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森林・木材行政には「木は腐る」という基本的な理念が欠如している
一昔前、山梨県では多くの家屋の最も腐りやすい箇所(土台周辺)には自家の山に栗の木を植えて置いた。枝打ちなどの手入れもして、真っ直ぐに育つ工夫をした。石を並べて基礎石との連結無しに土台を土間との空間をあまり設けずに設置して家を組んでいった。
この腐れが最も進む土台に「栗の木」を用いたのは、科学的なものでなく人々が受け継いできた生活の建築の知恵と伝承である。他にも屋外木材は多用されたが、炭化したり木酢液(もくさくえき)にしたりして保持の工夫をした。栗の木は環境の恵まれない湿地帯でもその威力を発揮して多くの建築物を支えてきた。土蔵なども栗の木を多用している。
日本列島が木使いを誤ってきたのは、多くの外国生産の丸太小屋(ログハウス)である。競ってこれに飛びつき百年の家などの言葉に誘われ、腐りやすい米松などが主流をなした。この時点では湿気の多い日本気候を無視していた。結果多くのログハウスの下部が腐ってしまう惨状を来たした。
また公園や施設にも油の多い南洋材や唐松圧着屋外木材も生産され、日本の建築の知識は変化し続けた。ところが中には設置者側の無知もあって木材の乱用が始まり、マシンで剥いた円形木材を未処理のまま施設や子供遊具に使い、道の駅などにも設計段階から無謀利用が目立ち始めた。これなど木材が腐るという基本的なものを国も民間も亡失した結果である。赤土土壌に直接設置した看板支柱や土砂崩落地への防御壁への実証なき使用が国を挙げて多用、その結果現在その補修改修期を迎えることになった。ところがこうした失政を振り返ることのできない行政は「コンクリートから木材の世界へ」などの机上空論を繰り返す。情けない話である。某県と某県の境の国道では数キロに及ぶ土砂流失防御壁が設置されていた。使用木材は付近の間伐唐松皮付き、隙間無しの積み重ねである。結果現在腐れが横行して、枠からずれたり外れたりしていて、いずれ通行不可能になる。
山梨県でも多く使用されている。しかしその工法や設置条件考慮などまったく稚的なもので、これが国の事業かと思うものが多い。
木材の屋外使用では土との接点、それに設置箇所の水捌けが最大の問題である。壁面を削ってその箇所に設置したものなど数年で腐れが進み十年から十数年で大半は腐ってしまう。こうした箇所の復旧や改修には新設置より資金が必要となる。取り除き、掘削、護岸石積み、撤去木材の処分など、どれをとっても膨大な予算を必要とするものばかりだ。
またこれとは別にダム工事のコンクリート壁への見かけ貼り付け事業など、まったく木材への無知無能乱用であり、まったく必要の認められないもので、コンクリートとの接点から腐れが進行して崩落していて、すっかり腐ったものも多い。ダム壁が二酸化炭素の放出源となっている。
一時期流行した木のロードやチッブ敷詰めなども樹種や環境配慮がなく、虫の生産地に化している場所すらある。
今後伐り棄て間伐から利用間伐などが盛んになれば、何の研究調査や工夫も無い中での乱用となる。また防腐効果を薬剤に求めると、山地や自然保護、飲料水などへの影響も出てくるが、現在こうしたことに言及できないのが行政である。
また大量の薬剤処理赤松の永久現場放置もいずれ大きな社会問題となる。こうした大きな誤りの上に成り立つ林政は根本的な思考委譲の時期に来ている。
先行きの見えない施策を連続連面して、日本の森林は間違いなく行政による破壊が進んでいる。
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