サブやんの気まぐれ調査研究

日本の里山は崩壊します。守るのは私たちです。行政主導の時代は終わり新たな取り組みが求められています。

里山森林の破壊と崩壊

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山仕事に携わる女性、最優秀賞

佐渡の丸太を担ぐ女性たち

これはすごい。重さは500kgくらいあるのか。材木を持ち上げるのはお旦那か、山師の頭取か。
 これなら細い道でも歩ける。また休むときはそのまま丸太を地面において立ったまま休むのか。
 とにかくこの搬送方法は内地ではあまり見ない。こうした知恵と工夫と根性が日本の森林を支えていたのだ。

 またこれ以上の木材になると、現地で木挽きをして里に送る。
昭和30年〜40年ころ。小木港郷土資料館掲示写真より。

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「日本の文化遺産」所収写真から
 粗朶・柴を運ぶ女性

 現在の林政で最も欠落しているのは、現在でも山村で暮らし樹木と生活をともにしていることをすっかり忘れていることである。里山森林とは農村と表裏一体であり、農林業という言葉は切り離せない生活様式でもあった。農閑期は山の仕事に衣替えする。それがなければ遠くへ稼ぎ出しに出かける。里に残った女性たちは現金収入もままならず、いかに周囲の物質で生活を支えるかの工夫をいたるところでしなければならなかった。この風景は伐採地や入会地での除伐した枝や下木などを適当に切って家に運び、野菜の雪避け日除け、それに囲炉裏の暖房、風呂用の薪、炊飯の燃料として用いられた。模されて灰になると山菜の灰汁抜きや、ジャガイモの種の切り口に塗布するなど多用に用いられた。林政もこうして細々とした山村生活は放置して、自らや取り巻きの保存存命に勤しみ現在でもその体質は変わらない。昔は近所にあった多数の国有林や恩賜林などの作業にはこうした山村の人々が多く仕事をしていた。山梨にもそうした光景がよく見られた。それは国政が山村近くにあったことを示す。現在のように事業体が先行することはなく、その事業体や関係機関の守存体質が山村崩壊の一員でもある。

 現在「エコ」とか「二酸化炭素放出削減の切り札」とかに森林を対象にするが、そうではなくて、山の資源と山と暮らすこととは何かを今一度じっくり考える必要がある。山の全ては資源であるとするれば、現在の林政は言葉上のもので紙上のもので、安易な奥行きのない行き当たりばったりのものといえる。常に自らと周囲の存命を切り返す林政に期待するものは全くないが、山村のこうした生活の積み重ねが日本の森林を守ってきたことだけは確かである。

 汗をぬぐいながら子供や家族の待つ我が家へ帰る主婦の責任感がにじみ出ている。

 「切捨て間伐」などの理論はまったく求めない、山資源を大切にするこころが担ぐ肩の凹みからも理解できる。

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日本民族文化研究所刊「日本の文化遺産」掲載写真より

 どうですか雪の中を完全武装して丸太と斜面を下る女性。山村ではそこに生きるもの全てが役割と責任を持って生活していた。私たちも家計を助けるために一把10円くらいで二里三里の道を薪を運んだ。周囲の農村は冬は完全に林村に変化する。農作業かた山仕事に人々の生活も心も変化する。山では山ノ神が絶対である。現在のような山仕事や機械作業では神も仏もまったくない。日本の心とも言える山も行政の無信心によりすっかり化石遺物となってしまいました。そうです山は信仰の対象であり、それは厳しい掟によって守られていました。私たちが今でも山に入るときにはその周囲にさ神酒を撒き塩で清め、これまで育った育てあげた土地や樹魂それに山人の労苦に感謝する。

 林野庁の職員でそれが理解できる人はいないのではないか。教本にもまったくみたことがない。山神さまに相談もなく林地に無駄な道を開き、山の道祖神を踏み砕き社を損壊させ祖霊の山に無造作に植林して、現在山各地で崩落や火災などの山神様の報復を受けている。
 
 さて写真の女性の表情はわからないが、案外楽しんでいるように見える。その先に死が待っているかもしれないのに。私たちの幼少のころの山出しは「木馬」(きゅうま)といって木の枝や不要部分を使ってつくった作道をやはり木搬出橇(そり)をつかって延々と運ぶ。深い谷の上を通るときなどあるくだけで目眩がした。そこを平然と酒を一杯飲んで出発する。私も乗せてももらったが、その恐怖感はいまだに忘れられない。

 写真の木材搬出は主に傾斜面であるので、ブレーキも体で足裏でする。

 

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写真で発表

ヒノキ・桧美林の部
白州町個人所有管理桧林
材質 極上最高品質

 この森は雑木林を整備して桧を植林して、その後年間80日〜100日かけて整備したもので、本当に育て上げたという感じが強く、製材していてもその臭気の強さや油脂分の多さ、適切なあだ討ち作業によって、完璧な仕上がりを見せている。樹齢は30年〜4十年、一代で仕立てあげた傑作である。
 現在も山の作業(主に鹿食害対策で涙ぐましい努力をされている)を続行していて、我が家でもお手伝いしているが、その精進振りには頭が下がる。
 これは山梨県の県有林・国有林・恩賜林などど比べても上位にランクする。本来ならこうして育った育てた樹木が「認証林であり」机上だけのラベルなど遠く及ばない。元来木材このような森林つくりでもその良し悪しは半々である。何もせずにラベルだけ貼るより、ラベルの貼れない木材の活用があっての認証林であり、その中身や変質変形など細部にわたって検討すべき問題であり、机上森林論が先行する現代の林業施作では、本当の森は作れない。生きているもの全てが有効な資源である。表裏一体の林政が望まれるが、それははるか昔の思い出の中にしか存在しない。

 さてこの方の山林の間伐材は私たちが一手に引き受けているが、行政の切捨て間伐が一度行われていて、さの片付けには手を焼いた。夜討ち朝駆けでようやく半数くらい持ち出したが、必要に応じての間伐が望まれる。ちなみに、これから8月ころまでの間伐材や適齢伐採木材は水分が多く使用が困難である。どんな機械や乾燥機でも自然の摂理を無視してはいけない。間伐さえ適期が」あることが理解できない方々は、樹木や木材を資源としてみていない証拠ともいえる。
 これからも優良森林行脚が続くが、早く旨がときめくような森林にあってみたい。6月には熊野に視察に行く。そこで私は感動できるのであろうか。よろしくお願いします。

 現在は鹿対策で奮闘、何千本の桧に装いができました。鹿もその努力に圧倒されて他所の桧の皮を剥いていました。対策もむなしく皮をはがれた桧は大きくなっても中が変色や腐れが出て、製品としてつかいものになりません。

 私たちも全ての木を担ぎ出ししました。肩に食い込む感触が山師の生きがいです。

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 最近山梨県の森林地帯を調査していると、あまり一般人の知らない山地の蚊顔が見えてくる。かって山梨県は谷や沢それに放置地に大量の粗大ゴミが持ち込まれ、中には住民運動にまで発展したこともあった。しかし山梨県のこれまで培われてきた森林や里山それに自然に対する考えは民間には少なく、いつも行政の「水と緑」「自然が躍動」するなどの公的パンフレット用の類義語が定着する。しかし行政人や議会人の中で本当に山梨県が水と緑の国などと思っている人はいないと思う。もし信じるものがいたら紙上環境論から脱しきれない狭い考えの持ち主である。
 最近の山梨は道路環境が新しくなり、町並みは整備され、山間部では観光林道が走り多額な投資と整備は一見人間生活が豊かになったような錯覚に陥るが、その分山間部への不用品粗大ゴミを捨てる量は増加している。最近では公然と公道に脇に山積みされ、行政も看板設置のみで終わる。
 私が驚くのは山間部のゴミ捨て範囲の広さと最近の行政森林整備や造林が大きく加担していることである。特に切捨て間伐地域や赤松虫害処理放置木材近辺にはこうしたゴミが散乱している。これは山梨県の有数な観光地でも見られることで、驚くばかりである。またある林道などは持ち込んだ工事用残材がそのまま道の下に敷きこまれていて、業界の事業展開の厳しさ(整備残材搬出費)・締め付けからこうした費用は盛り込まれていない・
 次に私がくどいほどこれまで訴えてきたが、人類の安全や自然環境などへの重い腰しかもっていない、行政はまったく動ぜず延々と続けている。この赤松虫害薬剤処理放置木材は、山梨県内ならどこでも見ることができ、古いものなら多年の積み重ねからすでに腐り果てているものある。しかしその薫蒸処理した薬剤は地下浸透覆っていたビニールは腐らずちぎれて散らかっている。これが林野庁に問い合わせれば「適切正常事業」であるという回答を得ている。しかしその周辺に一般家庭ごみや観光客の飲食残物の捨て場と合体したとき、それは「水と緑」でなく、巨大ごみ捨て場と化していく。また道路は新しくなってもその周辺の山野森林は維持管理が閉ざされてしまい、これも簡単にゴミが捨てられ斜面に散乱、障害のない河川へと流れる。
 今後さらに増大するこの問題は行政では喚起はできても活動はできない。こうしたことは地域民への喚起や観光で食する人たちの奮起が待たれるが、山梨県の県民性「金と労苦の伴うことはしない」「他人のための自己犠牲遠慮」から住民活動もままならない。また行政も木材放置などの加担もあるので、自らの失政を認めない。今後山梨県ではマツノマダラカミキリムシによる媒体されるマツノザイセンチュウの範囲と量は拡大する。それにつれてこうした上京も拡大する。行政もお互いの城から抜け出し総合対策をする時期に来ている。山梨県は県民市民参加のかたちをつくるのに足が重い。それは私のような人間がいて行政批判が会議で持ち出されることを懸念することも考えるが、いつまでも内部や寄り添う知識人の話だけでは前に進まない。何年か後にこの問題が大きな社会問題となる。それは「危険触れるな!」の処理材が増大して人間生活にも影響が出て、そのときにはすでに解決不可能になりからと考える。


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