サブやんの気まぐれ調査研究

日本の里山は崩壊します。守るのは私たちです。行政主導の時代は終わり新たな取り組みが求められています。

山梨県森林事情

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失われゆく森林資源
大面積皆伐
これまで私は山というものは、奥地へ行くほど鬱蒼と森林が茂り、自然かその法則に従って岩肌を見せるまでは、破壊を免れた植物たちがしだいに原始の色を深くして迫ってくるものと考えていた。
しかしいま日本の森林は、人の口にふれない奥地ほど惨たんたる姿に変わっている。樹齢何百年という巨木の生い茂っていた山ほど丸坊士にされて、無気味なはげ山の連山と化している。それは都市に代行して国が手を下した木材資源開発の跡であり、国民の財産掠奪の大事業の証しでもあった。「はげ山を見たら国有林と思え」といいたいほどに国有林の荒廃はすさまじい。
林野庁が、大面積皆伐を主軸とする国有林の経営を強行しはじめたのは、昭和三十年以降である。その背後には増大する木材需要に加えて、林業のにない手であった山村からの人手の流出と林業への意欲の減退があり、また里山を占めていた民有林での木材資源の枯渇があった。
日木の森林面積の三分の二は民有林である。しかしその実態はといえば、林業者の90バーセソト以上が農業の傍ら裏山の木を伐るといった零細林業で占められ、残る数パーセソトが優良林を持つ大山林地主である。特に石油が薪炭を駆逐してからの林業の凋落は著しく、そのうえ規格化された外材が輸入されるようになってからは、もはやはとんど自立できる状態ではなかった。林業には米のような価格も支持もない。いわば零細な林業者たちは、高度経済成長政策、最も早くから犠牲者として、都市へかり出されたのである。
現在でも、山村にとどまって林業を守る人たちに「あなたの職業は」とたずね、兼業しているものすべてをあげるように頼んでも、農業とか土木事業などの季節労務はあげえても林業をあげる者は非常に少ない。明らかにに林業にたずさわっていてである。林業地帯での意識調査の途上私はその現実に気づき、改めて林業の置かれた状況のきびしさを思い知らされた。世界に誇ってきたこの森林国は、いつのまにか林業を見捨ててしまったといえる。
こうした状況の中で国有林だけは、外部経済に左右されることない維全な経営によって、国土の守りとして残されるべき国民の財産のはずであった。
しかし国有林野事業は、林野特別会計による独立採算制のもとに置かれていたのである。林野庁はその財源をまかなうためには木を伐って売らねばならず、木を伐って売ることが国有林経営の大前提であり、目的でもあった。
一方里山での資源が尽き、大山林地主は木材を売り惜しむといった状況のなかで、木材需要は増大する一方であった。木材の価格は木の搬出費に左右される。搬出に困難な木材こそは、消費地近くの里山で生産されればこれほど望ましいことはなく、その意味では水と同じだといえる。奥山へ資源を求めればそれだけ価格は高くなり、それは紙パルプ資本や大手木材業者の望むところではない。資木の要請に応えるためには、伐採、が奥地へ進むほど合理化は必至であった。
こうして徹底した介理化が始まった。木馬道に頼り、あるいは伐った木を谷に落として筏に組んで流送した千仕事の時代には、木材の大量生産が物理的に阻まれたばかりでたく、伐るべき木も一本一本慎重に選別され、周囲の樹木を痛めぬよう人手と時間をかける自然への配慮も怠られることはなかった。が、もはやそうしたゆとりは許されず、明治以来最も効率的な搬出手段であった森林欽道さえ非効率的とされた。大規模林道が建設され、その林道の行くところ手当たり次第森林はなぎ倒され、山の木を総ざらいすることになったのである。伐採にはチェーソソー(ガソリソエソジソを利用した携帯用自動鋸。これによって山林労働者の間に「{白ろう病」という職業病が発生して問題化した)が採用され、トラクターでの伐採さえも行なわれた。伐った木を林道へ集めるにはエソジンをかけたワイヤーロープが活用された。木材搬出の技術は、急峻な山河地帯に営まれてきた日本の林業の、誇るべき遺産だった。そしてワイヤーローブの方式も、そうした伝統的土壌の中から生まれたものであった。ひとつには川が変えられ、流送がきかなくなってしまったことにもよる。ダムが建設されては、林業は川に頼るすべを失った。山と川との有機的関係は断たれ、林業は山の中だけで搬出を処理しなければならなくなった。
ワィヤーロープの方式も大規模林道による自動車での搬送も、それ自体大面積皆伐を指向する。民有林で用いられているワイヤーローブは、山が小さいこともあってロープも短く、動力を用いずに高度差だけを利用するものがほとんどであるが、国有林で用いられているものは約㎜H400メートル、長いものでは1500メートルほどもあり、しかも動力を使う。せっかく苦心して取りつけたローブに択伐(伐る木を選んで“疎らに伐る方式〕などでは機械化の意味がなくなってしまう。こうした搬出の技術からの指向もまた皆伐に拍車をかけた。皆伐はワィヤーロープや林道の高度利用であるばかりでなく、伐採作茉が他の樹木への配慮を不要とする点でも効率的であった。
けれども皆伐は、林業の資本維持の原則さえ放棄して資本を食いつぶすことにほかならなかった。もともと森林は、わずかでも伐採されると自然環境の調和が破られ、付近の成木と稚樹を損傷し、一時的に生産最が低下する。その回復は伐採で生じる空間の広いほど遅れ、皮焼が生じたり風倒木ができたりする。まして皆伐は森林にとって決定的な環境破壊であり、日本のように急峻な山庁川林では土壌そのものまで失うことを覚悟せねばならない。
 
国際水文学協会会長、HG・ウイルムによれば、「人為の加わらない森林植生は生育するにしたがって、浸透性土壌ができやすいように環境を作るようになる。有機的落葉層は地表に貯えられ、それが分解し始めると、有機的分解物質はA₀層(著者注・有機物質の体積した土壌の最上層)に入り、バクテリヤや植物、動物が土壌形成に着手する好条件を与える。またこれを育成する根系は最表層を通して浸透し、これが死にかつ腐るにしたがって無数の通路を地下に作り、機械的安定性ができるようになる。したがって一定の期間が過ぎると、森林植生は水の浸透、貯溜に最適の条件を築きあげる。森林を伐採すると庇蔭の役目を果たす林冠がなくたるため、落葉枝葉や腐植は酸化が強くなり、雨の衝撃に会い、風によって失われるようになる。微生物や植物は急激になくなり、根はなくなって代るものがなく、雨で打たれるとA₀層は固くなり、ついに荒廃は危険な段階に達し、地表流水が始まる。もしもそのとき植生の回復が未了であれば、その後の荒廃は急激に進展する。このような流域の荒廃は、木馬道の伐開、道路の建設、九太の輪送、重い伐木造材機械の圧力等による機械的な土固めや、使役、放牧中の動物の踏みつけなどのためにますますひどくなる。(中略)乱伐は大きな危険を起こす。乾燥地帯にあっては土地のはなはだしい退化、洪水の発生、夏季の水不足となり、湿潤地では侵食の増大と土地の生産力の低下となる」(「森林と流域」、FAO編・松尾兎洋訳『森林の公益的効用」所収)
 

森林機能の分業化

森林機能の分業化(『水と森と土』「伝統捨てた社会の行方」富山和子氏著 中央新書 一部加筆)
私たちはいまになって、人問が山然の力を借りて生きることを放棄したことの重大な意味を、かみしめねばならなくなっている。おそらくこの社会が犯した最も大きた誤算は、水に対する考えかただったにちがいない。水を自然から切り離して扱おうとした堤防万能主義、ダム万能主義によって、水はいよいよこの国土に足りなく、一方ではいよいよ暴れ回るようになってしまった。
人間がこの国土に住みついてからこのかた、つねにその力を借りて生きてきた森林という自然の偉大な働き手を、なぜこの社会は拒否してしまったのだろう。
森林は水を貯え、水源を涵養する。森林はまた土砂の流出を防ぎ、山崩れやがけ崩れを防止してくれる。緑色植物が太陽エネルギーを用いて行なう光合成で、大気中の二酸化炭素と根から吸い上げる水とを植物有機物として固定すると同時に、その余った酸素を大気中に放出することはよく知られている。二億年もの間、その酸素供給者として働きつづけて来た陸上の主役もまた、森林だったのである。
森林は気批を調節してくれる(『水と森と土』「伝統捨てた社会の行方」富山和子氏著 中央新書 一部加筆)
 
森林は気批を調節してもくれる。森林の中は冬暖かく、夏は涼しい。真夏の日中束京の都心部の温度は舖装や人工熱汚染のため場所によっては50度を越えているが、皇居や公園の森林の中だけは水面と変わらぬ気温を保っている。風を防ぐため設置された防風林は、同時に豪雪や濃霧からも土地を守ってくれる。北海道旭川地方の水田地帯では、防風林が炎地を冷害から守っている。また帯広地方では、防風林は豪雪から道路や農地を守り、さらにオホーツク海沿岸では、春の季節風を防ぐばかりでなく濃霧をも防いでいる。防風林ひとつが、まさに一人何役もの仕事をつとめてくれている。(『水と森と土』「伝統捨てた社会の行方」富山和子氏著 中央新書 一部加筆)
 
森林は野鳥をはじめ野生の勅植物を保護し、彼らもまた森林に力を貸して、土壌という新たな自然の生産力を培っている。それら自然の森羅万象がとどこおりなくくりかえされてこそ、人間はこの地上に生存する権利を維持できる。森林はむろん木材も提供してくれる。それらどれ一つの機能を見ても、人間に必要不可欠のものばかりではなかったか。
もとよりこの社会が、自然の機能を全面的に不要としてきたとは必ずしもいえなかった。森林にその機能を発揮してもらい、人間がそれを利用したいがため設置された保安林という制度もあった。しかしそのような制度にあってさえ、保安林は森林法第二五条により11種類もの単一目的に分類され、実務上は実に17種類もの保安林に分けられて指定されている。水源涵養保安林、土砂流出防備保安林、土砂崩壊防備保安林、飛砂防備保安林、防風保安林、水害防備保安林、潮害防俄保安林、干害防備保安林、防雪保安林、防霧保安林、雪崩防止保安林、落石防止保安林、防火保安林、魚つき保安林、航行目標保安林、保険保安林、風致保安林などである。そしてその指定の理由が消減したときは、農林大臣は遅滞なくその部分につき保安林指定を解除しなければならないことが、森林法第二六条で定められている。
たとえば農地が宅地化したところでは、対象となるべき農作物がなくなったことにより防風保安林指定は解除される。ダムができれば、水源滴養の目的は消減したとして水源涵養保安林の指定は解除される。まさに、降った雨はいま直ちにそっくり欲しいとする水思想の体制であった。
防風林は農地を守るばかりでなく、毎日の学校通学の道を守り、その地域住民の日常生活のすべてを風から守っていたはずであった。さらに瓜を防ぐ以外にも気温を和らげ水源を涵養し、木材も生産し、すでにその地域の自然環境の一部としてはかり知れない役割を果たしていたはずである。(富山和子氏著「北海道防風林の地元民感覚」、水利科学研究所『北海道の防風・防霧林』所収)
 
また水源涵養保安林とはいえ、水源を涵養することも土砂の流出を防ぐことも、土砂の崩壊を防ぐことも、本来一体のはずであった。たとえばダムが建設されたことにより水源涵養の必要性がなくなったとしても、指定が解除されて閉発が進められた場合、土砂は流出してダムを埋め、土砂崩壊という事態も起こる。人間が森林を失うのはこの際勝手だといえるけれども、それによってダムを失い、目的とする水までも失うのである。しかも、あのバィオソト・ダムの大惨事の教訓もある。
この社会が自然に対して捧げた最大の善恵である保安林制度にして、このような森林機能の分業化、自然を無機化する発想をもってのぞんでいたわけである。まして他のあらゆるとき、あらゆる場合に自然が無機化して扱われ、やがて姿を消Lていくことになったのも当然といえた。(『水と森と土』「伝統捨てた社会の行方」富山和子氏著 中央新書 一部加筆)
 
 
今日では緑が欲しいと叫ぶ団地の主婦の中にさえ、「でも落葉は困るのです」と本気で発言する者もいる。事実、多くの場合住宅地の緑化には落葉樹が敬遠されている。落葉樹は緑豊かな都市を設計するために街賂樹の本数をふやすことは考えても、周囲を舖装で固めてしまうことに抵抗を抱かない。蝶々は欲しいが毛虫は困る式のこの発想、埃や虫を毛嫌いして自然から自己に郁合のよいものだけを引き出そうとするこうした発想の中から、あの「公害に強い木」も誕生したのである。森林法が制定されたのは明治三十年、あたかも河川法が制定された翌年のことであった。
(『水と森と土』「伝統捨てた社会の行方」富山和子氏著 中央新書 一部加筆)

森林と水資源

森林と水資源
(『水と森と土』「伝統捨てた社会の行方」富山和子氏著 中央新書 一部加筆)
かつてのあの「東京砂漠」の夏、小河内貯水池が底をついて、ひび割れた湖底の写真が連日のように新聞、テレビで報じられたことがあった。そのような状態にあってさえ、周囲の森林からは日に30万立法メートルの水が流れ出ていた。30万立方メートルといえば、当時の都の需要水量の10バーセソトにも満たぬわずかな水量ではあったが、それでも現在の束京の水ガメの一つである矢木沢ダムからの最大取水量に相当する。日本の水道史に残るあの歴史的な旱魃のさなか、ダムを空にしたのちまでも森林がそれだけの水を供冷し続けていたことは、「東京砂漠」の名とともにやはり語りつがれるべき物語ではなかったかと、私は思う。
森林がどのていど水を貯えるものかにっいては、森林により千差万別である。森林土壌の整備された森林では、一時間に150ミリもの降水を貯留できることはさきに記したが、一方森林があった場合とそうでない場合とでは、川へ流す水の総量は年間を通Lて見ればほとんど変わらないとする見解もある。しかし森林が水を貯え、徐々に安定したかたちで供給してくれることだけは疑いもない。アメリカの流域管理の権威MD・フーバーによれば、
「一定の条件下の森林は、年間を通じて流量を均一化し流域の水の貯溜能を増加し、土壌侵食を減少する。森林は水の生産量を減ずるものであるとは、調査した者すべてがこれを信じてはいない。また雲につつまれた森林では、水滴は葉の上に凝納して蒸散は全く逆流する。
樹木の葉から水滴が落下するのは海岸の霧の深い地帯や雲のかかった山々などでよく見られるところである。大気中の湿気の小さい水滴は葉の表面に集まり、結局大きな水滴となって地上に落下する。この作用は霧滴、雲滴、水平降水、神秘な凝固といわれている。日本の北海道の東南、沿岸地帯では、海からの霧を防ぐために森林に依存している。その調査によると、無立木地よりも森林による方が霧水を6倍から10倍とらえることがわかった」(「林内における水の作用と水の移動」、FAO.松尾兎洋訳『森林の公益的効用』所収)
水をとらえ、貯え、徐々に供給する----それこそは急勾配の日本の土地に、流量の不安定な日本の川に、どれほど必要な自然の機能だっただろう。その森林を不要として地表をコソクリートで覆い、ダムにのみ依存してきた今日の水の生産方式とは、降った雨を一滴も土に渡すまいという方式であった。かりに1000万立方メートルの雨が降れば、その1000万立方メートルがそっくり欲しい。森林があれば水を吸い込んでしまい、たとえば後になって徐々に出てくるにしても、すべての水がいま直ちに欲しいのだ。コソクリートで地表を覆い、川を堰き止めてしまえばそれが可能である----
のちに述べるように、治水と利水と抱き合わせにした多目的ダムの出現よって、この思想は不動のものとなる。あたかも堤防万能主義が、水を一滴たりとも都市の中に受け入れまいとしたその同じ論理によって、都市たりとも水が土壌に奪われるの惜しんだといえる。堤防ヘの信頼、そこに木の育つこと拒んできたように、ダムヘの信頼もまた、森林水源涵養機能など一蹴させた。森林があると渇水時には蒸散でかえって水を奪われ、人間は損をするといった考えかたも一部の関係者の間に根を張っていた。さらに、「森林水源滴養論」に対する「森林水源枯渇論」という学問的な論争も存在した。
 
森林と水資源
参考までに書き添えておくと、農林省林業試験場の有水氏は、表土が乾燥しつづけると植物もまた地下水を吸い上げる活動を自ら抑制し、吸い上げる水の量はほとんどゼロに近い状態にまで減少すること、一方そのていどに乾燥した土壌は、地下水面から水の供給を得る機能も持たたくたること、従って地下水が土壌へ、土壌から植物または地表へという土壌中の水分の運動は、ほとんど停止された状態になることを論証している。(「森林の水源湧養機能」、水利科学研究所『森林の公益的機能計量化調査報告書』所収) (『水と森と土』「伝統捨てた社会の行方」富山和子氏著 中央新書 一部加筆)

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