
 タツノオトシゴの雌は、卵を、雄の腹にあるポケットの中にぴりぴりと産みおとします。雄はこの卵を、後世大事にそだてて、仔魚になるまで一生懸飴に子守番をします。妻君のほうは卵を産むとノホホンと遊びに行ってしまうのです。
深海にすむアンコウの叫撞は、雌はきわめて大型の堂々たる魚ですが、雄はその何十分の一にも足りない小型の魚です。暗い深海を雌がゆうゆうと泳いでいると、ときたまこの小型の雄に出会うことがあります。すると雄は必死になって雌な追いかけ、離れまいとして雌のからだに喰いつきます。するとやがて雄のからだが、雌のからだにくっついて、ついには雌のからだ
の一部にされてしまいます。
 このばあい、雄というのは雌のからだの一部にある小さな突起にすぎないことになります。
 昆虫に.なると男女関係はむしろ怪奇です。カマキリの雌は、交尾中、法悦忘我の境をさまよう雄を食いはじめます。カリ、カリ、カリという雄を食う音ほど異様なものはありません。雄の奴は食われているにもかかわらず、逃げようともしません。体が三分の一ほど食われてしまっても、まだ雌にしがみついています。全くあさましい奴です。
 コウロギの雄たちは、美音をはりあげて、秋の夜長を、雌の前でノド自慢大会を開きます。彼女のハートな射ぬいた幸運児の雄は、想いかなって交尾をしますが、交尾がすむと,とたんに雌にとって食われてしまいます。恐るべきはメスの食欲であり、哀れるべきは雌の性欲です。クモの雌は雄より体が十倍も大きく、クモの巣の中央に鎮座しています。雄は綱の奥の方にぶら下がっていて、メスに切ないモーションをかけます。網をゆすったり、近づいてみたりウインクしてみたり様々の手練手管の限りをつくして雌の気を引いてみます。「頃はよし」と思うと恐る恐る雌に紀づいて、彼女の休にちょっとさわってみたりします。
 この雌の体にさわってみる動作は、彼女が空腹であるかどうかをテストするものらしいのです。雌は腹が空いていると、雄を捉えてパクリと食ってしまうからです。
 クモの雌も、また性欲よりも食欲の方が旺盛らしいのです。彼女が「おいで、おいで」をすると、雄は危険を犯して彼女を抱きにかかります。クモの雄は交尾が終ると、さっと身をひるがえして逃げ出します。カマキリやユウロギの雄のようにポヤポヤしていないのは利巧着です。クモの雌は、交尾中から、終ったら雄の奴を食ってやろうとたくらんでいますから、雄が逃げ出すと「やらじ!」と追いかけます。捕まったが最後、この小粒の伊達男は喰われてしまうのです。
 このように、交尾はクモの雄にとっては、文字通り、「危険な関係」です。
 人間の紅会にも女郎蜘蛛はいたるところに網をかけています。伊達男たるもの、御用心!御用心!
海底の泥のなかに棲んでいるボネリアという環虫は実に愉快な動物です。この動物はグニヤグニヤしたからだの妙な恰好の気味の悪い虫です。
 ボネリアの雌は体長lメートルどもある大きなからだをもっていますが、雄はわずかに五ミリメートルほどしかありません。しかし、これだけでは別に驚くにはあたりません。大変なのは雄の数奇な運命です。
′ ポネリアの雄は若いときに、雌に丸呑みにされ、雌の体内に幽閉されて一生を送るのです。しかも、監禁されている期間は雌の生殖器の中なのです。詳しくいうと子宮の入口なのです。
 亭主を−生、腹中に執っておく雌も雌なら、ノホホンと妙な場所に納まっている雄も雄です。「そんな雄なら、俺もなってみたい!」などというサムライがいるかも知れませんが。
 このように哀れにも細々と男性の地位を保っている動物はまだいい方で、動物の中には子を産むむためには雄を全く必要としないものもあります。
 ミツバチの女王は、交尾をしないでも自由に雄蜂を産むことができます。
  「ああ、妾は彼氏が欲しくなったわ」と思ったら、彼氏になる卵を自由に産めるのです。もっとも、この彼氏も一人前になって女王のお相手をつとめるよなると、それからはいけません。交尾がすむと働蜂どもに散々小突かれてゴミのように巣の外に掃きだされてしまうからです。
 ミジンコも、夏期には雌だけでさかんに子を産みます。雄などは全く相手にされません。聖母マリアは聖霊に感じてイエスを堕胎したといいます。これは不思議なはなしです。しかし、処女受胎という現象は生物界では別に珍らしいことではありません。
 カエルなどでも、推なしに子を産ませることができます。
 カエルの雌の腹中から卵をピンセットでひっぱりだして、色のついているところを針の先でちょっとつついておくと、卵がかえってオクマジャクシになることもあります。うまく育てると、この処女受胎のカエルも一人前に成長します。
 海岸の岩の問にすんでいるウニやヒトデの卵などは、容器に入れて、金槌でコツコツと容器のへりをたたくと、その振動で発生をはじめて育ってきます。こうなると「雄とは、金精なり」ということにもなります。まことに情けない次第筋です。
 この処女生殖は梅物界でもみられます。高等な組物は花を開いて、実を結びますが、花とは元来生殖器です。花粉は動物の精子にあたり、子房の中の卵細胞が卵であるわけです。ですから花粉が雌しべの頭につくと、長い花粉管という管がのびていって、子房のなかの胚珠というところにある卵細胞にとどいて受精が行われ、種子ができることになります。
 ところが・ドクダミやシロバナタンポポやヒメジョンなどの植物は、花粉がつかなくても処女生殖で種子をつくることができます。こうなると男性は全く無用の長物です。
 人類は幸いにして処女幕によって生れできたものは、キリスト以外には一人もいません。もっとも人為的処女生殖は科学的には決して不可能なことではないかも知れません。
 しかしやたらに処女幕などをやられては、男性にとってそれこそ一大事です。
 さて、まことに哀れむべきは他の男性です。世の女性の方々に申し上げておきましよう。恋愛は人生最大の歓喜です。特にそれは女性にとっては、人生そのものでさえあるのです。男性なくしても子は産めるかも知れませんが、決して恋愛は成立ちません。恋愛の相手が欲しかったら、もっともっと男性を大切にしていただきましよう。

さてフランスの小ばなしをつけ加えておきましよう。パリの都にマリウスという夫婦がすんでいました。マロニエの花咲くころめでたく愛の綽晶ができました。ある時、マリウスは妻君と別れを惜しんで商用に旅立ちちました。この留守中、愛の結晶いぶかしげにひとりごとをいうには、「変だな、今日は知らないおじさんが、レインコートを着てやってきたぞ!」

艶説 生きものの記録」泉二三彦氏著 昭和31年刊
第三話 コウモリの睾丸を引上げて飛行の巻

夏の夕方うす暗い空をヒラヒラと飛んでいるコウモリを見ていると、何か怪奇めいたものを感じます。
コウモリはたしかに魔性の動物といえるでしょう。
コウモリをとらえて観察してみると、その風貌はネズミそっくりですが、前肢の指間に膜がはられて翼になっているのが特徴です。
ケモノと名のつくもので、このように自由自存に空中を飛んでまわることができるものは、コウモリをおいて他には見当りません。というと、そこらの物知り博士が、「ムササビやモモンガも空中を飛ぶではないか」と、横やりを入れるかも知れませんが、ムササビやモモンガは」空を滑走するだけのはなしで、飛翔するわけではありません。
コ一モリが空中を飛翔するさい、面白いことには、邪魔もののキンタマを釣り上げて飛びまわることです.
コウモリという奴は、何百万年ものむかしから空を飛ぶようになったものでしようが、空を飛ぶときに、空気の抵抗をうける邪魔なキンタマを腹中に釣り上げるのです。
以前、飛行機は車輪がぶら下ったまま飛んでいましたが、この車輪が空中では、空気の抵抗をうけて邪魔になるので、近頃の飛行機では、飛行中は車輪を引き上げるようになっています.
こういうしくみをコウモリはとうのむかしから心得ていたわけです。私が、この間しらべたところでは、片方だけのキンタマを釣り上げて飛んでいるコウモリがいました。何のシヤレだかとんと判りませんが、片方のネジがゆるんだのかも知れません。因みに、コウモリは蚊のはばたきのような微かな音も、聞きとることができます。
ドイツの科学者で、このコウモりの耳の椅造をしらべて、泣代的聴音器を完成した人がいました。
あの無気味なコウモリにもローマンスはあります.
タ焼が赤々と西の空を染める夕暮たまに美しい空をうち仰いでごらんなさい。そこには、恋に狂う雌雄のコウモリが妖しくも楽しげに恋愛遊戯に熱中しています。コウモリは雌も雄も、黒い布のようにヒヲヒラ飛んでいるので雌雄の区別はちょっとみただけでは判りませんが、空中で会っては離れ、離れてはまた近寄ってたわむれているのは、彼と彼女の一つがいのコウモリです。よく観察していると、雌雄のコウモリは、空中でパッと出逢って、一瞬たがいに翼を重ね合わせて、まるで黒布二枚ピッタリと合わせたような形になります。
ああ、その瞬間こそ、「厳粛なる瞬間」なのです。まさに、せつな的な関係です。しかし、この瞬間的享楽も物理的には、極めて合理的な閑係であって、もしもコウモリが、人間のように、あるいは愛犬ポチのように、悠長に時を楽しんでいたら、たちまち久米仙人のように地上払墜落してしまうことはたしかです。
「快感は、時間払正比例するものなりや否や?」というむずかしい問題は、街頭録音でもして広く民意に問わなければ判りませんが、コウモ夫妻は、この瞬間的、刹那的快楽感に十分満足しているようです。
一般に鳥顆などのように↓、空を飛ぶ動物の交尾は、きわめてアッサリした瞬間的快楽型に属するものですが、これは元来、空を飛ぶという特殊な生治環境に適応するためのもので、交尾のごときも最小限の時間ですむようになっているものだと思われます。
したがって、交尾器も陸上動物にくらべると構造も簡単で、不完全になっています。コウモリもこの点鳥鞘に似ています。
同じ鳥類でも、水鳥の方は、水上でたわむれるので、その方は中々ヒツッコイようです。
さて、コウセリ専売の空中交尾がすむと、雌コウモリは雌同志相集って団体をつくります。ゴクモリ婦人会が結成されるわけです。そしてこの婦人団体は、木の洞や、岩窟などのうす暗い穴倉に入って、女群のみの共同生活をはじめます。この集団は全く男子禁制であって、約一ヵ月半というものは全然雄を寄せつけません。ときたま未練がましい雄コウモリがまぎれこんできたりすると、女群は共同戦線をはってこれを追い出してしまいます。まさに婦人専用車に男性が紛れ込んできたような具合で、雄の惨めさはさこそと同情されます。
コウモリが洞穴の中で休んでいるときは、後肢でブラさがったり、洋傘のようにダラリとしていますが、妊娠した雌は、反対に翼の先についている爪のようなもので頭を上にしてプラ下り、尾をお腹の下に曲げこんでいますから、それとすぐ判ります。子供が生れると.ベビ−コウモリはキョトキョトしながら母コウモリのお腹にかじりついておっぱいを吸って大きくなります。子持ちのコウモリは、子を抱いたまま空中を飛翔します。子供が大きくなると、親コウモリは子供をちょっと空中に放して滑空の練習をさせ、墜落しそうになると、あわてて抱きかかえます。このようにして、飛行術を伝授します。
コウモリで想い出すのは、支郷料理にでる「蚊の目玉のスープ」のことです。このスープの中には、小さなコリコリした蚊の目玉が無数に沈んでいるまことに珍な食物です。
あの何千、何方という蚊の目玉をどうしてあつめたものかと不審に思うお方も多いと思いますが、あれは実はコウモリの糞が原料なのです。
コウモリが捕らえて食べた蚊が、体内で消化されて不消化の目玉だけが、糞中に無数にたまります。ですからコウリの糞を水にとくと、無数の蚊の目玉がころげ出てくるわけです.鍾乳洞などの中などに積っているコウモリの糞が高価に支部料理屋に取引きされることはご存知ない方も多いでしょう。ひとつアルバイトに糞あつめをやってみてはいかがですか。
コウモリで、もう一つ連想するのはコウモリ傘でしよう。それでコウモリの話は、コウモリ傘で結びとしましよう。
さて、処女の処女たるゆえんのものは、処女膜というものがあるからです。紡婚の夜、これが破られて、はじめて人妻となるわけです。むかしは、結婚の夜に処女膜が破れて出血しない嫁は、身持ちが悪いといって、おっぼりだされたほど、その存在は尊ばれていました。
さて、あるところに非処女の花嫁さんがあって、結婚の夜を如何にして処女の如くよそおうかと思案のあげく、羊皮紙をあそこに挿入して、処女膜の代用品にすることにしました。三々九度の盃も終り、万事首尾よく運びましたが、花婿がふしぎそうにいうには、「僕はステッキをもっていったんだが、帰りにはコウモリ傘をもってきてしまった」

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