サブやんの気まぐれ調査研究

日本の里山は崩壊します。守るのは私たちです。行政主導の時代は終わり新たな取り組みが求められています。

北杜市内の名松

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 今日は武川村の○○さんが、万休院の舞鶴松の所有者杉浦和尚の依頼(奉仕)で、「お札」つくりに来てくれました。樹齢500年の老木の加工品はヤニ(脂)部分が多くて加工には手間取る。一回湯抜きして脂を少なくして備えた。
こうした天然記念物は枯れるとスクラップ場に直行である。天然記念物が何かをここまで数百年生きた証を何の苦も無く廃棄処分とは情けない話である。私はこれまで償却寸前の老木や古木を加工して保存することを自らが木に生きる証とも考え手を染めてきた。
 現在、根・幹・分幹と持てる力と考えを駆使して多くの人の手に渡したい。500年の古木は500年の重みや風格がある。加工する手が震えるときもある。
 三坂町から引きあげた樹齢400年の黒松の老木などもう数十年保管しているが、現在でも思い出を重ねて保管したある。これなどいずれ「太鼓」の用材にでもと考えている。
 今回は日本一の舞鶴松の加工である。保存事業の際に吹き付けられたウレタン吹きつけが作業を阻む。韮崎市の一部や北杜市のこうした文化財の保存事業にはこうした外見様相整備事業が目立ち、それがその木の本質を失い、自己の持つ修繕を抑制してしまうことがある。須玉町根小屋の国指定の記念物ケヤキなどは現在でも内部が異常な湿気を帯びてカビが繁殖している。外側様相に気をとられ、内部の空気流通や乾燥それに、自らが生きる力を殺いでいる。老木といえどもケヤキは強く自己再生を繰り返し、自然の中で容貌や形態を変化させながら成長を続けるもので、現在の保存事業がベターとはいえない。
 私だったらあの異常とも思える張子はすぐに撤去する。そして内部の腐食箇所や通気の悪い部分を遠慮しながら取り除く。樹皮は弱い部分に迫り出し巻き込みながら生きる。それがケヤキの本性である。そうした木の持つ生命力や自己再生が、見る人に生きる勇気を与えることになる。あまりを手をかけると、子供と同じで過保護でひ弱な樹木になってしまう。私の家には「舞鶴の松」も「駒の松」の根もある。虫も無数に内部に生息している。しかし薬剤散布や消毒は厳禁である。加工作業ができなくなる。ましてや「神ノ樹木」である。
 いまから「お札」は何千個何万個も作る。そして根の部分は鐘楼の下に置き、鐘の旋律が長寿の舞鶴松の年輪を通過して世に響く、幹は生きた証として寺本堂の傍らに保存、その他もろもろもすべて還元するつもりでいる。
 私もこうした作業をしながら死んで生きたい。舞鶴の松の鐘の音色の中で。

 この名松の枯れた原因が「マツノザイセンチュウ」によるものとされていますが、実際は根部分の水分が過剰で、「根腐れ」が起きて、泥沼に浮かんでいる状態でした。根には無数の虫が生息。
 その衰弱した松に虫害が発生したのが、私の見立てです。過保護や周囲の環境変化が枯れ死にいたった要因です。
 

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 この松が指定が外れ、ゴミ扱いになったのを確認して、寺の住職や檀家さんの理解を得て掘り出し寺の文化財として加工保存することになりました。
 併せて根をはじめ残木より、私たちが学ぶことがあると信じて作業に入りました。あれほど市の観光に役立ち多くの人に感動と生き甲斐それに生命力を与えた名松も、枯れ死が確認できると、その存在はマイナスになるのです。これは山梨県の文化財保存に関する認識不足と業者への丸投げ保存や景観整備が大きな要因です。
 枯れるとゴミ扱いではあまりに悲しい話です。のこされた松の根には大量の虫が生息していました。このまま放置すれば大量の松枯れを起こす要因ともなります。独自の予算を持たないもてない行政は何もできません、否使用としないのです。
 私は現在この名松ともう一本の名松を掘り出し現在保存事業を仲間とともに実施しています。
 そしてそうした作業から多くのことを学びました。
 文化財それは死しても文化財なのです。人の手により枯れ死急速に進んだとすればそれは繰り返してならないのです。
 山梨県や所属担当者はこうした残骸を直視して、今後の研究に生かす素直な気持ちも必要になります。机上の文化論机上の保存事業は要りません、必要なのは樹木を活かすために人ができることを顕著で熱意をもって接することです。
 現在のような鈍足で誤った保存事業を山梨県は見直してください。

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 韮崎市常光寺は人も知る江戸幕府の中でも異例の出世をした「柳沢吉保公」のおじいさんの墓があるところとして有名である。吉保公は自らが山梨を治めることになったときに時の儒学者荻生徂徠や田中省吾たちにこうした祖先地を尋ねさせて、手厚く法要させた。(別記)その常光寺の新たな景観を醸し出していて、実にすばらしい。まずは写真で.

http://blogs.yahoo.co.jp/yanagisawayosiyasumukawa/3001240.html

 私がもっとも好んでいる場所が最後の写真である。これからなにを重い馳せるかは、その人の素養の問題である。私は崇高の思いでこの写真を見る。

 あなたはこの勇壮な写真から何を連想しますか???

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 この赤松並木は山梨県でも有数というよりここしか存在しない赤松並木である。その勇壮で気高い雰囲気さえ醸し出している。往復すれば人間はたちまちリフレッシュできる。病める体も完治する(??)
 赤松の効用は過去からさまざまな文献で紹介されているが、根から葉までさまざまな活用例が時代を感じさせる。奈良平安時代に周囲の赤松は鋳造や刃物鍛錬の墨として大いに活用された。したがって里山の赤松は切り払われてしまった。城と松も様になる。松をセットすれば城も神秘さを増すものだ。かっては甲府城の周囲にもあった。名勝地には必ず赤松林があり、多くの人々を癒してきた。現在でも釜無川流域の土手の松群(20本くらい)市川のある神社境内の赤松群(だいぶ虫害に冒されている)石森山の赤松林などがあるが、中でもこの白州石尊神社の参道脇の赤松並木は傑出している。この周辺から白須地名の砂地には多くの赤松があり、名松林として全国にも名を馳せていた。戦後の復興に周囲の森は切り尽くされてしまった。その中でいき続けてきた末孫がこの並木松である。
 階段を上れば「男性シンボル」をあがめる神殿がある(どこにあるのかな)この拝殿の天井画がこれまたすばらしい。(別記)階段を下りるときには勇気と根性と体力と平均感覚がいる。転落しないように気をつけてください。

昨年には6本の赤松が枯れ始めていることを確認した。虫害ならば補助金がでるが葉枯れなら補助金は出ない。この樹木をもし撤去するとすれば数百万円かかるかも知れない。
 観光箇所を商品列挙する現在の安易な観光からこうした樹木の保全や育成は見えてこない。

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