私はこれまで木材廃棄につうじる切捨て間伐や除伐を論じてきた。最近の林地の造成・伐採・植林では、整地整備した反対側には、木材の各部位(不要木材・枝・葉)が廃棄されている場合をよく見かける。これと同じで、県有地内の造成や不要土地に土砂などを積み置くとたちまち、その周囲にゴミが散乱する。また田舎では土地の境界などは不要な農事資材や家屋解体材などが置かれる。しかしその延長には生活ゴミや家電製品などが捨てられる。上部の集落ではゴミは片付くが下部の集落から見上げるとゴミの天井ができる。また沢や小河川なども格好なゴミ捨て場となる。
私もできるだけ収集しているが、なにか馬鹿らしくなるときもある。
「汚さないで」「ゴミはお持ち帰り下さい」の看板は設置しても住民サイドのや行政の美化運動の足は遅い。補助金でなくしては動けない体質なのかも知れない。「みんなで汚せば怖くない」
サントリーや多くの飲料水メーカーがよく「自然水」とか「天然水」とないうがこれは何も無色透明でなんらの細菌も混入していないような錯覚に陥るが、けっしてそうではなくて、天然水には多くの微生物それに動物の糞などから混入する。大腸菌なども相当入っているのが当然である。地下水などはまったくその成分は不透明であり、多くの工業地帯の地下水などどんな成分なのであろうか。田舎ではかっては糞尿も生活雑排水も地下浸透であり、田舎と自然を区分けしない企業は天然水を神水のような文句で仮想的な宣伝を繰り返す。山梨の中で最も水企業が集まる白州町の水は確かに豊富では在るが、掘る場所によっては何が出てくるかわからない。
また八ヶ岳の放牧に見られるように古来から開拓された地域では牧場の経営も多数あり、現在でも随所で見られる。こうした牧場の屎尿処理の多くは肥料となって畑に、そしてやがて人の口にも入る。こうした土地が田舎では当たり前の光景であり、いかにサントリーが天然水と唱えても田舎での水は汚れていて然りである。
ゴミはただ単に捨てる捨てらせることが容易な公的道路や施設の周囲に集中することは何を意味しているであろうか。
伐り捨て間伐は本年は大量出る。それは市況の不況と行政のノルマを果たす切ないばかりの事業展開がこれを後押しする。
何のためには林政などはどうでもよい。仕事量が欲しいだけとノルマ達成が大切で、名目などはどうでもよく、温暖化防止などのことは誰も考えない。またそれは紙上机上の理論であり、何の効果がないことはその道の人なら誰でも理解している。来年になったら県内の間伐地域を調査して報告したい。
本年は山梨県でも大量の間伐が行われる。その量の中でどれだけ活用搬出されるか知らないが、その放置残材はイコール二酸化炭素の放出源となる。防止のために実施する間伐、これについて山梨県や当該市町村はどのように勧化手いるのであろうか。一度数字を持って訪ねてみたい。これ以上の放置木材過多は、先の山地ゴミ捨て場の拡大につながることを現地を見て理解指導をして欲しい。一点汚点を残してはならない行政の最近の乱雑な事業展開にあえて言葉を添えた。
連絡いただければ1週間くらいかけて山梨県内の現場を案内したい。
<写真は山梨県内の手軽な観光地内>
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