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このような森は余り見なくなった。植林地がなく、ここは昔は薪や炭材の山地であった。現在でもこうした森を開発してヒノキなどが植林されているが、すでにヒノキの建築需要など将来的にまったく認められないなかで、どこでも何でも単一的にヒノキを植える行政指導と民間信仰にも似た「桧植林」これはいただけない。今は写真のようなその地にあった植生がもたらす自然芽生育林が望ましい。 |
里山森林の破壊と崩壊
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○場所は某県某市某町○○林 |
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昇仙峡もだいぶ変わってしまった。これは須玉町の増富温泉とも共通する問題で、余りにも道路がよくなり便利になると、通貨型の観光地となってしまう。新しい道路に目的のわからない林道が併設されていて、便利ではあるが、観光客は滞留しない。観光とはある程度の時間そこに居てできたら宿泊してもらわないと本当の観光にはならない。道も不便でやっとたどり着いたときの滝を見たときの感動が人々の心を和らげ自然と同化させ疲れを忘れさせてくれ明日からの活力になる。それがバスを降りて東南アジア風の観光土産を見ればもう滝である。場所によっては滝上の生活が見える。便利さは観光資源の尊厳を失うことになる。同じ滝でも茨城の袋田の滝などトンネルを通過してやっと現れる広大な滝に感動する。sこまでいく過程の密室的なトンネルがその後の |



