サブやんの気まぐれ調査研究

日本の里山は崩壊します。守るのは私たちです。行政主導の時代は終わり新たな取り組みが求められています。

里山森林の破壊と崩壊

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 私は春になっても葉が出てこない

 寒い冬をすぎても葉が出てこない

 周りを観ると友達も葉が出ていない

 どうしてどうして
 
 私はもっと大きくなりたかったのに

 私はなぜ枯れてしまうの

 上を見ないでお願い

 私は来年には倒れてしまう

 すっかり色の変わった樹皮

 はがれた樹皮

 鹿よなぜ私たちを食べるの

 こんなに仲間を枯らして

 一本、---二本---三本---百---二百---三百本----

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 最近メールに脅迫や危険・殺すなどの単語がよく現れる。友人にこうしたことの解明に堪能な友人がいるので発信先を確認できた。私は誰も敵視していないし恨みも妬みもない。私は国家の誤りや誤作動を指摘しているだけで、仮想では事実に基づいて記事にしている。官庁でも業者でも日本国土の緑を守るための議論はおおいに結構である。意見を抹殺しても現実派のこる。記事にできないとんでもない林地現場や工場有害物質垂れ流し現場も見ている。
 今日も短時間であるが、山梨県の森林整備事業を拝見に行く。重機で無残な姿を晒す樹木は私には傷つけられた人間そのものとして映る。私たちはその木で生活している。だからどんな樹木でも枝や葉さえも資源として考えている。まるで粗大ゴミ製造現場のような森林造成や伐採現場からは本当の森作りは見えてこないのである。

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○森林整備は自然復活に時間がかかる。私たちは育った樹木への感謝と慈しみを忘れてはならない。販売を目的としない森林整備は時によれば破壊そのものである。自然と保護と破壊は同じ地域で起きる。こうした矛盾は今後さらに拡大して水と緑の山梨は消滅していく。
 林野庁には「白書」では天国の森林を説くが現場はこのような破壊されていく森林地が多く、過去のそれこそ日本森林を考え交差していく林業、国と山に生きる人々の一体感、それは美的にも感傷的にも実益的にも耐えれる森林造成でなsくてはならない。大型機械は着実に森林を破壊する。そして修復するには莫大な経費がかかる。森林造成事業と破壊は解釈でこのような事業展開になる。

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 赤茶けた賛成土壌への植林の持つ意味

 何でも許される森林作業、現在の森林整備など私たちのまったく経験も知識もないもので、そこには事業時間と消化量のみが蓄積する。しかし事業を水死する林野庁も受ける事業体も一体と進められる事業展開の中にはどうしても理解できないものが多い。山梨県の事業など私にはまったく理解できないものが多く、周囲にも私のような考えはもっとも古いものと意識される。昨日はある自然啓蒙イベントの講師を務めた。

 そこでは「鹿の問題」「間伐の問題」「赤松皆伐採事業」「機械林業」などに質問が集中した。参加者中には大学教授の姿もあった。
 現代の林業の荒さきめ細かい説明が普通人には不足していることが理解できた。そのほかには沢の水の危険性など私も教えていただくことも多かった。
 講演会ではあったが、例によって「間伐材簡単木工教室」も並行して行い、間伐材の使い勝手を指導した。

 その行く道すがら気になっていた植林地を見た。枯れてしまった多くの桧苗を交換して(その数は知れない)捨てられた苗木と新しい苗木のコントラストが現代林業を物語っている。
 里山やその周辺の森林地帯の多くは縄文や弥生時代の生活跡や土器石器まで包含している場合が多い。したがって多くの民有林などは遺跡地あることが多い。しかし肝心の林野庁や事業体にそうした認識は皆無であり指導もない。動植物保護は風致林・防風林、現在では大型機械がまるで破壊作業のような森林造成工事を展開、明確な自然界と森林界の崩壊を進める林業などナポレオンの辞書にもない。
 今後さらに予算拡大に伴い、仕事量が増加する。そして山梨県は生活中心地から徐々に砂漠化する。
 思いやり慈しみを持たない現代の林業は惜しみもなく遺跡破壊を繰り返している。こうした行政の知識認識不足が荒廃した山野を造り続けることになる。

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 この資料を見たときにまず目に入ったのがその木材の使用され方だった。この鉄道開設には木材が不可欠であったことがわかる。また男の熱情が満ち溢れている写真でもあった。
 この鉄道資料がなぜその同人誌に挟まれていたかはわからない。


ケアンズークランダ鉄道(1882−1891)開拓工事の歴史

沿岸への鉄道を/

ケアンズークランダ鉄道の歴史的足跡
1882年3月 労働・鉱業省大臣による最適ルート調査開始発表
1884年3月 バロン・バレーのルートが選ばれる
1885年9月 作業計画を内閣が認可
1886年5月 クィーンズランド州首相建設開始
1886年11月 PC.スミス、第一区の契約を放棄
1887年1月 マクプライド・アンド・カンパニー、第一区の契約を放棄
1887年1月 ジョン・ロブ、第二区落札
1888年4月 ビクトリアン労働同盟結成
1888〜89年 ケアンズにおける最初の大規模な沼沢地埋め立て
1890年4月 クィーンズランド州総督による視察
1890年8月 ザ・ユナイテッド・サンヅ・オブ・トイル結成
1891年4月 最初の砂利列車がクランダに到着
1891年5月 第二区最終点まで線路が敷かれる
1891年6月 ケアンズークランダ間の鉄道運行開始
1915年 現在のクランダ駅開設

1882年、北クィーンズランドの長く続いた雨期。ハーバートンの近くにあるワイルド・リバーのすず(錫)鉱夫達は、物資の供給を受けられず、飢餓寸前の状態にありました。ポート・ダグラスから内陸を通る道路は、泥沼の様になり通行不可能であったため、ハーパートンの開拓者達は怒りの声をあげ、沿岸までの鉄道架設を望む運動を始めたのです。
次期選挙のキャンペーンと寒くなる南部の気候からのがれるため、主要な政治家達が次々と北部を訪れ、それぞれに鉄道の架設を約束していきました。1882年3月、労働・鉱業省大臣、マクロツサン氏はアセートン高原から沿岸までのルート調査をすることを発表し、最適ルートを発見するために、未開地に関する専門家であり、多彩なパイオニア精神を持つクリステイー・パルマーストン氏を任命しました。

1882年2月にはポート・ダグラス、ケアンズが、それぞれに鉄道同盟を結成し、鉄道の権利を獲得するための長く苦しい争いを始めました。その後まもなくマウリリヤン港の長所を誇りとするジェラルトン〈後の地名をイニスフェイル〉も誘致運動に加わりました。
その年、パルマーストン氏は沿岸からのルートとケアンズとマルグレープ・バレーからモスマン河とバロン・バレーに沿う内陸のルートをいくつかの候補に上げました。1882年11月、パルマーストン氏は、マウリリヤンからハーパートンまで9日間で視察し、その年の5月にダグラスという検査官によりマークされた遭筋を何度も重複視察後、マウリリヤンに到着した際、植民地書記官に次の様な電報を打ちました。「5月28日マウリリャン到着。ひどい旅。通路不可能。20日間食料無し。主として植物の根を常食とする。19日間雨止まず。」

ケアンズ、鉄道落札

1884年3月、モンクという測量技師が、クリステイー・パルマーストンが上げた候補地のすべての最終調査記録を報告しました。これにより、パロン・バレー山峡ルートが選ばれました。北クィーンズランドの将来が形作られることになりました。ポート・ダグラスとジェラルトンからの憤りの嵐は、ケアンズ住民の歓喜と同様に大変大きなものでした。

驚くべき土木工学の偉業

ケアンズークランダ間の鉄道架設は現在も同様ですが、当時、途方もなく重要な土木工学の偉業でした。北クィーンズランドの歴史に残るこの素晴らしい事業は、見事な大望と不屈の精神、そして、その建設に従事した労働者達の苦難を証明するものであり、同時に、この驚くべきプロジェクトのために命を落とした多数の人々の記念碑となるものです。

1886年5月10日、当時のクィーンズランド州首相であったサミュエル・グリフイス卿が、最初の土を銀製の鋤で掘り返しました。ケアンズのほとんどの住民が参加した祝賀会は、その日一日中夜中まで続きました。
建設は、8マイル12連鎖、15マイル18連鎖、23マイル20連鎖の三契約に区分されていました。磯路は総計46マイル50連鎖で、広大なアセートン高原をマリーバに向け通り抜けるものです。第一区と第三区の位置付けと架設は比較的容易でしたが、第二区の勾配が非常に険しく、急斜面、密林、そして敵意のある先住民達のため大変危険でした。

登りはレッドリンチの近くから始まり、海抜18フィートから標高1,073フィートのマイオラ頂上まで続いていました。この区全体には、15のトンネル、93ケ所の曲折部、そして峡谷や滝の上に架けられた建設困難な橋が多数あります。

素手で建設された鉄道

線路の第一区は、ケアンズからレッドリンチの少し先まで至るものです。契約はP.C.スミス氏が2万ポンドで落札しましたが、その作業は不運と監督不行き届きで困難を極めました。疫病が人夫達の間で流行し、沼地と密林での労働条件は過酷なものとなりました。

1886年11月、P.C.スミスは第一区の契約を放棄し、マクブライト・アンド・カンパニーが引き継ぎましたが、彼らもまた1887年1月には作業を中止しました。結局第一区は、クィーンズランド州政府によって完成されました。

1887年1月21日、ジョン・ロブが第二区を290,094ポンドで落札しました。彼と彼の部下達には、ブルドーザー、ジャックハンマー等の近代的な道具はなく、慎重な計画、不屈の精神、手作業用工具、ダイナマイト、バケツ、そして素手で、ジャングルと山脈に取り組みました。線路上にある急斜面が削り取られ、緩くなっている岩石や張り出している木々はすべて手で取り除かれなければなりませんでした。
このような作業をしている最中に最初の死亡事故が起こりました。丸太を火の中へ転げ落とす時、ギャピン・ハミルトンという名の工夫が下側に立っていて死亡したのです。
土木作業は特に困難を極め、深い掘削と取り除かれた土砂は総計で約300万立方ヤードにも達しました。バロン・バレーの地盤は特に危険で、斜面は平均45度、表面全体は15−25フィートのゆるい岩石、腐敗した植物、腐植土の層で覆われていました。
建設中、工夫達のキャンプが各トンネルや切通しに急造され、比較的狭い岩棚にも店が造られました。
食料や衣料品まで揃えてある店も幾つかありました。第三トンネル、ストーニー・クリーク、グレーシアー・ロック、キャンプ・オープン・クリーク、レインボー・クリークでは小さな町が栄え、山脈のふもとにあるカメルンガには5つ以上のホテルがありました。一時期、主にアイルランド人、イタリア人の労働者が1500人もプロジェクトに参加してい
ました。ひどい労働条件に対抗し、1888年4月20日カメルンガで、主にアイルランド人労働者達が集会を開き、ピクトリアン労働同盟を結成しましたが、双方が直面する課題の大きさを認識していたため、労働者と経営者間の関係は友好的でした。1890年8月、当時の海運大ストライキが鉄道工夫達にも影響を及ぽし、彼らはザ・ユナイテッド・サンズ・オプ・トイルを結成し、日給9シリングを要求しました。9月までに閏産は解決され、工夫達の日給は8シリングから8シリング6ペンスヘ増額されました。

鉄道完成間近か

1890年4月までにストーニー・クリーク橋がほとんど完成され、クィーンズランド州総督、ヘンリー・ワイリー・ノーマン卿がプロジェクトを公式訪問しました。ジョン・ロブ氏はストーニー・クリーク橋の上で盛大な宴会を準備し、総督を驚かせました。
テーブルと共に、御馳走、ワイン等が目くるめく何百フィートもの峡谷上に置かれることになったのです。記録には、その日滝の轟音のためスピーチはなかったと記されています。

1891年5月13日までに線路は第二最終点のマイオラまで敷かれました。1891年6月15日、当時の三人の鉄道長官のひとりであったジョンストン氏がまず貨物運雑用に線路を開き、それからほんの10日後、ケアンズークランダ鉄道が乗客用にも開通されました。

ポート・ダグラスの商業は急激に落ち込み、町は静かに衰退しましたが、現在では、ポピュラーな観光地となっています。ジェラルトン〈イニスフェイル〉は、成長を続ける砂糖産業のおかげで繁栄しました。信頼のおける安定した物資の供給と輸送をもとにして、高原は豊かな牧地として栄えました。そしてケアンズは現在では近代的な国際観光の中心となり、今なお急成長を続けています。

http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-ybb&p=%E3%82%B1%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%BA%E3%80%80%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%80%E9%89%84%E9%81%93&ei=UTF-8


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